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【声劇】夜明けのカーディナル(5人用)

夜明けのカーディナル ♂2:♀3 約60~70分台本

1941年、郊外にあるビアトリス教会は何者かによって放火された。ビアトリスの天使と呼ばれた少女サラは幼馴染のアルバを庇って火傷を負い、当時高校生だったレーンによって救出された。悲劇から10年、火災直後に引っ越しをしたリディアとの再会を果たし、4人はサラとアルバの誕生日を祝うが……。

——かつて天使と呼ばれた少女はその愛にカーディナルを零した。


サラ・ブラッドベリーSarah-bradbury♀
かつて天使と呼ばれた少女。1941年の火災で左目と左腕に火傷を負っている。サラは大天使サリエルより。夫人と兼任

アルバ・バトラーAlba-butler♀
引っ込み思案だが情に厚い。1941年の火災で右手に火傷を負っている。アルバの意味は「夜明け」ニュースキャスターと兼任。

リディア・ブレイクLydia-blake♀
美しく気高い女性。1941年の火災後は都市へ引っ越している。ブレイクの意味は「青白い」

レーン・アンダーソンLean-anderson♂
この街の警官で3人の幼馴染。1941年と1949年の火災について捜査している。レーンの意味は「太陽」

エイダン♂
レーンの部下でレーンを慕っている。ダニエルと兼任

ダニエル♂
教会の神父。拝金主義者。エイダンと兼任

夫人♀
台詞序盤のみ。サラと兼任

ニュースキャスター♀
台詞序盤のみ。アルバと兼任

***本編***

——1941年 6月13日 郊外 ビアトリス教会 

アルバN:「1941年6月13日郊外。ビアトリス教会」

(炎に包まれる部屋)

アルバ:「けほっけほっ……どこ、どこにあるの……っ!」

(廊下へ出て礼拝堂へ向かうアルバ)

アルバ:「早く逃げなきゃ。でも、きっとここに……っ!」

(礼拝堂の中に光るものを見つける)

アルバ:「あれは……あぁ、あった、レーンさんに貰ったロザリオ! 良かった!」

(ロザリオの元まで走るアルバ)

アルバ:「熱っ……!」

(ロザリオを床に落とす)

アルバ:「拾わなきゃ……うっ、けほっ……げほっ……!」

(アルバ、うずくまる)

アルバ:「ぜぇぜぇ……拾わ、なきゃ……レーンさんの……」

サラ:「……アルバ? そこにいるの?」

アルバ:「……? だれ……?」

サラ:「良かった。外にいないから、もしかしてって」

アルバ:「サラ……? ……ちがう、だってサラは……さっき……」

サラ:「立てる? 外にでるよ」

アルバ:「あぁ、そっか……天使が、助けに来てくれたんだ……」

(火のついた木材が落ちてくる)

アルバ:「あ……」

サラ:「あぶない!!!!」

(サラ、アルバを押しのけ木材の下敷きになる)

サラ:「うぐぅっ……」

レーン:「おい!!アルバ、そこにいるのか!!! (2人に気づいて)ッ……アルバ! サラ!!!」


***


ニュースキャスター:「次のニュースです。今日未明、ビアトリス教会で火災が発生し、児童2名が病院へ搬送されました。火はおよそ6時間後に消し止められましたが、教会と、併設されている孤児院の計2棟が全焼しました。警察によりますと、この火事で被害に遭ったのは、孤児院に住んでいた児童1名と合唱団に通っていた児童1名の計2名のみで、児童は顔や腕に火傷などの軽傷を負いましたが、命に別状はないとのことです」

リディア:「本当だったら、アタシが……。仕方ないわ、こうなってしまった以上、逃げるしかない。鍵は……こっそり捨てていきましょう。待っていてね、アルバ。いつかきっと貴方を——」


***


——1951年5月 郊外 新・ビアトリス教会

レーン:「本日は皆さまお集まりいただき、ありがとうございます。今年は旧・ビアトリス教会の火災から10年、我々にとって大きな節目となる年です。当時15歳だった僕も先日ついに25歳となり、3年前にはこの街の警察官となりました。僕はこの街の治安を守る者として必ず、皆様の安全を守り抜きます!」

(一同、拍手)

レーン:「ありがとうございます。あの火災の後この街には教会がなく、人々は都市まで祈りを捧げに行き、孤児院に居た子供たちは皆、養子に入るか、他の孤児院へ越さなければなりませんでした。しかし、そんな日々も今日で終わりを告げることでしょう。この新・ビアトリス教会は多くの方々にご援助をいただき、旧・ビアトリス教会から4ブロック先であるこの場所に、再建することが出来ました。今日は、ビアトリス教会再建にあたって特に協力をしてくれた方を、紹介させてください。……おいで、リディア」

(リディア、前へ出る)

リディア:「ふふっ」

レーン:「彼女はリディア・ブレイク。皆様ご存じブレイク建設のご令嬢です」

リディア:「ご紹介にあずかりました、リディア・ブレイクです。当時14歳だったアタシも、ビアトリス教会へは合唱団の一員として通っていました。1つの居場所を失ったアタシは、高校進学にともなってこの街を離れましたが、心はいつも教会の元にありました」

レーン:「彼女の両親は、3年前の事件で帰らぬ人となってしまいました。21歳という若さで両親を亡くしたリディアは、ブレイクご夫妻がのこした遺産の一部を、この教会再建のためにご献金けんきんくださいました。建設自体も、次代じだいへ引き継がれたブレイク建設が行い、新・ビアトリス教会は多くの住民の想いが宿った、大切な場所となりました」

リディア:「両親はこの街を、住民を愛していました。そしてそれは、アタシも同じです。きっと天国にいる両親もビアトリス教会の再建を喜んでいることでしょう」

レーン:「さぁ、皆さま。本日は再建記念パーティーです。どうぞ、最後までお楽しみください。それでは、新・ビアトリス教会に! 乾杯!」

リディア:「乾杯」

(一同、乾杯)

ダニエル:「レーンくん」

レーン:「これはこれは、ダニエルさん。それに、ご夫人も」

ダニエル:「まさか、あのレーンくんが教会再建の一任者になるなんてなぁ。神父である私も、これからは合唱団卒の君に敬意を払わねばならんわけだ」

レーン:「やめてください、そんな。ダニエルさんには随分とお世話になったんですから」

夫人:「確かあの時、合唱団の子を2人、火の中から助け出したのよね? そのうちの1人は、ビアトリスの天使って呼ばれていた子じゃなかったかしら?」

レーン:「えぇ、サラは綺麗な容姿と美しい歌声の持ち主で、そのように呼ばれていたようですね」

ダニエル:「サラ……あぁ、サラ・ブラッドベリーか……彼女はあの後、左の目と腕に火傷を負ったんだったかなぁ。あんな傷がなければ今ごろ教会の看板となって、いくらか金になったかもしれんのに」

夫人:「ちょっと、あなた」

ダニエル:「んぇ?」

レーン:「はっはっは。それを僕の前で言いますか。ダニエルさん、僕は警察官ですよ? いくらお世話になったといっても、これからはダニエルさんの動向について、しっかり目を光らせていますからね」

ダニエル:「あ、あぁ……はっはっ、敵わんな、レーンくんには」

(エイダン、遠くから近づいてきて)

エイダン:「アンダーソン巡査、各位配置についたっす! 送迎の車も、いつでも出発できるっす!」

レーン:「ご苦労。じゃあ、後のことはまかせたよ。エイダン」

エイダン:「うっす! 帰りは自分が迎えにうかがうっす! では、失礼するっす!」

(エイダン、警備に向かう)

ダニエル:「レーンくん、もう行ってしまうのかい?」

レーン:「えぇ、これから天使のバースデーパーティーなのでね。リディア」

リディア:「えぇ。では、失礼します」

(リディア、来賓との話を中断してレーンの元へ)

レーン:「それでは、ダニエルさん。どうぞごゆっくりお楽しみください」

(レーン、リディア、バトラー家へ向かう)


***


——1951年5月 郊外 バトラー家

サラ:「天にまします我らの父よ……」

アルバ:「サラー! ケーキ買って来たよー!」

サラ:「我らに罪を犯すものを我らが許すごとく、我らの罪も許したまえ。我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ」

アルバ:「冷蔵庫に入れておくよー! サラー?」

サラ:「アーメン」

アルバ:「サラー? ……っと、お祈り?」

サラ:「アルバ。うん、誕生日だからね」

アルバ:「ケーキ、冷蔵庫に入れたよ。あと、グラスも持って来た!」

サラ:「ありがとう。私ももうすぐ準備が終わるよ」

アルバ:「あれ、その鍵のネックレス、外しちゃうの?」

サラ:「うん、孤児院にいたときから大事にしてたけど、今日は外さなきゃ。ヒモも汚いし、見栄えも悪いでしょ?」

アルバ:「サラ、大切なものなら外さなくていいんだよ。ここは君の家で、ボクたちは家族なんだ」

サラ:「ううん、いいの。私が外したいって思うんだもの」

アルバ:「そっか……サラがそう思うなら、そうしなくっちゃね。ねぇ、教会のパーティーへは行かなくてよかったの?」

サラ:「うん。せっかくの誕生日だから、今日は大事な人たちと過ごしたい」

アルバ:「レーンさんとリディアは、教会の皆さんに挨拶をしてから来てくれるんだって。サラ、リディアのこと覚えてる?」

サラ:「忘れるわけないよ。合唱団にいた時はレーンさんとリディアと、よく4人で歌っていたもの」

アルバ:「今は、都市では有名な弁護士なんだって。ボクはてっきり歌手や女優の道を歩むんだと思ってた」

サラ:「すごいね、教会の再建にも力を貸してくれたみたいだし、なんだか昔とは人が違うみたい」

アルバ:「弁護士も、リディアらしくはあるけどね」

サラ:「早く2人に会いたいな。でも、驚いちゃうかな。退院する前に引っ越しちゃったし、今の姿じゃ、私って分かって貰えないかも」

アルバ:「……っ、大丈夫だよ! リディアはちょっと口調が強いけど、酷いことを言う子じゃないよ。特にレーンさんの前では」

サラ:「うーん……リディアは思ったことを言っちゃう子だったと思うけど……」

アルバ:「サラ、キミがこの家に来て10年、あの日の火事でボクがキミに火傷を負わせて、10年だ。もし酷いことを言われるようだったら、ボクが必ずキミを守ってあげるよ」

サラ:「アルバ……」

レーン:「——はっはっ、お邪魔だったら、俺達は帰らせてもらうけど?」

アルバ:「レーンさん!」

リディア:「天使様はアタシに随分と酷いことを言うのね。今日はせっかくワインを用意したのに」

アルバ:「リディア!」

レーン:「随分綺麗に飾り付けたな。アルバ、お母さんたちは?」

アルバ:「今日はゆっくりしてから帰るんだって。ボク達が水入らずで楽しめるようにーってさ」

レーン:「それはどうも気を使わせてしまったな」

アルバ:「いいんだよ! なんたって、10年振りに4人が揃うんだもの!それに、家族でのお祝いは明日するもんねー!」

サラ:「もう、アルバったら、私よりはしゃいでる」

アルバ:「そりゃあそうだよ! なんたって、サラの21歳のバースデーだもん!とびっきりのお祝いをしなくっちゃでしょ?」

サラ:「ふふ、ありがと」

リディア:「ほら、いつまで待たせるつもり? 早く受け取って頂戴。案外重いのよ?」

サラ:「リディア、久しぶり。大人になっても綺麗だね。ワイン、ありがとう」

リディア:「お生憎、褒められてもこれ以外のプレゼントは用意してないの。レーンに期待して頂戴?」

レーン:「リディアは『久しぶりに会えてうれしい』って言ってるんだよ」

リディア:「言ってないわよ!」

レーン:「サラ、俺からはカシスのリキュールをあげよう。ようやくお酒を飲める歳になったんだ。初めては、ブラッドベリーの名に似合うお酒がいいだろう?」

サラ:「レーンさん、ありがとう。命の恩人とお酒を飲めること、嬉しく思うよ」

アルバ:「もう! 2人とも、ボクより先にプレゼントを渡さないでよぉ!」

レーン:「おっと、これは失礼。久しぶりに会えた喜びで、1番大切な人のことを忘れていたようだ」

アルバ:「全くだよ。2人ともお酒がプレゼントだなんて。まだ20歳のボクへの嫌がらせじゃないか」

リディア:「そんなつもりはないわ、アルバ。貴方のバースデーには、都市で人気のルーフトップバーを予約してあるの。拗ねないで頂戴?」

アルバ:「来月までおあずけだなんて。ボクはサラと同じがいいのに……」

リディア:「(嘲笑気味に)サラと同じだなんて、そんな……」

レーン:「リディア」

リディア:「……こほん。ごめんなさい?」

レーン:「全く……。さ、アルバ。お前の番だ。いとしい天使へプレゼントを」

サラ:「……アルバは何を用意してくれたの?」

アルバ:「へっへーん。ボクはね、コレ! カメオのネックレス!」

リディア:「……!」

(リディア、誰にも気づかれないように付けていたネックレスを外す)

サラ:「わぁ、綺麗。これは天然石?」

アルバ:「そう! 天然石に、大天使が浮き彫りにしてあるの!」

サラ:「ありがとう。本当にうれしい」

アルバ:「本当は、対になってるものをお揃いで用意したかったんだけど……。凹むように彫られてる方……インタリオ? は、もう売れちゃってたんだ。下見に行ったときに買っとくべきだったよ」

サラ:「私、アルバの気持ちだけでもうれしいよ。大切にする……毎日つけるね」

アルバ:「へへ、毎日か……なんだか照れちゃうな、うれしいや」

レーン:「はいはい、イチャつかない。道中で飲み物を買ってきたんだ。おチビさんの為のコーラなんかをね」

アルバ:「むぅ」

リディア:「ほら、パーティーを始めましょ?」

アルバ:「ケーキ取ってくるね、到着まで冷やしてたんだ! あとお皿と、フォークと……」

(アルバ、キッチンへ)

リディア:「アルバ、1度に運ぶと危ないわよ」

(リディア、アルバの方へ行く)

レーン:「俺はジンでも飲もうかな。サラ、オレンジジュースを買ってきたから、カシスのリキュールでカシスオレンジを作ってやろう」

サラ:「ありがとう、レーンさん。でも、リディアがくれた赤ワインも飲んでみたいから、それで何か作るよ」

レーン:「カシスと赤ワイン……カーディナルか? お酒すら飲んだことがないのに、そんなに強いカクテル……そもそも、作れるのか?」

サラ:「作れるよ、孤児院で習ったもの」

レーン:「あのゲスジジイめ……子供になんてことを」

サラ:「ほら、出来たよ。ちょっと飲んでみる?」

レーン:「あ、あぁ……。(少し飲んで)ん、美味しい……」

(アルバ、リディア、ケーキやお皿を持ってくる)

リディア:「何? サラの作ったカクテル? そんなのよく飲めるわね」

アルバ:「もー、またお酒の話ーっ! ボクはコーラなんだけど!」

サラ:「ふふ、ごめんごめん。アルバにも来月作ってあげるよ」

リディア:「乾杯前に飲むのはマナーがなってない気がしてならないわ。さぁ、早く乾杯しましょう」

アルバ:「そうだね、ボクのコーラも注いでっと。それじゃあ、サラ、お誕生日おめでとう!」

一同:「おめでとう」

(乾杯)

サラ:「ありがとう」

アルバ:「ケーキ、切り分けよ! サラは一番おいしいところがいいよね」

レーン:「ケーキはどこを切ってもおいしいだろう」

アルバ:「それもそっか! それじゃあ、チョコのプレートの……」

レーン:「あぁもう、貸しなさい」


***


——パーティー後 アルバ家前

(エイダン、車を止めて後部座席の扉を開く)

エイダン:「お迎え、遅くなりましたっす! アンダーソン巡査、ブレイクさん、飲みすぎてないっすか?」

レーン:「エイダン、俺をあの老いぼれ共と一緒にしないでくれ」

リディア:「今日は天使のお祝いパーティーよ。ハメを外して地獄へ落ちたら困るわ」

エイダン:「ッハハ、言えてるっすね。さ、乗ってくださいっす」

レーン:「それじゃあ、俺達はこの辺で。アルバ、夜更かしするんじゃないぞ」

リディア:「来月はここまで送迎の車を来させるわ。アタシは直接バーへ向かうから、皆も気にせず屋上まで来て頂戴。招待状も近々送るわね」

アルバ:「2人とも、忙しいのにありがとう。楽しみにしてるね」

レーン:「サラ、21歳本当におめでとう。もしよければ、新・ビアトリス教会にも顔を出してくれ」

サラ:「うん、ありがとうレーンさん。リディアも、気を付けて帰ってね」

リディア:「心配には及ばないわ、ビアトリスの天使様。おやすみなさい」

(リディア、車に乗り込む)

レーン:「それじゃあ2人とも、あまり夜更かしはしないように。ご両親によろしく。エイダン。遠回りになるが、先にリディアの家へ行ってくれ」

(レーン、車に乗り込み、扉を閉める)

エイダン:「承知っす! そうだ、まだ言ってなかったすけど、サラちゃん、お誕生日おめでとうっす! 車が出たらすぐ家に入るっすよ!」

サラ:「ありがとう、エイダンさん。気を付けて運転してね」

アルバ:「ちゃんと2人を家に送り届けてね!」

エイダン:「まかせてくださいっす! おやすみっすー!! お誕生日おめでとうでしたっすー!!」

(車が出発する)

アルバ:「じゃ、中に戻ろっか」

サラ:「お母さんたち、もうすぐ帰ってくるかな」

アルバ:「どうだろ、気を遣ってまだ帰ってこないかもね」

サラ:「先に片付けだけしちゃおうか」

アルバ:「うん!」

(2人、家に入る)

(以下、車内)

レーン:「2人とも元気そうでよかったな」

リディア:「10年ぶりだったけど、変わらないわね、あの子」

レーン:「アルバは結構成長したけどなぁ」

リディア:「サラよ。あの子、成長止まってるんじゃないの?」

レーン:「まぁ、火傷もあるからな。背は伸びているんだが」

リディア:「雰囲気も話し方も、10年前と変わらない。歌を歌わせたら、きっとまた天使って呼ばれるんじゃないかしら」

レーン:「はっはっ、ダニエルさんにだけは会わせたくないな」

リディア:「あの人は昔から拝金主義だからね。あの子が無事なのも火傷のおかげなんじゃないかしら」

レーン:「皮肉だが、そうかもしれないな。どうだった、久しぶりに会ってみて」

リディア:「どうだったって何よ。楽しかったわ、なんせ10年ぶりだもの」

レーン:「アルバのプレゼントについては、どう思った?」

リディア:「どう思ったも何も、アルバらしいプレゼントだったと思うわ」

レーン:「これまでずっと顔を出さなかったのは、10年前のことが関係しているのか?」

リディア:「別に、忙しかっただけよ。つい最近まで道も酷かったし……ねぇ、変なこと聞かないで頂戴。尋問みたいよ?」

レーン:「すまない、最後の質問だ。リディア、君はあの時……ポケットに何をしまった?」

リディア:「……あの時って、いつの事かしら。特に大したものは入ってないけど?」

レーン:「はっはっ、とぼけるんじゃない。犯人みたいだぞ? アルバがサラにカメオをプレゼントした時だよ。一体何をしまったんだ?」

リディア:「はぁ、アンダーソン巡査。貴方の観察眼にはつくづく驚かされるわ。ほら、これ。ただのネックレスよ、汗で不快だったからしまっただけ。何でもないでしょう?」

レーン:「これは……インタリオじゃないか」

リディア:「あら、詳しいのね」

レーン:「大天使のインタリオ、なんだか見たことのあるデザインだが?」

リディア:「別に、たまたまじゃない? 変に疑うのやめてよね。そういうの、職業病っていうのよ。メモしておきなさい」

レーン:「リディア、君はまだ容疑者リストから外れていないんだ。不自然に思ったことはどんなことでも聞くさ」

リディア:「……3年前の事件にアルバは関係してないと思うけど?」

レーン:「そっちもそうだが、10年前の火災の方だよ」

リディア:「10年前? あれは結局、証拠が見つからないまま時効が成立したでしょう? だから、教会再建の話が出たんじゃない」

レーン:「アルバとサラが火傷を負っている時点で第1級放火だ。時効はない」

リディア:「アタシ、当時の資料を見たけど……あの火災、故意じゃないと思うわ。出火元はゴミ箱だったでしょ。どうせ孤児院のジジイ共が火のついた煙草を投げ入れたのよ」

レーン:「いや、職員のアリバイはとれている。それに、火がついたのはゴミ箱の隣にまとめられていた布団だ。火種が落ちれば流石に気づく」

リディア:「だから、アタシが火をつけたって?」

レーン:「容疑があるって話だ。確証はないさ」

リディア:「じゃあ、アタシが犯人じゃなかったとして、10年前の火災と3年前の事件が同一犯である証拠は?」

レーン:「……エイダン?」

エイダン:「んぇ!? な、なんすか!?」

レーン:「事件の詳細を覚えるのは君の方が得意だったろう。3年前の事件の詳細を教えてくれ」

エイダン:「う……分かったっす。えぇと……出火元は事務所で眠っていたブレイク夫妻の寝具からで、初期消火は無しっす。炎はそのまま事務所から教会へ燃え移って、消火活動も虚しく全焼……。事務所から教会へ炎が燃え移るには距離がありすぎるんで詳しく調べてみると、大量の羽毛が事務所から教会へ向かって撒かれていたみたいっす。死傷者は6名、現場は未だに封鎖中で……ブレイク夫妻の寝具へ火をつけた犯人も、まだ見つかっていない状態っす」

レーン:「流石だ。ちなみに、君は人を殺すならどうやって殺す?」

エイダン:「自分がっすか!? 絶対あり得ないっすけど……もし殺すなら、銃で殺すと思うっす。超憎い奴なら、ナイフとかかもっすけど……」

レーン:「ありがとう、その時は俺が捕まえるよ」

エイダン:「絶対ありえないっすけどね!?」

レーン:「ブレイク夫妻を狙っての犯行なら、普通、銃やナイフを使うはずだ。さらに言えば、交番に近い教会での犯行は避ける。だが犯人は、夫妻を目の前にして、わざわざ火を放っている。そしてわざわざ羽毛を撒いて教会にまで放火をしているんだ。つまり」

リディア:「犯人はブレイク夫妻に恨みを抱えていて、教会再建に反対していた……?」

レーン:「あぁ、さらに言えば、10年前にアルバが犯人の姿を見ている。解離性健忘かいりせいけんぼうによって顔は思い出せないようだが『同年代の女性』という証言が取れているんだよ」

リディア:「つまり、犯人は幼少期に起こした事件の証拠が、教会再建によって見つかってしまうことを恐れていた……?」

レーン:「もしくは、犯人はサイコパスで、10年前の犯行をもう1度繰り返したか、だな」

(車、停車する)

エイダン:「あのぉ……ブレイクさんのお宅についたっす……」

リディア:「ま、どちらにせよアタシは犯人じゃないから。もし犯人を見つけた時は連絡して頂戴」

(リディア、扉を自分で開ける)

レーン:「もし君が本当に犯人で無かった場合は、君に犯人の弁護を頼むよ」

リディア:「アタシ、負け戦は嫌いよ。おやすみなさい」

レーン:「あぁ、良い夜を」

(扉を閉める)

エイダン:「アンダーソンさん、酔ってるっすか? わざわざあんな話をするなんて」

レーン:「運転に集中したまえ、エイダン」

エイダン:「だって、アルバちゃんがサラちゃんにカメオをプレゼントして、その時にブレイクさんが仕舞ったのがたまたまインタリオのネックレスだっただけでしょう? それで急に事件の話を始めるなんて、酔っぱらってなきゃおかしいっすよ」

レーン:「……デザインが同じだったんだよ」

エイダン:「え?」

レーン:「リディアがつけていたインタリオは、アルバがプレゼントしたカメオと、同じデザインだった」

エイダン:「えぇえ!? で、でも、たまたまなんじゃ?」

レーン:「アルバは『サラとお揃いの物を買うつもりで下見に行った』と言っていた。しかし、いざ代金を用意して買いに行ったときにはインタリオだけが売れてしまっていた。天然石の物は高価だ。しかも対になるよう作っているとなると、量産品ではないだろう」

エイダン:「こ、こえぇ……でも、カメオはサラちゃんへのプレゼントっすよね? サラちゃんとお揃いが良かったんだったら、インタリオだけを買うんじゃなくて、カメオも買って自分でプレゼントするんじゃ……だって、アルバちゃんとのお揃いを邪魔するなら、どっちも買って当てつけにするでしょ?」

レーン:「逆だよ、逆。アルバが自分用にカメオを買うんだと思って、インタリオを買ったんだよ。リディアは昔から、アルバへの愛が異常だったからな。だから、サラとお揃いだと分かった途端、急いで外した」

エイダン:「ひぇえ……でも、それがどう事件につながるんすか?」

レーン:「それが、残念ながら3年前の事件には繋がらないんだ」

エイダン:「じゃあただ傷つけただけっすか!? 酷いっすよ!!」

レーン:「繋がるのは10年前の方だよ。当時リディアは、教会がサラの為にソロパートを作ったことで怒っていた。火災後はすぐに引っ越しているし、3年前の事件の時もたまたま街にいた。アルバの証言から考えても、彼女が放火犯だと考えるのは何も不自然な事じゃない」

エイダン:「そういえば3年前の事件も、ブレイク夫妻と教会の裏金問題が発覚した翌日に起こってるっすよね……。そのおかげで火災の調査が進まないし……」

レーン:「身柄を拘束しようにも、今の状況じゃ捜査の時間切れで保釈がオチ……。むしろ、教会再建に貢献したリディアを悪者呼ばわりで、俺が踏みつぶされて終わりだ。もっと証拠を集めなければ……」

エイダン:「ま、まぁ、ブレイクさんも10年前の火災は失火しっかの可能性が高いって言ってましたし、3年前の事件もきっとブレイク夫妻を恨む何者かが起こした火災っすよ。考えすぎっす」

レーン:「本当にそうだといいんだが……」

エイダン:「そもそも、この事件。アンダーソンさんが警察官になる前の事件っすよね。事件は6月で、アンダーソンさんが警察官になったのは9月っす」

レーン:「そうだったか?」

エイダン:「そうっすよ! 自分、丁度7月と10月に補導されてるんで! 忘れるはずないっす!」

レーン:「あぁ……それがどうした」

エイダン:「警察官になる前の事件なら、アンダーソンが解決する必要ないんじゃないっすか? いくらご友人が巻き込まれた事件とは言え、無理して辛い過去を掘り返す必要ないんじゃ……」

レーン:「いや、俺が解決しなきゃダメなんだ」

エイダン:「なんで……」

レーン:「サラの火傷は知ってるだろ?」

エイダン:「えぇ、火災の時にアルバちゃんをかばって負った火傷っすよね? 確か、アルバちゃんが火の中に戻っちゃって、それをサラちゃんが助けに行ったとか」

レーン:「あの時、アルバは俺がプレゼントしたロザリオを取りに戻ったんだ」

エイダン:「えっ」

レーン:「アルバの手にはそのロザリオのせいで出来た火傷がある」

エイダン:「それは知らなかったっす……」

レーン:「アルバが火の中に戻ったのも、2人が火傷を負ったのも、俺がロザリオをプレゼントしたせいなんだ。俺は、2人の人生を歪めてしまった。サラに至っては、迂闊うかつに外も歩けなくなった。だから、この事件は俺が解決しなくちゃいけない。俺は2人をこんな目に遭わせた犯人と、地獄の業火で焼かれなくちゃいけないんだよ」

エイダン:「あの子供たちの為に、そこまで……」

レーン:「エイダン、サラもアルバも、もう子供じゃない。立派な大人だよ。俺が事件を追っている間に……俺が、地獄へ向かっている間に、もう大人になってしまった」

エイダン:「あぁ変な事言い出した……。ほら、もう着くんで、車の中で吐かないでくださいね」

レーン:「はっはっ、それは……君のドライビングテクニックによるな」

エイダン:「えぇぇえ、車の中を地獄にする気じゃないっすか! 自分、まだ死にたくないっす! 社会的にも!」

レーン:「期待してるよ、エイダン。運転も、捜査も……うっぷ」

エイダン:「マジでやめてぇぇええ!」


***


——1951年5月 郊外 バトラー家

サラ:「アルバ、リディアからドレスが届いたよ」

アルバ:「ドレス!? どうして……?」

サラ:「来月着てこいってことじゃないかな。あ、招待状も入ってる」

アルバ:「こんなドレス、合唱団の時以来だよ……それも、リディアがわがまま言って派手な衣装になったやつ」

サラ:「私のドレスはちゃんと火傷が隠れるように工夫されてるね」

アルバ:「このレースは顔の火傷に巻けってこと? 黒なんて、サラのイメージと正反対じゃないか」

サラ:「きっとリディアなりに考えてくれたんだよ。都市は人目も多いから」

アルバ:「本当にそうかな……ボク、リディアのサラに対する態度、苦手なんだけど」

サラ:「リディアは昔からアルバの事が大好きだったからね。不器用なだけだよ」

アルバ:「不器用なんてレベルじゃないよ。リディアは昔から、ボクとサラが仲良くするのが許せないんだ。サラの誕生日にだって、酷いことを言ってたし」

サラ:「うーん……」

アルバ:「それに、ボク……10年前の火災はリディアが起こしたんだと思うんだ」

サラ:「リディアが?」

アルバ:「うん……。サラも知ってる通り、ボクはあの日、放火犯を見た。でも、火に囲まれたことで、同年代の女の子ってことしか思い出せない」

サラ:「…………」

アルバ:「リディアはあの時、サラがソロパートに選ばれて凄く悔しがってた。もし、教会やサラを憎んでいたとしたら、それは当時の彼女にとって動機になり得ると思うんだ」

サラ:「そう、かな」

アルバ:「そうだよ! サラ、キミの火傷も、ボクのこの手の火傷も、きっとリディアが教会に火を放ったせいだ! 決めた、ボク、この招待状は受け取らない!」

サラ:「でも、断ったらレーンさんが心配するんじゃない?」

アルバ:「っ……別に、いいよ」

サラ:「アルバ、レーンさんが仲を取り持とうとしたら、きっと直ぐに仲直りしちゃうよ」

アルバ:「ぅ……そ、そんなこと……ないよ」

サラ:「ずっと片想いしてた相手に説得されても、本当にそう言える? 神様に誓って、そう言える?」

アルバ:「うぅ……言えない、かも……」

サラ:「じゃあさ、アルバ。こうしよう?」

アルバ:「ん?」

サラ:「招待状は受け取る。誕生日を祝ってもらって、その日は1日楽しく過ごす」

アルバ:「えーっ!?」

サラ:「そして、全部が終わったら……」

(サラ、アルバに1歩近づく)

アルバ:「っ……サラ?」

サラ:「2人で、逃げちゃおうよ」

アルバ:「っ……!?」

サラ:「この街はもう、私たちが幼かった頃の街じゃない。教会が無くなったあの日から、みんな穢れてしまった」

アルバ:「穢れて……」

サラ:「少し旅をして戻ってくるのでもいい。でも、いま離れておかないと、リディアはこれからずっと追いかけてくるよ」

アルバ:「じゃあ、いま出発しちゃおうよ! バーに行く必要は……」

サラ:「ううん。だって、レーンさんにはお別れが言いたいでしょう?」

アルバ:「あ……」

サラ:「恩人に背いてこの街を出ることは、神様がお許しにならないよ」

アルバ:「サラ……分かった。バーには行こう。そして全部が終わったら、一緒に逃げよう」

サラ:「大丈夫、アルバが私を守ってくれるように、私もアルバを守ってあげるよ」

アルバ:「サラ……」


***


——1951年 6月 都市ビル ルーフトップバー

(エレベーターの中)

アルバ:「ほ、本当にこのビルで合ってるのかな? ボ、ボボ、ボク、浮いてない? 田舎者すぎて、変な目で見られてない?」

レーン:「大丈夫だから、落ち着け。今日の為にリディアがドレスを送ってくれただろ?」

アルバ:「だ、だってこんなに高い……わわわもう10階……」

サラ:「火傷の上のレース、ズレてないかな」

レーン:「ん、ズレてない。ちゃんと綺麗だ。それにしても、ビル自体は結構年季が入ってるんだな」

アルバ:「ももももうすぐ屋上だよぉ……こんな夜遅くに外出するのも初めてなのに……」

レーン:「大丈夫だって言ってるだろ。ほら、行くぞ」

(エレベーターの扉が開く)

アルバ:「わぁっ……!!!」

レーン:「おぉ、結構すごい場所だなぁ」

アルバ:「すっごーーーい! 見てよサラ、ビルがあんなに小さいよ! こんな景色、テレビでしか見たことない!!」

サラ:「アルバ、そんなにフェンスに寄らないで。あんまりはしゃぐと落ちちゃうよ」

(カウンターに座っていたリディアがこちらへ来る)

リディア:「喜んでもらえて何よりだわ」

アルバ:「リディア!」

リディア:「ハッピーバースデー、アルバ。思った通り、貴方は黄色が似合うわね」

アルバ:「へへ、ありがとう!」

リディア:「サラは……田舎者の天使様って感じね。袖なしのジャンパードレスの方が良かったかしら」

アルバ:「ッ……」

サラ:「ううん、とても素敵なドレスだわ。ありがとう」

レーン:「……リディアは青のドレスか。なんだか昔を思い出すな」

サラ:「皆おめかしして、合唱団の頃みたいだね」

リディア:「ダニエル神父に頼み込んで、好きな衣装で出たときのあれね……。今思えば、ダニエル神父の拝金主義はアタシの両親が原因だったんじゃないかって思うわ」

レーン:「その点は、俺も同意だ。今も献金献金けんきん けんきんうるさいしな」

リディア:「ほんと、サラが火傷してて良かったわ」

アルバ:「ッ…………」

リディア:「さ、アルバ。景色が1番綺麗な席を用意したわよ。初めてのお酒は、何をご所望かしら。特に決まっていないなら……」

(リディア、席に進みながら案内する)

アルバ:「あ……えぇと……ボク、カーディナルがいいな」

(リディア、足を止める)

リディア:「カーディナル? 初めてならワインの入ったカクテルより、リキュールとジュースを割った、度数の低いものがいいんじゃないかしら」

アルバ:「え、でも、サラへのプレゼントはワインだったよね……?」

リディア:「っ……」

アルバ:「ボク、サラが飲んだ初めてのお酒を飲みたいんだけど……ダメ?」

レーン:「ま、まぁまぁ、とりあえず荷物を置こう。それからメニューを……」

リディア:「ねぇ、カーディナルはお酒に慣れてからにして、まずはアタシのおすすめを飲まない? 引っ越してからバースデーなんてずっと祝ってあげられてなかったから、アタシ、とっておきのを……」

レーン:「リディア、まずは席に」

リディア:「ッ……だって、アタシの大事なアルバのバースデーなのに……サラと同じ……あんな火傷女と同じお酒なんて……」

アルバ:「火傷女……?」

リディア:「ッ……! ほ、ほら、アルバ。すぐに飲みやすいものを用意してあげるわ。実はアタシ、ずっと前から何がいいか考えて……——」

アルバ:「火傷女って、なんだよ!!!」

リディア:「ッ……!?」

アルバ:「リディア、ここに招待してくれたことは本当に感謝してる。ドレスを送ってくれたこともね。でも、サラに対する態度だけは許せない! ボクに対する贔屓ひいきももううんざりだよ!」

レーン:「お、おい、アルバ、どうしたんだ。リディアも、押し付けちゃ駄目だろ」

リディア:「アルバ……」

アルバ:「言っておくけど、ボクは明日、あの街を離れてサラと旅に出るんだ。それは、キミの横暴さから逃げるためだよ。本当は今日だって、ここに来たくなかった!! キミがいるこんな場所になんて!!」

リディア:「ッ……!」

レーン:「アルバ!!!!」

アルバ:「ッ……悪いけど、レーンさんに何言われても、聞かないから」

レーン:「いったいどうしたんだアルバ。なぁ、サラからも何か……」

サラ:「——カーディナルを2つと、ブルームーンを1つ。あと、ギムレットも1つください。えぇ、あの席まで」

リディア:「ちょっとサラ、何勝手に注文して——」

(サラ、アルバに近づき、両ひざをついてひざまずく)

アルバ:「サラ……?」

サラ:「アルバ、お誕生日おめでとう。私からのプレゼントは……」

(サラ、手のひらサイズの箱を開ける)

サラ:「天使のカメオが付いたリングだよ」

アルバ:「さ、サラ……」

サラ:「特別に作って貰ったんだ。私とおそろい。これで、例え離れていてもずっと一緒だね」

アルバ:「うれしいよ、サラ。どんなプレゼントよりも、君とおそろいのリングが1番うれしい」

リディア:「ちょっと、台無しにするつもり!?」

レーン:「あ! あぁ、ほら、お酒が来たから、とりあえず乾杯しよう! アルバはカーディナルが飲みたいんだろう? 飲めなかったら、他のと交換すればいいから。ほら、座ろう」

アルバ:「…………」

レーン:「リディアはブルームーンだろう? いつも頼んでるもんな。サラは? どっちがいい」

サラ:「私はカーディナルがいいな」

レーン:「じゃあ、俺はギムレットだ。アルバもリディアも、さっきは疲れが溜まっていたんだろう? 大学生も弁護士も、何かと忙しいだろうからな。お互い、さっき言ったことは本心じゃない。な、なぁ、サラもそう思うだろ?」

サラ:「アルバを旅に誘ったのは私だよ、レーンさん」

リディア:「ッ…………」

レーン:「……さ、リディア。お酒もそろったことだし、乾杯しようじゃないか」

リディア:「…………」

レーン:「リディア、乾杯の音頭を」

リディア:「…………あぁ、ダメね」

レーン:「リディア?」

リディア:「……結局、あの日逃げたツケはここで払わなくちゃいけないんだわ」

レーン:「リディア!」

リディア:「っふふふ! ——ッ!!!!!」

(リディア、レーンの足に卓上にあったナイフを突き立てる)

レーン:「ッぐあぁぁ!!! 」

アルバ:「レーンさん! 足に……ナイフが!」

リディア:「っふふふ、うふふふふっ! やっぱりあの時のアタシは間違ってなかった……逃げるべきじゃなかったんだわ……! そう、そうよ!!!」

レーン:「……っ、サラ、アルバ、こっちに来なさい!」

リディア:「ねぇ、アルバ」

(リディア、アルバの腕を掴み、引き寄せる)

アルバ:「っわ!?」

レーン:「アルバ!!!」

リディア:「素敵な夜だとは思わない? 月が出ていて、とてもロマンチックだわ」

アルバ:「リ、リディア……?」

リディア:「アタシの大好きなこのお酒ね、ブルームーンって言うの。……貴方に、このお酒を贈りたいわ。本当はもっとずっと後に贈りたかったんだけれど……ねぇ、ブルームーンの酒言葉、当ててみて?」

アルバ:「リディア……離して……」

レーン:「——ッ、えぇ……警察に、通報してくださいッ。犯人はナイフを持っていて……30分以上かかる? それでも呼ばないよりマシでしょう! ぐッ……急いで! ……ッ!!」

リディア:「正解はね……」

(リディア、ブルームーンを月に掲げて)

リディア:「完全な愛、よ」

(リディア、ブルームーンを口に含み、アルバにキスをしようとする)

アルバ:「ッ、やめ……て、よ!!!!」

(アルバ、リディアの腕の中から逃れる)

リディア:「あぁあ……どうしても拒むのね……。あぁ、そう……そう!!!」

(リディア、グラスを机にたたきつけて割る)

アルバ:「……ッ、ねぇあの日逃げたツケってどういう意味? こんなことして、何のつもりなの?」

リディア:「っふふふふ。アタシね、貴方を一目見てからずっと、自分の物にしたかったの。光に溢れて、でも、優しくって。まるで夜明けみたいな貴方の笑顔をずっと愛していた」

アルバ:「…………?」

リディア:「でも、貴方の隣にいるのはアタシじゃなかった。貴方の隣はずっと、ずっとずっとずっと、サラだった」

サラ:「…………」

リディア:「だからね、思ったの。『そんなに好きなら、いっそ2人で死ねばいい。この気持ちを断って1人で死ぬか、キリストに背いて2人を殺すか。選ぶのはアタシだ』って」

アルバ:「……そんな理由で、教会に火を放ったの?」

リディア:「誤解しないで頂戴。アタシが放火を計画した次の日、教会は火災に遭ったわ。本当ならブレイク建設から爆薬を盗むはずだったのに、何者かによって、教会は燃やされたの」

アルバ:「犯人は……リディアじゃない?」

リディア:「アタシ、思うの。きっと、神様がアタシの為に教会を燃やしてくれたんだわ! アタシが罪を犯してしまうことを知って、先に火を放ってくれたの!」

アルバ:「ッ…………」

リディア:「あぁ、神様。アタシとアルバの愛のために、教会へ火を放ってくださったのに……逃げてしまってごめんなさい。逃げてしまったから、アルバは堕天使であるサラにたぶらかされてしまったのよね。わざとらしく火傷を負って、アルバに罪の意識を植え付けて、貴方が祈ってくださった愛は奪われてしまった……。ねぇ、アルバ、アタシはずっと……貴方を助けてあげたかったのよ」

アルバ:「ボクを……助ける……?」

リディア:「アルバ、今までずっと苦しかったでしょう? サラのせいで」

アルバ:「は……?」

リディア:「本当は愛されて、光の中で生きるはずだったのに。サラのせいで、暗い闇夜から出られなくなってしまった」

アルバ:「わかんないよ、リディア。何が言いたいの……?」

リディア:「貴方の後ろは頼りないフェンス、出口はアタシの後ろ。大丈夫よ、アルバ。アタシが貴方を——」

レーン:「——そこまでだ、リディア・ブレイク! それ以上アルバに近づくなら、俺はお前を拘束する!」

(リディア、アルバを人質に取る)

リディア:「足を負傷しているのに、アタシをけん制できるかしら? アンダーソン巡査、もしアタシが今アルバの首を刺したら、貴方はアルバを助けることが出来る?」

レーン:「ッ……ご両親に、天国のご両親に会えなくなるぞ! 罪人は死後地獄に落ちるんだ! それでもいいのか!?」

リディア:「えぇ、覚悟は出来ているわ。だって両親を殺したの、アタシだもの」

レーン:「何ッ……!?」

リディア:「皆は知らないだろうけど、教会には地下室があるの。10年前、アタシはそこで教会へ火を放つ算段を立てていた。でも、偶然火災が起こって、地下室へは入れなくなってしまった」

レーン:「何故、両親を殺す必要があったんだ……。何故、証拠隠滅のためにわざわざ火を放った!」

リディア:「だって、パパが地下室への扉を見つけちゃったんだもの! 鍵すら捨ててしまった地下室に、わざわざママと行くって!!!!」

レーン:「ッ……!」

リディア:「そしたらね、天使の羽が目の前に落ちてきたの。そこでひらめいたわ『この事務所内にあるお布団を全部引き裂いて、着火剤にしちゃいましょう』」

レーン:「ッ……!?」

リディア:「パパとママは悪いことをしているんだから、神様もきっとお許しになるはず。寝ているパパとママは半袖でね、死んじゃったらきっと寒いだろうから、お布団をたくさん用意してあげたの。そしてあの日神様がアタシのためにしてくださったように、お布団へ火をつけて、月が昇るのを少しだけ待ったらね……パパとママはダンスを踊って、天使の羽が沢山舞ったわ! パパもママもアタシとアルバのことを喜んでくれたのよ! 神様もこの愛を望んでくださっている! 本当に素敵な夜だった!」

レーン:「自分の……親だぞ……ッ」

リディア:「燃え盛る炎に透けた月を見て、確信したわ……『あぁ、アルバ。この愛は神の名のもとにある』」

アルバ:「こんなの……愛じゃ、ないよ……ッ」

リディア:「それは神様が決めることよ。ねぇ、サラ。かつて天使と呼ばれた貴方も、そう思うでしょう?」

サラ:「…………」

リディア:「答えなさいよ、この堕天使。アタシからアルバを奪った、悪魔!」

アルバ:「サラ……ッ」

レーン:「サラ、答えなくていい。警察が到着するまであと数分、リディアを刺激せず、現状維持を——」

リディア:「——貴方には聞いてない!」

(リディア、ナイフを投げつける)

レーン:「ぐっ…………」

(レーン、右腕を押さえる)

アルバ:「レーンさん!」

レーン:「ッ……だ、大丈夫。かすめただけだ……」

(レーン、手を放してみると、右腕から血を流れている)

アルバ:「レーンさん!! 血が!!!」

リディア:「アルバ!!! どうしてレーンのところへ行こうとするの!?!」

アルバ:「当たり前だろ!!! 君がナイフを投げたせいで血が出てるんだぞ!! 足だって君が突き刺した! もう放っておけない!!」

リディア:「そうだわ、貴方はずっとレーンのことが好きだったわね!!! アタシを除け者にして、レーンとサラばかり愛してた!!!」

アルバ:「そんなことない!!」

リディア:「いいえ、そうだったわ! 10年前だって、サラがソロに選ばれて喜んで! アタシはソロに選ばれなかったのに!!!」

(リディア、アルバの首につかみかかり、フェンスに体を押し付ける)

アルバ:「がはッ……!?」

リディア:「殺してやる……アタシを愛してくれないアルバなんか、殺してやる!!!!!!」

アルバ:「や……やめ……ッ」

リディア:「大丈夫よ、アルバ。アタシが貴方を……今度こそ、地獄へ連れて行ってあげる」

アルバ:「リ……ディ……ッ」

リディア:「……ふふ、ふふふふっ!!! 一緒に死にましょう、アルバ。それこそがこの愛を永遠にする唯一の——」

サラ:「——ねぇ、リディア」

(サラ、いつの間にか近くに来ている)

リディア:「サラ!? いつの間に、こんなに近くに!?」

アルバ:「かはッ……ゼェ、ゼェ……サラ……逃げ、て……」

レーン:「アルバ、サラ、早くこっちに……——」

サラ:「——この愛は神の名のもとにあるんじゃなかったの?」

リディア:「ッ……!?」

(リディア、アルバの手を放し、サラにつかみかかる)

サラ:「ぅ……ッ」

アルバ:「サラ!!!」

レーン:「リディア、手を放せ!!!」

サラ:「ッ……ねぇ、答えてっ? 神様は、地獄へ向かう2人をっ……祝福、してくれるの?」

リディア:「あぁ、アンタだ……アンタがいたから、アルバはアタシを愛してくれなかった……! そうよ、アンタのせいじゃない、サラ!!」

(フェンスの金具が音を立て始める)

アルバ:「リディア、ねぇ、リディア……やめてよ……このままだと、フェンスが壊れて落ちちゃうよ……!」

サラ:「ご両親を殺してっ……レーンさんに、怪我をさせてっ……私まで……殺すの? アルバは、罪を犯していないのに……どうして、地獄に連れて行けると思うの……?」

リディア:「アンタを殺して、レーンも殺して、これから2人で遠くへ逃げるわ。そうだ、アルバにレーンを殺させたら、2人で地獄に行けるかしら!?」

サラ:「ねぇ……これも、神様が教えてくださったの……っ? 神様は、これをお許し下さるの……っ? 神様は、本当に……リディアを、愛しているのっ?」

リディア:「うるさい……早く死になさいよ!! アタシは神様に愛されているの!! アルバとの愛は神様が望んでくださっているの!! それを邪魔する貴方は、死んで当然なのよ!!!」

サラ:「かはっ……神様はっ、きっと……真実を知らないリディアなんか……っいらないと思う。っ……だって、10年前……教会に火を放ったのは……っ神様なんかじゃなくて……私、だもの……っ」

(リディア、驚きのあまり手を放し、その瞬間にフェンスが外れて落ちる)

リディア:「ッ……!?」

レーン:「……!?」

サラ:「けほっ、けほっ……フェンス、落ちちゃったね」

アルバ:「サラが……火を……?」

リディア:「そ、そんなでたらめ、信じるわけ——」

サラ:「これ、なーんだ?」

(サラ、服の下から鍵のついたネックレスを取り出す)

リディア:「それは……地下室の鍵!?」

サラ:「これは……はい、アルバにあげるね」

アルバ:「説明してよ……ねぇ、どういうこと……?」

サラ:「レーンさん、ギムレットもらうね。私にもリディアにもぴったりのお酒だから。代わりに、このリングをあげる」

レーン:「一体、何を……」

サラ:「リディア、ブルームーンには『完全な愛』ともう1つ、言葉があるの知ってる?」

リディア:「ちょ、ちょっと……」

サラ:「もう1つの言葉はね……」

リディア:「サラ、貴方……」

サラ:「叶わない恋、だよ」

リディア:「ッ…………!!」

サラ:「知らなくても仕方ないよね。アルバのこと、罪を犯すくらい好きだもんね」

リディア:「嫌、近づかないで……」

サラ:「でも、そんなところも愛してるよ、リディア。私の愛は、まぎれもない友愛だけど……」

リディア:「こっちに来ないでって言ってるのよ! この、悪魔!!!」

レーン:「サラ! リディア! それ以上下がるな!! 早くこっちに—— 」

アルバ:「ッ……!」

(アルバ、放火の犯人の記憶がよみがえる)

アルバ:「嘘……そんな、あの日、火を放ったのは……本当に……サラ?」

レーン:「ッ…………!」

サラ:「リディア、地獄に落ちる覚悟はある?」

リディア:「嫌……死にたくない……やめて、来ないで……」

サラ:「大丈夫、私も一緒だよ。ネックレス、おそろいだもんね。ちゃんと一緒に苦しもうね」

リディア:「アルバ!! レーン!! 助けて!!!」

レーン:「リディアッ……!」

アルバ:「サラ……」

サラ:「リディア、この愛こそが、神の名のもとにある。これはずっと昔から、決まっていたことだよ」

(サラ、リディアを抱きしめる)

リディア:「い、嫌……触らないで……! やだ、離して!! やだやだ! アルバ、ねぇ、アルバ!!!!」

サラ:「だって、リディア。貴方の魂は……」

リディア:「助けッ——」

サラ:「生まれる前からずっと、穢れていたんだから」

(サラ、ギムレットを口に含み、キスをする)

(そのまま、2人は屋上から落ちる)

(レーン、アルバ、同時に)

レーン:「リディアッ……!!!」

アルバ:「サラッ……!!!」

(拳銃のような鈍い音が鳴り響く)

レーン:「……止められ……なかった……」

アルバ:「止めなきゃって分かっていたのに……体が動かなかった……」

(レーンの携帯に着信が入る)

レーン:「あぁ……電話だ。……エイダン?」

(レーン、無気力なまま電話に出る)

レーン:「はい、こちら……アンダーソン」

エイダン:「よかった、ずっとかけてたんっすよ!」

レーン:「……あぁ、どうした」

エイダン:「すぐに来てくださいっす。旧・ビアトリス教会跡地に、誰も知らない地下室が現れたんっす!!!!」

レーン:「あぁ……リディアに聞いた……鍵は……サラが持ってた」

エイダン:「はぁ!? どういうことっすか!? じゃ、じゃあ、その2人も連れてきてくださいっす!」

レーン:「無理だ……」

エイダン:「無理って、なんでっすか!?」

レーン:「2人とも……死んだ」

エイダン:「……は?」

レーン:「死んだんだよ……今……目の前で」

エイダン:「ち、ちょっと、話が全然分かんないんすけど……」

レーン:「分かっていたのに、助けられなかった!!!!」

エイダン:「ッ…………マジで言ってるんすか」

レーン:「……すまない、20分で着く。地下室へは俺とアルバだけで入るから、他の人は追い払ってくれ」

エイダン:「……了解っす」

(レーン、指にサラから貰った指輪をはめて)

レーン:「アルバ、地下室へ行こう。この指輪も、託された鍵も、2人が死んだのも、きっと何か意味があるはずだ。全ての答えは、きっと10年間閉ざされ続けた部屋の中にある」

アルバ:「……うん」

レーン:「大丈夫だ。サラはきっと何かを残してくれてる。サラの残したメッセージを、2人で受け取ろう」

アルバ:「……そうだね」


***


——1951年 6月 郊外 旧・ビアトリス教会跡地

エイダン:「この階段を降りれば地下室の扉があるんすけど……大丈夫っすか、アンダーソンさん」

レーン:「あぁ、詳しい話はまた後で話すよ」

エイダン:「それもそうっすけど、その腕……」

レーン:「どちらかというと、足の方が痛い」

エイダン:「ッ……医者、呼んでくるっす」

レーン:「今はいい。全てが終わったら頼むよ」

エイダン:「っす……」

(エイダン、少し離れる)

レーン:「アルバ、行けるか?」

アルバ:「うん」

レーン:「明日でもいいんだぞ」

アルバ:「もう夜更けだし、明日は事情聴取があるでしょ」

レーン:「……そうだな、行こう」

(地下室の階段を降り、扉の前まで来る)

アルバ:「明かりを」

レーン:「あぁ……」

アルバ:「……開けるよ」

レーン:「あぁ……」

(鍵を開け、扉を開ける)

レーン:「開いた……」

アルバ:「ここ、電気じゃない」

レーン:「電気じゃない?」

アルバ:「ほら、ロウソクだよ」

レーン:「本当だ。中は……机と、本棚と……」

アルバ:「日記だ」

レーン:「日記? ん、その隣の紙は?」

アルバ:「『火薬を撒く』『火をつける』『爆発まで30秒』……リディアのメモだね」

レーン:「じゃあ日記はリディアの?」

アルバ:「いや……これ、サラの字だ」

レーン:「サラの?」

アルバ:「……ふせんが貼ってある。『1941年 6月10日』火災の3日前だ……」

レーン:「サラ……」

アルバ:「読むね。……『1941年6月10日 親愛なる日記さんへ……』」

サラ:「(『親愛なる』から被せて)親愛なる日記さんへ。孤児院の中を散策してたら、地下室を見つけちゃった。よく見たら、リディアの隠れ家みたい。明日、こっそり来て驚かせちゃおうかな。怒られちゃうかな。驚かせたあとは、ここを4人の秘密基地に出来たらいいな。あ、そういえば、明日は月末にあるチャリティーコンサートのソロが発表されるんだって。せっかくの素敵な機会だから、私はリディアにやってもらいたいな。でも、きっと……」


***


——1941年 6月11日 郊外 ビアトリス教会

ダニエル:「チャリティーコンサートでのソロは、サラ・ブラッドベリーです!おめでとう!」

サラ:「私……?」

アルバ:「おめでとう、サラ!」

レーン:「凄いじゃないか、大役だな!」

ダニエル:「さすが、ビアトリスの天使。君の素敵な歌声を期待しているよ」

サラ:「あ、ありがとう……」

リディア:「っ……」

(リディア、走り去る)

レーン:「リディア!?」

アルバ:「どこに行くの!?」

ダニエル:「放っておきなさい。彼女も頑張っていたからな、きっと悔しいんだろう」

サラ:「………………」


***


サラ:「6月11日。親愛なる日記さんへ。やっぱりソロは私だった。レーンさんもアルバも喜んでくれたけど、リディアは悔しそうだった。このソロはダニエル神父がお金儲けをするために作ったのにな。でも、ダニエル神父はソロのお祝いにお布団を新しくしてくれた。だから、あんまり悪く言っちゃダメだね。あーあ、地下室でリディアのこと驚かせたかったんだけどな。明日からソロの練習で皆との時間も減っちゃうし、しばらく寂しいかも」


***


——1941年  6月12日 郊外  ビアトリス教会

アルバ:「リディア、今日来ないのかな」

レーン:「ソロの為に頑張っていたからな。もしかしたら明日も来ないかもしれない」

アルバ:「サラもソロの練習でいないし、なんだか寂しいよ」

レーン:「なんだ、俺だけじゃつまんないってか」

アルバ:「そういうわけじゃないけど……どちらかというと、緊張するっていうか……」

レーン:「俺もハイスクールへ行って大人のお兄さんに近づいてしまったからな。その気持ちは十分わかるぞ」

アルバ:「はぁ、やっぱり2人とも来てくれないかな……」

レーン:「はっはっ、照れ隠しなんて、お兄さん困っちゃうな。そうだ、アルバ」

アルバ:「ん?」

レーン:「この間、誕生日だったろ」

アルバ:「あぁ、うん! 11歳になったよ!」

レーン:「来年はついにミドルスクールか。ついこの間まで赤ちゃんだったのにな」

アルバ:「むぅ、レーンさんとは4つしか変わらないのにぃ」

レーン:「はっはっ、4歳の差は大きいさ」

アルバ:「それで、ボクのバースデーが何?」

レーン:「おいおい、拗ねないでくれよおチビちゃん」

アルバ:「もう! ボクはおチビじゃ——」

レーン:「——ほら、お兄さんから、プレゼントだ」

アルバ:「わぁ……! ロザリオ! しかも、チェーンが黄色だ!」

レーン:「『アルバ』は『夜明け』って意味だろ? それで、俺は……その……」

アルバ:「うん?」

レーン:「い、いや、なんでもない。名前にぴったりだと思って決めたんだ! ほら、アルバは黄色が良く似合うからな!」

アルバ:「ありがとう、レーンさん! 大事にするね!」

レーン:「……あ、あぁ! ハッピーバースデー、アルバ!」

アルバ:「あぁ、早く2人にも見せたいなぁ! そうだ、なくさないように、ちゃんとポッケにしまっておこう!」

レーン:「そういって無くさないでくれよ、おチビちゃん」

アルバ:「もう! だからボクはおチビちゃんじゃないって!」

レーン:「はっはっは!!」


***


——ビアトリス教会 地下室

サラ:「……紙が沢山散らばってる。リディア、合唱団には来なかったけど、教会には来てたんだ……。あれ、これ……」

(サラ、紙をひろいあげる)

サラ:「『地下倉庫に爆薬、深夜2時頃警備なし』『6月30日、チャリティーコンサート』『起爆まで30秒』……あぁ、みんな殺しちゃうつもりなんだ。でも……これじゃ、だめかな」

(サラ、日記を広げる)

サラ:「6月12日。私は、リディアもアルバもレーンさんも大好き。でも、リディアは教会を爆発させちゃうくらい、アルバのことだけが大好きみたい。お父さんの会社から爆薬を盗んで教会を爆発させるつもりみたいだけど、それだとリディアもアルバも、みんなみんな死んじゃうんじゃないかな。リディアは本当はいい子なんだから、止めてあげなくっちゃ。確か、ダニエル神父が今日、古いお布団をゴミ置き場に持って行ってたな」


***


アルバN:「1941年6月13日郊外。ビアトリス教会」

サラ:「ここに……あった。良かった、まだ古いお布団捨てられてなかった。この時間帯だったら、まだ皆は入口に近いとこにいるはず。どのくらいの炎になるかな。今日は風が強いから、ボヤじゃ済まないかな」

(サラ、ポケットからマッチの箱を取り出す)

サラ:「リディアが爆発させるより先に教会で火事が起こったら、きっとリディアは考え直してくれるよね……。これならきっと、皆が逃げる時間も稼げるし、リディアは罪を犯さなくて済む……。あぁ、神様、どうかこの炎でリディアの穢れが祓われますように」


***


——教会入口前

アルバ:「リディア、今日も来ないのかな」

レーン:「どうやら、外出はしているみたいなんだがな……」

アルバ:「えっ、なんで知ってるの?」

レーン:「今日、たまたまお母さんにあったんだよ。そしたら『昨日はちゃんと教会へ行ったわよ』ってさ。ついにリディアも反抗期だ」

アルバ:「リディア、どこに行ってるんだろ……また4人で歌いたいのにな」

レーン:「まぁ、そのうち戻ってくるだろ。うっ……! それにしても、風が強いな……」

アルバ:「どうする? リディアのこと、もう少し待ってみる?」

レーン:「あぁ、始まる直前までは待ってみることにするよ。その間に、アルバ」

アルバ:「ん?」

レーン:「この時間ならまだサラのレッスンも始まっていないだろう。少し話して来たらどうだ? サラを養子に迎える話、上手くいきそうなんだろ?」

アルバ:「……! なんで知ってるの!?」

レーン:「警官志望なんでな。ほら、行ってこい!」

アルバ:「……うん、行ってくる!」

(教会に入って)

アルバ:「あ……レーンさんに貰ったロザリオ、どこかに落としちゃった……! どこで落としちゃったんだろ、サラに見せたいのにな……。そうだ、昨日書き間違えちゃった紙をこっそり裏のごみ箱に捨てて帰ったんだった……! きっとそこで落としちゃったんだ! まだ時間もあるし、先に取りに行っちゃおっかな」


***


——ゴミ置き場

サラ:「わ、結構燃えるの早いな……ゴミ箱の中にも火をつけようとしてたけど、お布団だけで十分かも」

(誰かが歩いてくる音がする)

サラ:「大変、誰か来ちゃう」

アルバ:「……ん、女の子の声がする。ねぇ、そこに誰かいるの?」

(アルバ、急いで壁から顔を出す)

サラ:「…………」

アルバ:「今のって、サラ……? ……うわっ!?」

(風が吹き、炎が舞い上がる)

アルバ:「これは……火事!? 大変、皆に知らせなきゃ! 火事だ! 火事だよー!!!!」

サラ:「……アルバ、教会の中に入って行っちゃった。取り残されちゃうかな、助けに行かなくっちゃ」


***


レーン:「……皆、どうしたんだ? ……何、火事!? クソッ、皆、建物から離れるんだ! アンタ、消防に連絡してくれ。アンタはすぐそこの交番に助けを! なぁ、アンタ! アルバを見てないか!? ……はぁ!? まだ中に!? ……ッ、クソ!!!」

(レーン、人混みを掻き分けて炎の中へ)


***


(炎に包まれる部屋)

アルバ:「けほっけほっ……どこ、どこにあるの……っ!」

(廊下へ出て礼拝堂へ向かうアルバ)

アルバ:「早く逃げなきゃ。でも、きっとここに……っ!」

(礼拝堂の中に光るものを見つける)

アルバ:「あれは……あぁ、あった、レーンさんに貰ったロザリオ! 良かった!」

(ロザリオの元まで走るアルバ)

アルバ:「熱っ……!」

(ロザリオを床に落とす)

アルバ:「拾わなきゃ……うっ、けほっ……げほっ……!」

(アルバ、うずくまる)

アルバ:「ぜぇぜぇ……拾わ、なきゃ……レーンさんの……」

サラ:「……アルバ? そこにいるの?」

アルバ:「……? だれ……?」

サラ:「良かった。外にいないから、もしかしてって」

アルバ:「サラ……? ……ちがう、だってサラは……さっき……」

サラ:「立てる? 外にでるよ」

アルバ:「あぁ、そっか……天使が、迎えに来てくれたんだ……」

(火のついた木材が落ちてくる)

アルバ:「あ……」

サラ:「あぶない!!!!」

(サラ、アルバを押しのけ木材の下敷きになる)

サラ:「うぐぅっ……」

レーン:「おい!! アルバ、そこにいるのか!!! (2人に気づいて)ッ……アルバ! サラ!!!」


***


サラ:「1942年6月13日。親愛なる日記さんへ。私は罪を犯してしまった。アルバに火傷を負わせてしまって、私も左目と左腕に火傷を負ってしまった。やっぱり、悪いことはしちゃダメだね。でも、リディアがこんな目に遭わなくてよかったな。

あの火災から1年、私はアルバのお家に住むことになったよ。リディアは都市の高校に進学して、会えなくなっちゃった。レーンさんは合唱団が無くなって、うちに来たりリディアの所に行ったりしてるんだって。

ねぇ、日記さん。私、思うんだ。神様が私やアルバの命を残してくださったのは、きっとリディアの穢れを祓ってこの愛をまっとうしなさいってことだって。今は離れ離れに見えるけど、私達の愛は神様の名のもとにある。例え今がどれだけ辛くて、暗い闇に包まれていたとしても、いつかきっと朝が来て、幸せな日を迎えることが出来る。

だから私はその日が来るまで、この地下室の鍵を閉じておこうと思うよ。さようなら、親愛なる日記さん。これが最後の記述です」


***


——1951年6月 郊外 旧・ビアトリス教会跡地 地下室

アルバ:「サラはリディアが教会を爆破させようとしているのを止めたくて、教会に火を放ったんだ……。ボクたちとの愛を、終わらせないために……」

レーン:「サラが放火しなかったら、リディアが計画を上手く進めていたら、今頃、俺達は……。何かないか、もっと、当時のことが分かるものは……引き出しも見てみるか」

(レーン、引き出しを開ける)

アルバ:「ねぇ、あんまり不用意に動かさない方が……」

(レーン、何かを見つける)

レーン:「……なぁ、アルバ」

アルバ:「……どうしたの?」

レーン:「これ……」

アルバ:「それは……レーンさんがくれた、ボクのロザリオ」

レーン:「あの日、お前はこれを取りに礼拝堂に戻ったんだろ。無茶をして、大事な体に傷をつけて……」

アルバ:「だって、大事にするって約束したのに、ボク……なくしちゃったから」

レーン:「……アルバ、こんな時に渡すべきじゃないと思うんだが——」

(レーン、ポケットから箱を取り出す)

アルバ:「……?」

レーン:「これ、バースデープレゼントで用意していたんだ。金と天然石の、ちゃんとしたヤツ」

(レーン、アルバの首に掛ける)

アルバ:「おんなじデザインだ……」

レーン:「俺は、あの日のことをずっと後悔していた。宗教的なものがプレゼントに適していないことも知らずに、このロザリオでお前を傷つけてしまったんだ。これは教会を再建した今だからこそ、渡しておかなければいけない。このレーン・アンダーソンの……『太陽』の名に懸けて」

アルバ:「レーンさん……」

(アルバ、日記から手を放し、日記が閉じてしまう)

アルバ:「あ……日記、閉じちゃった。えぇと、どこのページだったっけ……。あれ?」

(アルバ、手を止める)

レーン:「どうした?」

アルバ:「……13日、最後の記述はこのページ。まだ、後ろに少し、続きがある」

(アルバ、ページをめくる)

アルバ:「…………」

レーン:「なんだって……」

サラ:「あぁ、人の愛って、こんなにも素敵。どうか、この愛を持って未来へ進んで。これからは、愛する2人に幸せが満ちた人生を——サラ・ブラッドベリー」

アルバ:「レーンさん、ボク、夢を見るんだ。ちっちゃい頃から何度も見る夢」

レーン:「夢……?」

アルバ:「どこか、古いお城みたいなところで、リディアがレーンさんを刺し殺して、ボクは怒ってリディアを殺すんだ」

レーン:「なんて夢を……」

アルバ:「ボクは死んだあと、裁判にかけられる。地獄ではリディアが待っていて、天国ではレーンさんが待っている。でも、ボクはリディアを刺したから、地獄行きが確定しそうだった。仕方がなかったとはいえ、それが罪であることに変わりはないからさ……」

レーン:「……?」

アルバ:「でも、天国からサラがやってきて、助けてくれるんだ。ボクがリディアを刺したのは全部全部リディアがボクを操っていたからだって」

レーン:「…………」

アルバ:「きっとね、サラは本当に天使だったんだよ。それで、永遠に罪を償うはずだったリディアを地獄へ連れ戻しに来たんだ。サラは……ボクたちを守ってくれた」

レーン:「……そう、かもな」

(レーン、もう1つの引き出しを開ける)

アルバ:「それは……」

レーン:「こっちの引き出しには、新品のワインと新品のカシスリキュールが入っているみたいだ。ご丁寧にグラスまで用意してある」

(レーン、ワインとリキュールの栓を抜き、グラスに注ぎ始める)

アルバ:「ちょっと、それ、飲むつもり? 偉い人に怒られるんじゃないの?」

レーン:「あぁ、きっと怒られるくらいじゃ済まないだろうな。クビになるかもしれない」

アルバ:「じゃあ、なんで……」

レーン:「献杯だ、アルバ。サラとリディアに。俺たちの愛した友人たちに。彼女らが迎えられなかった、夜明けの太陽に。この献杯の為なら、俺の職くらいくれてやるさ」

アルバ:「……バカなんじゃないの」

レーン:「きっとこれはサラから俺達へのプレゼントだ。ロザリオや日記や指輪みたいに、いつまでもこの愛を忘れないでいられるような……もしくは、これまでつき続けた嘘へのお詫びか」

(レーン、作ったカーディナルをアルバへ差し出す。アルバ、受け取って)

アルバ:「全く、最悪なバースデープレゼントだよ。初めてのお酒をこんな場所で飲まなきゃいけないなんて」

レーン:「ここを出たらやることが山積みだ。この酒でクビになっても、俺は3つの事件の証人になっちまったし」

アルバ:「ボクも色々証言しなきゃね。旅の荷物も解かないと」

レーン:「あぁ、朝日が昇って来たみたいだ。それじゃあ、アルバ」

アルバ:「うん、レーンさん」

レーン:「愛する友に」

アルバ:「最悪なバースデーに」

(グラスを鳴らし、乾杯をする)


——夜明けのカーディナル 完

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