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【朗読】僕は音楽が大嫌いだ
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この世界は音楽が溢れている。
横断歩道を渡る時も電車に乗る時もいつだって音楽はそこにある。
……僕は、音楽が大嫌いだ。
***
高二、夏。
僕は好きでもないアコギを抱えて、誰もいない山へ向かっている。
僕の住んでいる街は田舎といえば田舎だが、電車に乗れば数駅先に都会がある、そんな場所だった。
僕は栄えているところがあまり好きじゃない。音が溢れすぎているからだ。
車の走る音、電車の走行音、大型ビジョン、信号機、誰かの怒号、笑い声……。
耳のいい僕にはあまりにもうるさすぎる。
僕は自分の耳がいいのを活かして、音楽業界に入ろうと思っていた。
ミュージシャンでなくとも、音響スタッフや作曲家、MIX師やレコーディングエンジニア、僕の力の使い道はいくらでもあった。
でも、僕はもう音楽業界に入ることを諦めた。諦めざるを得なかった。
夢を失った高二の夏。
僕はやるせない思いでアコギ片手に家を飛び出した。
誰もいない、音の少ない山へ行きたくなったのだ。
山道の入口付近に自転車を停め、僕は山へ足を踏み入れる。
木漏れ日が肩をくすぐり、山のいい匂いが僕の胸を満たした。
僕は少し登った先にあるベンチに腰をかけ、好きでもないアコギを取り出した。
いつも通り顔を見せるアコギに少し嫌気がさしたが、僕はいつも通りストラップを肩にかけた。
そして、ひと想いに弦を弾いてコードを掻き鳴らした。
しかし、音は聞こえない。
どのコードを鳴らそうが、どの曲を弾こうが、何も聞こえない。
それどころか、僕はここに来るまで何も聞かなかったし、今だって、煩いはずの蝉の声1つ聞こえない。
僕の耳はもう、決して良くないのだ。
……あれほど嫌った、世界に満ち溢れていた音が、今ではこんなに恋しい。
僕はギターを投げ、大声で叫んだ。
無論、僕自身の声は聞こえない。ただ、喉が痛むだけだ。
溢れ出す涙を拭い、僕はギターを拾った。
「……音楽なんて、大嫌いだ」
僕は確かにそう言って、ギターをケースに仕舞い、山を降りた。
この世界には音楽が溢れすぎている。
横断歩道を渡る時も、電車に乗る時も、音楽はいつだってそこにある。
でも、僕にはもう聞こえない。
―――僕は音楽が大嫌いだ。