【声劇】隻眼の紅炎
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4:1台本
約50分
上演の際は作者名とリンクの記載をおねがいします。
役表
右衛門(うえもん)♂
目一箇(まひとつ)(天目一箇神 あめの(あまの)まひとつのかみ)♂
おみつ♀
鬼八(きはち)、鬼♂
豊吉(とよきち)、祖父♂
***
***
右衛門
「はぁ、はぁ、豊吉さん!」
(障子を勢いよく開ける)
豊吉
「右衛門…」
右衛門
「豊吉さん、おみつは!?」
豊吉
「落ち着いたよ、今は寝ている」
右衛門
「おみつ…良かった…医者はなんて?」
豊吉
「治療法はない……目は覚ますが、このまま病魔に巣食われ続ければ、一年以内には死んでしまうそうだ」
右衛門
「そんな…」
豊吉
「いいんだよ、右衛門…もう、いいんだ」
右衛門
「ダメです、おみつに病魔が憑いたのは俺のせいだ……。医者が駄目なら俺が何とか……!」
豊吉
「刀鍛冶のお前なんかに……ッ!くっ……なんでもない」
右衛門
「っ……!」
豊吉
「もう……もういいんだよ。もういいんだ!神主の私でさえ払えなかったのだから…」
右衛門
「豊吉さん…」
豊吉
「……右衛門」
右衛門
「……はい」
豊吉
「おみつは……君を好いている。正直、君のことは許せないが、私はせめておみつに幸せに逝って欲しい。だから……」
右衛門
「……っ、そんな……!」
豊吉
「時期は問わない……。だが……おみつの魂が完全に病魔に喰われる前にやるんだ」
右衛門
「豊吉さん……!」
豊吉
「愛するものを失うことは怖い……だが、村のことを考えたら、おみつの苦しみを考えたら、こうするしかないんだ……。
……右衛門、おみつを……幸せにしてやってくれ」
右衛門
「……分かりました。俺が、おみつを幸せにします」
***
右衛門
「あれを……やるしかない」
***
(回想)
祖父
「いいか、裏山には鬼が出る。絶対に近づいちゃいけないぞ」
……
鬼八
「ギャハハ!待てぇ!人間!!!」
おみつ
「右衛門――――!!!きゃっ!!」
鬼八
「人間ンン……遊ぼうぜェ……ハァァッ!(病魔を放つ)」
右衛門
「おみつーーー!!!」
(回想終わり)
***
右衛門
「……ッ!!!はぁっ……はぁっ……。また、この夢……」
右衛門M
『じいちゃんの言いつけを破って裏山に行ってから五年。
幼なじみのおみつは、未だ病魔に蝕まれている』
右衛門
「……行くか」
(扉を開ける音)
豊吉
「……ん、おはよう右衛門。そんなに急いでどこに行くんだ?」
右衛門
「豊吉さん……おはようございます。ちょっと散歩に……」
豊吉
「刀を持ってか?」
右衛門
「…………」
豊吉
「……まあいい、気を付けるんだぞ」
右衛門
「……行ってきます」
(歩く音)
右衛門Ⅿ
『裏山の鬼……五年前、俺には鬼を斬る力があった。だから、万が一の時は俺がおみつを守るつもりだった。
……しかし、あの時俺たちを襲った鬼は普通の鬼とは違う妖気を放っていて、俺は太刀打ちできなかった。
そして、おみつは病魔に……。
おみつに憑りついた病魔は大きな力を持っているようで、神社の神主をしている豊吉さんでさえも払えなかった。
豊吉さんは、おみつを山に誘った俺を憎み続けている。普段は隠しているようだが、その憎悪は隠しきれていない』
右衛門
「ごめんなさい、豊吉さん……。おみつをあんなにしたのは病魔なんかじゃない、俺だ……。その俺の贖罪がおみつを殺すことだなんて……間違っている。だから……」
右衛門Ⅿ
『だから、俺は禁忌を犯す』
***
右衛門
「あった……これが、自らが打った刀の妖力に溺れ、封印されたという『天目一箇神 封印の陣』」
(刀を抜き、地面に刺す)
右衛門
「封印せられし隻眼の刀匠、我が打ちし刀にて封域を断ちその禁を解かん。いでよ、天目一箇神」
(刀が光る)
右衛門
「うっ……!」
目一箇
「天目一箇神、解禁の令によりこの地に参上致した。人間、何故私の封印を解いた?」
右衛門
「……妖刀の作り方を、教えて欲しいんだ」
目一箇
「何?」
右衛門
「幼馴染に病魔を憑かせてしまったんだ。その病魔を斬れる妖刀を作りたい」
目一箇
「……私が犯した罪を知った上で、そのようなことを申すのか?」
右衛門
「あぁ、そうだ」
目一箇
「ならん、去れ人間」
右衛門
「頼む……どうしても幼馴染を、おみつを助けたいんだ」
目一箇
「貴様の辿り着く未来が、力に呑まれ愛する者を斬り殺してしまう結末だとしてもか!?」
右衛門
「おみつのためなら、何を犠牲にしようと厭わない!」
目一箇
「ふん、人間風情が笑わせてくれる。神の封印を解くことは禁じられている……今ここで、貴様を殺したっていいんだぞ」
右衛門
「……それがお前の意思なら、俺は逆らえない。
……だが、そうすればこの村は朽ち果てるぞ」
目一箇
「……何?」
右衛門
「おみつに憑いた病魔は、妖刀でしか干渉できない。しかし、あんたのせいで妖刀を作ることは禁忌とされてしまった。おみつが死ねば、十分に育った病魔がこの村中に放たれるだろう。そうなれば……」
目一箇
「対抗する術を持たぬ人間にできることは、病魔に喰われるのをただ震えて待つのみ…か」
右衛門
「頼む、力を貸してくれ。俺はこの村を、おみつを失いたくない」
目一箇
「……ふん、本来なら門前払いだが、この村が消えるとなれば話は別だ。よかろう人間。貴様の実力次第で、協力を考えてやる」
右衛門
「俺の……実力次第?」
目一箇
「なに、簡単だ。貴様は刀鍛冶、ならばそれ相応の剣術は持ち合わせておろう?すぐ近くに鬼の気配がある。1匹斬って参れ」
右衛門
「はぁ!?俺が鬼に敵うかよ!」
目一箇
「その程度の力もないなら、諦めることだ」
右衛門
「うっ…分かったよ、斬ればいいんだろう?」
目一箇
「斬りに行かずとももうそこまで来ておるようだがな」
右衛門
「何!?」
(ガサガサ)
鬼
「ゲヘヘヘ、美味そうな匂いじゃねぇか!久方ぶりのごちそうだァッ!」
右衛門
「チッ!」
鬼
「グフフフ、逃げるんじゃねぇ!!!」
右衛門
「クソッ……目一箇|《まひとつ》!この刀、使わせてもらうぞ!」
目一箇
「あぁ、構わん」
(刀を抜き、構える)
右衛門
「我が剣よ…… 一刀の下、我が敵を悉く討ち祓え!くらえ……『火炎落椿』」
鬼
「ぐわぁぁぁっ!」
目一箇
「これは……やはり……」
右衛門
「はぁ……はぁ……やったぞ、目一箇」
目一箇
「人間、その妖力はどこで手にいれた?」
右衛門
「妖力……?」
目一箇
「とぼけるな、私の封印を解くほどの力……それに加えあれほどの技、常人には成せぬ」
右衛門
「そんなこと言われても……じいちゃんに習ったとしか……。
そもそもおみつを守れなかった日から刀なんて振ってないし……」
目一箇
「何?……ということは、生まれつき……フフ、ハハハハハ!!面白い!
貴様が鬼に喰われた後、勝手にこの村を救ってやるつもりだったが……。
その力、その執念、気に入ったぞ!人間、名は何という?」
右衛門
「う、右衛門だ」
目一箇
「右衛門、貴様に妖刀の作り方を教えてやる。貴様なら、すぐに打てるようになるはずだ!」
右衛門
「お、おう!よろしく頼む!」
***
おみつ
「____……ん、……わたし……また……」
(障子のあく音)
豊吉
「おみつ!!良かった、起きたのか!」
おみつ
「お父さん、ごめんなさい。私、また……」
豊吉
「いいんだ……お前は悪くない。悪いのは病魔だ……」
おみつ
「けほっ……」
豊吉
「おみつっ……!」
おみつ
「大丈夫です……そうだ、きっと右衛門にも心配をかけたはず……顔を見せに行ってもいいですか?」
豊吉
「……あぁ、いいぞ。だが、今朝方散歩に行くと出て、それから見ていない。今行ってもいないかもしれないぞ」
おみつ
「そうですか……。でも、外の空気を吸いたいですし、お散歩がてら行ってきます」
豊吉
「そうか……気をつけて行ってくるんだぞ」
***
右衛門
「さて、目一箇。これから俺の家に行くわけだが……その姿どうにかならないのか?」
目一箇
「なんだ、何かおかしいか?」
右衛門
「いや、そんなに神々しい衣装だと村で目立つだろうが」
目一箇
「馬鹿者、姿くらい消せる」
右衛門
「そうなのか!?」
目一箇
「そもそも、それなりの力がなければ私の姿は見えんのだ。そんなことを気にする暇があるなら、辺りを警戒することだな。ほれ、そこの茂みに鬼が」
右衛門
「げっ、目一箇、お前の力で追い払えないのかよ」
目一箇
「貴様の守護神になった覚えはない。私は先に山を降りるぞ」
右衛門
「そんなぁ……!」
***
おみつ
「ごめんくださーい……。
右衛門―?本当にまだ帰ってないんだ……心配だなぁ。
ん、遠くから声が……あっ右衛も……」
右衛門
「~~~やっぱり鬼は強いんだよ」
おみつⅯ
「右衛門……?後ろにいるのは……妖?でも、なんだか親しそう……」
目一箇
「愚か者め、あの程度の鬼に妖力を割いてどうするのだ」
右衛門
「まともに戦って勝てるかよ……というか、助けてくれても良かっただろ?目一箇!」
おみつM
「目、一箇……?目一箇って、数百年前に村の人を大量に殺した、あの!?」
目一箇
「貴様の守護神になった覚えはないと言っただろう。死んだらその時だ」
右衛門
「そんなぁ……」
おみつ
「右衛門っ!」
右衛門
「おみつ!?目が覚めたのか……!良かった!」
おみつ
「どうして……どうして、目一箇の封印を……!」
右衛門
「っ……おみつ、見えるのか……!」
おみつ
「どうして、どうしてっ!!」
右衛門
「違うんだ、おみつ。これはお前のためで……」
おみつ
「私の為って……そんな訳……っ」
豊吉
『私の大事な娘を……憎い……右衛門……憎い憎い憎い!!!』
おみつ
「うっ……うぅっ……」
右衛門
「おみつ!!」
目一箇
「ふん、やっかいな病魔だな」
右衛門
「目一箇!お前の力でどうにか出来ないのか!」
目一箇
「お前、自分で言っていただろう。この類は、妖刀でないと太刀打ち出来ない。下手に干渉すればこの女は死ぬだろうな」
右衛門
「そんな……」
豊吉
「……おみつ!!」
右衛門
「豊吉さん!」
豊吉
「帰りが遅いと思えば……殺す気がないなら、おみつを苦しませないでくれ!!」
(おみつを抱え、去る)
右衛門
「おみつ…………」
目一箇
「右衛門、あの男には近づくな」
右衛門
「……どうしてだ」
目一箇
「やっかいな病魔だと言っただろう?あの病魔は……。いや、なんでもない。だが、近づかない方が身のためだと言っておこう」
右衛門
「あの病魔は……なんだよ」
目一箇
「……今日は夜も遅い。妖刀は明日にしよう」
右衛門
「なっ、話を逸らすな!」
目一箇
「家はどこだ?久々にこの村に降り立ったせいで疲れた。早く休ませろ」
右衛門
「全く、勝手な奴だなぁ。さあ、ここが家だ。入ってくれ」
***
(おみつの夢の中)
おみつ
「ここは……どこ?おとうさーん!右衛門―!……夢でも見ているのかしら」
鬼八
「助かりたいか、人間」
おみつ
「っ…!?誰かいるの!?」
鬼八
「助かりたいか?」
おみつ
「……そりゃあ、できることなら」
鬼八
「お前が襲われた山へ来い、お前に巣食う病魔を消してやる」
おみつ
「……あなたは、いったい誰なの?」
鬼八
「ふん、来ればわかるさ……」
おみつ
「来ればわかるって……」
鬼八
「あの男に憑く目一箇とやらも消してやろう」
おみつ
「っ……本当?」
鬼八
「あぁ、お前の病魔を俺に寄越せば、な」
おみつ
「右衛門を助けられて……自分も助かる……」
鬼八
「さぁ、どうする」
おみつ
「少し、考えさせて……」
鬼八
「わかった……明日、裏山で待っているぞ……」
(起きる)
おみつ
「……あの山に行けば……」
***
目一箇
「さて、これから妖刀の作り方を教える」
右衛門
「待て、妖刀を作るんだよな?」
目一箇
「あぁ、そうだが」
右衛門
「じゃあ、俺はどうして、すずりの前にいるんだ?」
目一箇
「馬鹿者、貴様は力に呑まれたいのか?」
右衛門
「えぇ!?関係あるのか!?」
目一箇
「大ありだ、愚か者めが。
私すらも呑まれた力、貴様がまともに耐えられる訳がないだろう」
右衛門
「すまん、話がまったく分からんのだが」
目一箇
「これからお前に教えるのは護符の書き方だ。
妖刀は便利なものではない、一度打てば力は増すばかりだ。
妖を斬れば、その分 力を増す。それを抑えるために無駄な妖力を使うなど阿呆のすることだ。尤も、私はその阿呆だったのだが」
右衛門
「護符とどんな関係があるんだ?」
目一箇
「妖刀の力が増しそれに呑まれてしまうのなら、妖刀の力を持ち主に干渉させなければいいだけの話だ。そのための護符は使い手であるお前が書かなければ意味がない」
右衛門
「なるほど……俺、護符なんて書いたことないけど、大丈夫なのか?」
目一箇
「だから教えるのだ。さぁ、筆を取れ。これからビシバシ指導していくぞ」
右衛門
「うっ……よろしく頼む……」
***
おみつ
「裏山へ行けば……右衛門も私も助かる……。でも、裏山へ行くのは怖いわ……。
それに、そんな都合のいい話があるのかしら。夢で見ただけ、まるで妖怪が私を陥れようとしているみたい。
でも、もしこれが本当なら行かない理由はないわ」
***
右衛門
「……これは、書けたんじゃないか?」
目一箇
「……ふむ、ようやくマシなのが出来たんじゃないか?」
右衛門
「よ、よ、ようやくだーーーー!!!」
目一箇
「うるさいぞ、まだ護符しか出来ていない。妖刀を打たねばその護符も無駄なものだ」
右衛門
「なっ、頑張ったんだから喜んだっていいだろ!」
目一箇
「全く、お前は稚児か。そんな暇があるならさっさと刀に取りかかるぞ」
右衛門
「けっ、はいはい分かりましたよー」
目一箇
「ん……待て」
右衛門
「え、悪かったって!おいどこに行くんだよ!」
目一箇
「シッ。静かにしろ、おみつだ」
右衛門
「おみつ?なんだ?おみつが来たのか?」
目一箇
「違う、一人でどこかに出かけるみたいだ」
右衛門
「一人で?心配だな、声を掛けに……」
目一箇
「待てと言っているだろう」
右衛門
「な、なんだよ」
目一箇
「昨日とは違う……自分で動いているというより、病魔に動かされているような……」
右衛門
「う、嘘だろ、もしかして病魔が覚醒したんじゃ……」
目一箇
「違う。眠っている病魔を何者かが動かしている。
……おい、右衛門、護符を懐にいれろ。そしてお前が持っている中で一番良い刀を持ってこい」
右衛門
「い、いいけどどうして」
目一箇
「病魔を操れるのは、余程上級の妖か作り出した本人だけ。あれだけ育った病魔だ、きっとその力が欲しくなったんだろう。理由がどうであれこのままではおみつが危ない」
右衛門
「お、お前の力ではどうにもならないのか!?」
目一箇
「私は刀匠だ、妖のような攻撃は使えん」
右衛門
「じゃあせめて俺の刀でお前が……」
目一箇
「私はッ!…………これはお前の戦いだろう。着いては行くが干渉はしない」
右衛門
「そんな……俺が化け物に勝てるかよ……。なぁ、おみつが危ないならこの村も危険だろ!おみつや俺の為だけじゃなく、この村の為に力を貸し……」
目一箇
「私はもう刀を握れないのだッ!!」
右衛門
「…………え?」
目一箇
「守りたい者を自らの手で斬り屠り、その瞬間に悦を感じていた私に……再び刀を握ることは許されない!
召喚の儀の時、貴様の用意した刀を握ろうとした。だが、手が震えて握れなかった。
『近くに鬼がいる』と貴様に斬らせたのは、私が鬼に勝てるだけの力を持ち合わせていなかったからだ。今の私はもう神などではない……」
右衛門
「どうして……どうしてそんな状態で俺を助けようと……?」
目一箇
「似ていたのだ、昔の私と。このままではお前は正しい妖刀の作り方も分からずに力に溺れ、私と同じ運命をたどると思った。そして何より、お前を、おみつを、この村を救うことで、過去の贖罪が出来ると思った」
右衛門
「でも、俺は妖刀の作り方を知らない。放っておけば俺は諦めておみつを殺したかもしれないのに……」
目一箇
「愛する者を失う気持ちは私が一番よく知っている。それに、私は封印の陣の近くに全てを記した書物を埋めていたはずだ。私が陣に籠った後でお前がそれを見つけたら、私はお前を止められない」
右衛門
「……そうか」
目一箇
「力になれず申し訳ない……」
右衛門
「俺は……俺の力でおみつを助けなきゃいけなかった。それなのにお前に頼りすぎてしまった。……目一箇、俺は俺の贖罪を果たす。だから、病魔を操ってるやつを斬ったら、俺に改めて妖刀の作り方を教えてくれ」
目一箇
「右衛門……。ありがとう、私も怖がらずに帯刀していこう。そして、きっとお前に妖刀の作り方を伝授しよう。……では、いくぞ!」
右衛門
「ああ!」
***
おみつ
「ここが……私が憑りつかれたあの裏山……。やっぱり、あれはただの夢だったのかしら……」
鬼八
「……よぉ、人間。ずいぶん待たせるじゃねえか」
おみつ
「ひっ……鬼……」
鬼八
「ま、そんだけの病魔を抱えてよくここまで来れましたってとこだな。
……ってことでぇ……」
おみつ
「嫌……来ないで……助けて、右衛門っ!」
鬼八
「なぁに、お前を取って食いはしねぇよ。ま、しばらくの間は苦しんでもらうけどな」
おみつ
「な、なにを……嫌……いやぁああああ!」
***
目一箇
「おい、急ぐぞ右衛門。裏山の方で力の流れが変わった」
右衛門
「分かった、急ごう」
豊吉
「……おい、右衛門。おみつがいないんだ。どこに行ったか知らないか?」
右衛門
「すみません、豊吉さん!今、急いでて……」
豊吉
「待て、帯刀して“急ぐ”?右衛門、どこへ行くつもりだ」
右衛門
「…………」
目一箇
「右衛門、構っている暇はない。適当に言ってごまかせ」
右衛門
「えっと……さすがに刀を使えないのは刀鍛冶としてどうかなって!教えてもらう約束してて……それじゃあ!」
豊吉
「おい!右衛門!……教えてもらうって、そっちは裏山だぞ……。
……まさか!」
***
目一箇
「ふむ、この辺りは私の陣も近いな」
右衛門
「おみつ……無事だといいんだけど……」
目一箇
「……ん、あそこにいるのは……」
右衛門
「……おみつだ!よかった、無事そうだ……おみつ!おい、おみつ!」
目一箇
「待て、様子が……!」
右衛門
「おみつ!無事か?」
おみつ
「…………」
右衛門
「おみつ……?」
目一箇
「……ッ!右衛門!下がれ!」
おみつ
「喰ワセロ!!!」
右衛門
「うわぁ!?」
目一箇
「チィッ……!やはり操られているか!」
右衛門
「おみつ……どうして……」
目一箇
「近くに妖力を感じるな……。この力、どこか覚えがある」
おみつ
「足リナイ……モット……喰ウ……」
右衛門
「くそ、おみつは攻撃できない……どうすれば……」
目一箇
「どうせ陰で見ているんだろう!姿を現したらどうだ!神武天皇の兄、三毛入野命が封印した鬼……荒神鬼八!」
右衛門
「あ、あら……何!?」
鬼八
「ククク……流石天目一箇さんだぜ。そいつがアンタらを殺すまで黙って見てるつもりだったってのに、こいつは台無しだ」
右衛門
「お前は……五年前の……!」
鬼八
「よく覚えてるじゃねぇか。そう、お前の大事なおみつちゃんを苦しめたのは俺。まぁ、病魔がここまでデカくなるとは思わなかったけどなぁ」
右衛門
「お前ッ……!」
目一箇
「やめろ、今お前がこいつを恨んでも、おみつはただ苦しむだけだ」
右衛門
「でも……!」
鬼八
「おうおう、そんなに大事なら帰してやるぜ?ほらよ!」
右衛門
「おみつ……!」
おみつ
「ぅ……あ……」
目一箇
「おみつから病魔を抜いたのか!」
右衛門
「おみつ、おみつ!……ごめんな、苦しかったよな」
鬼八
「なぁ、俺がこの病魔を取り込んだらどうなると思う?」
目一箇
「……病魔の力を、自分の力として取り込める……ッ!」
右衛門
「…………」
鬼八
「さぁ、人間、目一箇、俺と遊ぼうぜ!!」
目一箇
「くっ……やはり一筋縄ではいかぬか……!」
鬼八
「あぁ……力がみなぎるぜェ!!!」
右衛門
「……目一箇、おみつをお前の陣まで運んでくれ」
目一箇
「何……?お前、一人で立ち向かう気か!」
右衛門
「アンタの腰の刀は、俺のこの刀が折れた時のために取っておきたいからな。
……さぁ、行け!!!」
目一箇
「右衛門……分かった、私が帰るまで倒れるなよ!!!」
鬼八
「ふぅん、随分とたくましいこった。だが、舐められてるみたいで腹が立つぜ!
さぁ人間、少しは楽しませてくれよ!」
***
目一箇
「はぁ、はぁ、これでよし……」
豊吉
「おみつ……!貴様、おみつに何をした!……まさか、右衛門が!」
目一箇
「私は天目一箇神。おみつの病魔を斬る妖刀を作ろうと右衛門に召喚された。おみつは気を失っているだけだ。おそらく病魔は消えている。丁度良い、お前、おみつを抱いて家へ帰れ」
豊吉
「目一箇……!?右衛門め、おみつを殺すだけでは気が済まぬのか……!」
目一箇
「……私がしたこと、それはもちろん許されないことだ。だが、右衛門は贖罪を果たそうとしている。この戦いが終わったら私は陣の封域へ帰るつもりだ」
豊吉
「贖罪?あいつが許されるわけないだろう!おみつを散々苦しめたのだからな!」
目一箇
「馬鹿者!!!!聞いていなかったのか!おみつの病魔はもう消えている!私を召喚したのは、おみつの病魔を斬る為だ!」
豊吉
「そうだとしても、許せない!このままおみつが目を覚まさないかもしれないんだぞ!」
目一箇
「ならば教えてやろう!おみつを苦しめていたのは右衛門ではなく、お前だということをな!」
豊吉
「何……?どういうことだ!」
目一箇
「おみつの病魔は…………」
***
鬼八
「さぁて人間、お前ひとりでどうやって俺に立ち向かうんだ?」
右衛門
「……一つ聞きたいことがある」
鬼八
「なんだ?」
右衛門
「おみつに病魔を憑かせた後、二人の大人がお前を退治しに来たはずだ」
鬼八
「あぁ、神主と刀鍛冶だったなぁ」
右衛門
「お前はどうして生きているんだ」
鬼八
「そりゃあ簡単さ。俺が封印されていたからだ」
右衛門
「刀鍛冶はその後行方不明だ。……なぁ、何故封印が解けた?」
鬼八
「おぉっと、質問が二つに増えてるぜ?」
右衛門
「答えろ!」
鬼八
「ククク……本当はわかってるんだろぉ?いやらしい奴だぜ」
右衛門
「…………」
鬼八
「いいぜ、答えてやる。俺の封印が解けた理由……それは、封印される瞬間に刀鍛冶を喰って力を取り込んだからさ!」
右衛門
「……ッ!」
鬼八
「ハハハ!知り合いだったか?そりゃすまねぇなあ!」
右衛門
「刀鍛冶は……俺のじいちゃんだ!」
鬼八
「いいぞ……ほら、かかってこい!」
右衛門
「うおぉおぉぉぉおおお!!!!」
鬼八
「ほらよ!!!」
右衛門
「ぐはぁっ……!?」
鬼八
「ハッハッハ!!!弱い弱い!!!!じじいの敵討ちをするんだろぉ!!!だが、その程度で俺様に勝とうだなんて、全く浅はかな奴だなぁ!!!」
右衛門
「ぐっ……お前だけは……絶対に許さない……!」
鬼八
「所詮人間風情が俺様に挑もうってのが間違いなんだよ!さぁ、お前もじじい宜しく屍と為れ!!!」
目一箇
「剣よ!我が命により目の前の敵を斬り屠れ!!!」
鬼八
「うおっと!!!」
目一箇
「立て、右衛門!こいつを倒さねば、この村の、おみつの安寧はないぞ!」
右衛門
「目一箇……お前、刀を……!」
目一箇
「弟子同然のお前が危機に瀕しているというのに、刀も握れぬ師がどこにいる!共に戦うぞ、右衛門!」
右衛門
「目一箇……!」
鬼八
「おいおい、手が震えてるぜェ?そんな状態で俺様に勝つつもりだなんて、可哀そうな奴だぜ!」
目一箇
「舐めるな、私は神……貴様のような鬼には負けん!」
鬼八
「面白れぇ、それなら……お前から殺ってやる!
幻術 霧呪鬼」
目一箇
「……何!?辺りが霧に包まれ……」
鬼八
「おらよ!!!」
目一箇
「くっ……!やはり命の手を煩わせた鬼……だが、そのような子供騙し、神である私には通用しないぞ!フン!」
鬼八
「チィッ……臆病者が随分の気概じゃねぇかッッ!だが、まだ震えている。その震えが命取りだってこと、よぉく覚えておくんだな!」
目一箇
「グハッ……」
右衛門
「目一箇!おい、大丈夫か!」
目一箇
「…………」
右衛門
「くそ……視界が悪すぎる……」
鬼八
「ハハハ、俺からはお前が良く見えるぞ!」
右衛門
「くっ……このままじゃやられる……。そうだ、刀を使えば……」
鬼八
「グズグズしてるとお前もあの世行きだぜ?もう手遅れだけどなァ!!」
右衛門
「我が剣よ!一刀の下、この霧を晴らし、再び日の目との邂逅を成さん!風斬刃」
鬼八
「チッ、霧を払いやがったか……だが、お前の師はもう手遅れみたいだぜ?」
右衛門
「そんな……ッ、目一箇!!!」
目一箇
「う……え、もん……」
鬼八
「時期に死ぬだろ。残念だよなぁ?俺が憎いだろう?」
右衛門
「目一箇……」
鬼八
「そうだ、冥途の土産に一つ教えてやるよ。女に憑かせた病魔についてな」
目一箇
「や……やめ、ろ……」
右衛門
「おみつの……病魔……?」
鬼八
「そう、あいつに憑かせた病魔……。あれは人の憎悪を喰い物にしててなぁ」
目一箇
「聞くな……右衛門……ッ」
鬼八
「あの女の父親、お前を相当恨んでいたんだろうなぁ。おかげで、ほら。俺様がこんなに強くなっちまった!!!」
右衛門
「ッッ……!!!」
目一箇
「やめろッ……」
鬼八
「父親に憎悪を抱かせ、女を苦しませていたのは……人間、お前なんだよ!!!」
右衛門
「ッ……!」
目一箇
「ダメだ……右衛門ッ……!」
鬼八
「あぁ……アァ、いいぞ!そうそう、その表情だ!」
右衛門
「俺は……じいちゃんを殺しただけでなく……おみつの病魔までもを育てていたのか……」
目一箇
「聞くな、右衛門ッ……全ては、病魔を憑かせた鬼八が原因だ……!憎悪を抱くなッ……お前は悪くない!」
鬼八
「あぁ、そうさ!じじいが死んだのも、女が苦しんだのも全部全部俺様の仕業!!!」
右衛門
「……違うッ、そもそも俺がおみつを裏山に誘わなければ……!」
鬼八
「憎悪が湧かないように逃げても無駄だァ!何故なら……お前を裏山へおびき寄せたのは、この俺様なんだからなァ!!!!」
右衛門
「お前ッ……!!!」
目一箇
「右衛門!!!」
鬼八
「クク…フハハハハ!俺が憎いか人間!!!いいぞ、その目だァ!怒りを孕め、俺を憎め!その邪気を俺に寄越せェ!」
右衛門
「うわぁああああああああ!!!!!!」
目一箇
「右衛門ッッ……!クソ、立て、立ち上がるんだッ、右衛門を助けなければ……!!!」
鬼八
「じじいは引っ込んでろ!!!」
目一箇
「グあァッ……!」
右衛門
「許さない……じいちゃんを殺したことも、おみつを苦しめたことも!お前を必ず、斬り殺してやる!!!」
鬼八
「さぁ来い!人間!!!お前も死んで俺の糧と為れ……!!!」
右衛門
「剣よ、一刀の下、災いの根源である鬼を焼尽せよ!!喰らえ、紅蓮炎椿!!!」
鬼八
「邪気よ、その身を巡りて血を焦がし、剣に移りて敵を討て!邪憎斬」
右衛門
「……はぁッ、はぁッ……」
鬼八
「ほらほらどうした!たった一発でもう息切れか!」
右衛門
「うるせぇ……!お前だけは……お前だけは!」
鬼八
「来た来たァ!!!お前が俺様を憎めば憎むほど、俺は強くなっていくぜェ!!」
右衛門
「クソ……!おみつ、じいちゃん……!」
おみつ
「右衛門!」
右衛門
「おみつ!どうしてここに!?」
豊吉
「目一箇神から話は聞いた。右衛門、おみつを助けるためとはいえ、お前は何ということを……!」
右衛門
「豊吉さん!」
豊吉
「しかし、お前のおかげでおみつもこの村も助かった。この恩は忘れないぞ!」
右衛門
「恩なんて、俺はただ自分の罪を……」
鬼八
「俺を差し置いておしゃべりか?随分と余裕じゃねえか!」
右衛門
「……くっ、二人とも、すぐに逃げるんだ!この鬼は、ほかの鬼とは違う!」
おみつ
「いいえ、逃げないわ!」
豊吉
「神の力は信仰により強くなる。私たちで、天目一箇神を目覚めさせるぞ!」
右衛門
「おみつ……豊吉さん……!」
鬼八
「そいつは面倒だ、先にお前らから……!」
右衛門
「させないぞ!おみつ、豊吉さん、頼んだ!」
豊吉
「ああ!」
鬼八
「クソ、今更そんな小細工、通用するわけないだろう!そんな使えないじじいを呼んだところで、お前の運命は変わらないぞ!!!」
右衛門
「例え刀を持つ手が震えても、あいつにはやらなければならないことがある。俺と同じく、背負うもの……守りたい者があるんだ!」
鬼八
「そんなお荷物が俺の力に勝てるわけがねぇだろ!うおら!!!」
右衛門
「くっ……!」
鬼八
「背負うもの?守りたい者?馬鹿馬鹿しい!俺はそういうクソみたいな戯言が一番大嫌いなんだよ!!!」
右衛門
「……ッ!」
鬼八
「あぁ、あぁあぁ!イライラするぜ!!!思い出すぞ……数千年前、俺を殺したあいつのことを……!クソが!あいつと同じ目をしやがって……殺してやる、お前ら人間全員殺してやる!!!」
右衛門
「……ッ!空気が変わったッ……!まずい、このままじゃ確実に……!」
鬼八
「ぐあぁっ!!!」
右衛門
「……ッ!光が、鬼八を切り裂いて、地面に……!」
目一箇
「それを使え、右衛門!」
右衛門
「目一箇!」
目一箇
「そいつは数百年前に俺が打った妖刀、紅炎だ。そいつを使って、鬼八を討て!」
右衛門
「そうか、このために護符を……!」
目一箇
「お前なら扱いきれるはずだ!かつて私が身を堕としたその刀をな……!」
右衛門
「目一箇……!ありがたく使わせてもらう!」
鬼八
「小賢しい!妖刀諸共、俺様の憎悪で喰らい尽くしてくれるわ!!!」
右衛門
「くっ……これが目一箇の打った妖刀、紅炎!強い……だが、俺なら操れる……!」
鬼八
「今更太刀を変えたところで何が変わるんだ!大人しく俺に喰われろ!」
目一箇
「変わるさ!紅炎は、使い手の信念の強さ、背負うものへの想いによってその力を増す!」
鬼八
「信念?想い?さっきから背負うものだの想いだの煩いんだよ!!!そんなものが何になる!所詮想いなど、絶対的力には敵わない!!!」
右衛門
「いいや違う!想いは力に比例する!人の憎悪がお前の力となるように、人を守りたいという気持ちは、俺を支える力でありこの刀の強さなんだ!」
鬼八
「戯け!!!例え想いが力であろうと、俺の力である人間の憎悪は、そんなチンケな“想い”とやらの敵じゃねえ!御託はもう散々だ!貴様らが信じるその“想い”とやらの力、俺様がこの手で粉砕してくれる!!!」
右衛門
「その憎悪こそ、俺が真に砕くべき仇!憎悪の権化であるお前を、この紅炎で切り刻んでやる!」
鬼八
「我が身に宿りし邪気よ、今、我が剣に募りて、目下の敵を討ち砕け!」
右衛門
「俺たちの想いは今一つと為りて、この剣に希望を宿す!」
鬼八
「爆砕撃塵斬!!!」
右衛門
「紅焔烈火 落椿!!!」
鬼八
「…………」
右衛門
「…………」
鬼八
「グゥウッ……何故……俺の憎悪が……人間の想い如きに……!」
右衛門
「これが信念の力、俺たちの想いだ」
鬼八
「クソッ…………」
目一箇
「…………」
右衛門
「……目一箇」
目一箇
「……なんだ」
右衛門
「……勝ったぞ」
目一箇
「あぁ、だが、封をせねばまた蘇る」
右衛門
「封印……そういえば、おみつと豊吉さんは?」
目一箇
「先に家へ帰した。鬼八を封印してお前も帰れ」
右衛門
「あぁ、わかった」
鬼八
「…………」
右衛門
「鬼八」
鬼八
「俺は認めない。必ず黄泉還り、人間どもに復讐してやる」
右衛門
「何度蘇ろうと、お前の復讐は果たされないだろう。憎悪を原動力にしている間は、お前を討つ人間が現れ続ける」
鬼八
「フン、それならその人間に憎悪をぶつけるのみだ……。俺はどんな手を使ってでも復讐を果たすぞ」
右衛門
「……それもまた、想いか。その想いが、この封印によって浄化されることを願おう」
鬼八
「早くやれ……」
右衛門
「紅炎よ……一刀の下、怨念に包まれし魂を封じたまえ。救炎紅椿」
鬼八
「…………」
右衛門
「…………」
目一箇
「……朽ちたか。……そして、刀も、私も、朽ちる時だ」
右衛門
「ッ……目一箇、お前、体が……!」
目一箇
「案ずるな、封域へ戻るだけだ。私はどうやら少ない信仰で力を使いすぎたらしい」
右衛門
「い、行くな!妖刀はどうするんだ!」
目一箇
「おみつは救われた。もう必要ないだろう……」
右衛門
「それは……そうだけど!」
目一箇
「ふむ、そうだな……確かに、お前の打った妖刀が見たいものだ」
右衛門
「戻って来い、目一箇……行かないでくれ……」
目一箇
「ならば、我が封域の近くを探せ。全てを記した書物がある。そして妖刀が完成したら、また私を召喚すればいい」
右衛門
「そんな……」
目一箇
「一筋縄ではいかんぞ、うんと精進しろ」
右衛門
「目一箇……」
目一箇
「では、暫くの間、お別れだ。妖刀、待っているぞ」
右衛門
「目一箇、目一箇……!……あぁ、目一箇」
右衛門M
『刀と共に、目一箇の体は散っていった。桜のように儚く、しかし椿のように誇り高い最後であった。
俺は目一箇の陣へ行き、書物を見つけてから村へ戻った。
村の入り口では、豊吉さんが俺の帰りを待っていてくれた』
右衛門
「豊吉さん……」
豊吉
「右衛門、すまなかった。あの鬼の仕業とは知らずにお前を……」
右衛門
「いえ……でも、どうして裏山に?」
豊吉
「おみつがいなくなったのは、お前がおみつに何かをしたからだと思ったんだ。お前を追って裏山へ向かったら、天目一箇神と出会って……」
***
目一箇
「おみつの病魔は、人の憎悪を喰い物にしている」
豊吉
「人の憎悪を……?」
目一箇
「あの病魔を放ったのは荒神鬼八。神主のお前なら名前くらい知っているだろう」
豊吉
「鬼八が……!?でも、どうして!」
目一箇
「封印から目が覚めたのだろう。恐らく鬼八は、体力を一気に回復するために、数年後食べ頃になる男を裏山へおびき寄せた。計算外だったことは、女が着いて来た上に、男に放った病魔がその女についてしまったことだ。女は本来死にやすい生き物だから焦ったのだろう。女が死なないように随分と裏で苦労していたみたいだ」
豊吉
「初めの狙いは……右衛門だった?」
目一箇
「そういうことだ」
豊吉
「だが、それが何故、私がおみつを苦しめたことになる!?」
目一箇
「まだ気づかないか?おみつの病魔は、何を喰い物にして居ると言った?」
豊吉
「人の……憎悪……まさか……ッ」
目一箇
「貴様が抱いた、五年分の右衛門に対する憎悪は、病魔にとってはさぞ美味かっただろうな」
豊吉
「そ、そんな……」
目一箇
「お前はおみつを苦しめることによって、同じように右衛門も苦しめていた」
豊吉
「おみつ……右衛門……私はなんてことを……」
目一箇
「真に贖罪をすべきは、お前の方じゃないのか」
豊吉
「目一箇神……私は一体どうしたらいい」
目一箇
「ふむ、このまま村へ降らせるつもりであったが、そうだな。ここでおみつが目覚めるのを待て。そして、目覚めたら二人でこの道を真っ直ぐに進むのだ。正直、鬼八は右衛門一人で勝てる相手ではない。だから、影から右衛門に加護を付けるのだ。私が危なければ、私を信仰してくれ。今お前たちにできることはそれしかない」
豊吉
「……分かった。おみつを連れていくのは気が引けるが、目一箇神の言うとおりにしよう」
目一箇
「助かる。私はもう行かなければ……。では、頼んだぞ!」
豊吉
「……あぁ、全てが終わったら右衛門に謝らなければ……謝って、右衛門は許してくれるだろうか……」
***
豊吉
「右衛門、本当にすまなかった。私がもっと注意していれば、鬼の仕業だとわかったはずなのに……」
右衛門
「いいんです、豊吉さん。鬼なんかにおびき寄せられる俺が悪かったんだ」
豊吉
「右衛門……」
右衛門
「…………」
豊吉
「なぁ、右衛門。おみつが臥せている時にお前が言ったこと、覚えているか?」
右衛門
「俺が言ったこと……?」
豊吉
「『おみつを必ず幸せにする』お前は、本当におみつを幸せにしようとしてくれていたんだな」
右衛門
「あッ……えっと……は、恥ずかしいな、俺、そんなこと言ったのか」
豊吉
「あぁ、確かに言った。そして、私は右衛門にその約束を守ってほしいと思っている」
右衛門
「えっ……その、えっと……」
豊吉
「私の娘を、嫁に貰ってくれないか」
右衛門
「えっ、あっ、えっと……いいんですか、俺で」
豊吉
「おみつはお前を好いていると言っただろう。おみつも、右衛門さえよければ帰ってすぐに縁談を進めたいそうだ」
右衛門
「……豊吉さん、ありがとうございます。俺……俺、おみつを必ず幸せにします!」
豊吉
「ありがとう……私は私で、目一箇神の信仰や妖刀の製造についてを革めていこうと思う」
右衛門
「ありがとうございます……あぁ、早くおみつに会いたい」
***
右衛門
「おーい、おみつ!辛くはないか?やはりついてこなくても……」
おみつ
「嫌よ、私だってお目にかかりたいわ」
右衛門
「それはそうだが……子は大丈夫なのか?」
おみつ
「大丈夫よ。あの方がいなければ、この子だって授かれなかったわ」
右衛門
「そうだけど……心配だなぁ」
おみつ
「私達は大丈夫だから。ほら、もうそろそろつくんじゃない?」
右衛門
「本当だ。じゃあおみつ、君はその木陰で待っているんだよ」
おみつ
「えぇ、分かったわ」
右衛門
「こんなに大きな社……もしかすると、俺の打った紅椿よりすごいんじゃないか……?
いやいや、そんなことない!俺の打った紅椿だって十分すごいぞ!
いや、でも……見た目の迫力は社の方が……」
おみつ
「こら!一人で何をぶつぶつ言ってるのー!」
右衛門
「うぇ!?す、すまないおみつ!もうすぐ呼ぶから待っていてくれー!!
……ふふ、そうだな、やはり確かめてみないと分からないか。
……冥暗の底に眠りし隻眼の刀匠、救済の剣にて神域を断ち再び邂逅せしめん。目覚めよ、天目一箇神。
……あぁ、久しぶりだな、目一箇」
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