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【声劇】ボクの景色〜怪異前世譚〜(2人用)
利用規約:https://note.com/actors_off/n/n759c2c3b1f08
♂:♀=1:1
約20分~30分
上演の際は作者名とリンクの記載をお願いします。
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【配役兼任表】
ボク♀:
男女不問。生まれて間もなくして捨てられた犬。 生きていく中でご主人様の為に生きる事を決める。
主人♂ :男女不問。男性推奨。※通行人と兼任。
足を不自由にし、車椅子での生活を余儀なくされた。
通行人♂ :※主人と兼任
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ボクM:「水が空から落ちてくる」
ボクM:「通り過ぎる何かの声。聞こえては消える何かの音。
ボクが知っているのは、小さな小さな箱の世界」
ボクM:「水が空から落ちてくる」
ボクM:「誰かがボクをこの世界に置いて行った。その前足は暖かかった。思い出せないけど、とてもとても暖かかった。
ふかふかの何かの上にボクを置いて、ボクはこの世界からその手が離れて行くのを見送った」
ボクM:「水が空から落ちてくる」
ボクM:「そのふかふかも、今は水で濡れて冷たい。どれだけ振り回しても、ふかふかは戻らない。ボクもふかふかも、戻らない」
ボクM:「水が空から──」
主人:「なんだ……お前。雨ん中ずぶ濡れになりやがって──捨てられたのか?」
ボクM:「大きな何かがボクを見ていた。
透明な何かが空から落ちてくる水を防ぐ。その下にボクと大きな何か……
大きな何かがボクを見ている」
主人:「何見てんだよ」
ボクM:「大きな何かがボクに何かを言う。
ボクも何かを言わないと……だけどきっと分からない。ボクの言葉は大きな何かに伝わらない。
それでも大きな何かはボクを見ていた」
主人:「ったく……こんな物を道に置かれると、俺みてぇなヤツには迷惑なんだがなぁ。簡単に避ける事すら難しいってのに──なぁ?」
ボクM:「大きな何かがボクに何かを言う。ボクは首を傾げて、大きな何かを見上げる」
主人:「ははっ、お前には分からねぇよな! そりゃあそうだ。こうなってみねぇと分からねぇ。失って始めて大切さに気付くんだ。お前にはまだ四つもあるんだもんなぁ」
ボクM:「大きな何かがボクに笑いかける。口を大きく開けて、ボクに笑いかける。ボクも口を開ける」
ボク:「クゥーン」
ボクM:「思ってもいない声に、ボクは周りを見た。だけれど、この世界にはボクしか──ボクと大きな何かしかいない。
大きな何かがボクを見ている」
主人:「ったく、仕方ねぇなぁ。ほら、こっち来い」
ボクM:「大きな何かの前足がボクを掴んだ。冷たくなっていたボクの体を、何かの暖かさが伝わった。
空から水が落ちて来る前に感じた暖かさとは違う──もっと前に感じた事のある温かさ。ボクをここに置いて行った前足と、同じ温かさ」
主人:「何見てんだよ」
ボクM:「ボクを見る何かの目は、水が落ちてくる前の空みたいに透き通っていて、小さな世界に敷かれたふわふわみたいに──暖かかった」
主人:「今、何時だ……もうこんな時間か。帰るぞ。新しいお前の家に」
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ボクM:「ご主人様はずっとタイヤの付いた椅子に座っている。
ボクをよく、後ろ足のひざに乗せて、頭や背中を優しく撫でてくれた。何度も、何度も……
それが嬉しくて、ボクはご主人様の指を舐めた。何度も、何度も……するとご主人様は、ボクの頭をクシャクシャッてする。
『うぷっ!? 何するのぉ!』
ボクが見上げると、ご主人様は決まってこう言う」
主人:「何見てんだよ」
ボクM:「そしてまたボクの頭を撫でる。優しく……暖かく……柔らかく」
主人:「お前は、好きに走り回れば良いんだぞ。俺の分まで、その四つの足で……
俺の足は、ダンボールの中にいたお前と一緒だ。もう広い世界を見に行く事は出来ない。狭い世界の中しか、動けない」
ボクM:「水が落ちくる空みたいな目で、ボクに何かを言う。ボクはその目が嫌で──だからご主人様の手を舐めた」
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主人:「『お爺さんは、なるほど、川に洗濯に行ったのか、と休もうと腰を屈めると、家の前から犬の悲しそうな声が聞こえてきました』」
ボクM:「ご主人様は、よく本を読んでいる。
どんな話なのかは分からない。だけど、ボクはご主人の声が大好きだった」
主人:「『【犬】わふぅ〜それがでございますですが──ワタクシ、迷い犬になってしまいましてでございますです……』」
ボク:「わふっ!?」
ボクM:「ご主人様が本を読んでいると、ご主人様から、たまに違う声が聞こえてくる。ボクがビックリしてご主人様を見上げると──」
主人:「……ん? 何見てんだよ」
ボクM:「またいつもの声が戻ってくる。
ご主人様は毎日毎日違う本を読んでいた。ゆっくりと誰かに聞かすように、楽しそうに──ときには悲しそうに。ボクはそれをご主人様のひざの上で聞いていた」
主人:「俺を見るんじゃなく、しっかりと聞けよ……ここからがまた良い所なんだから」
ボクM:「ボクの耳を優しく持ち上げて、また本を読み始める。
ご主人様と違う声は、まだ慣れないけど……それでもその声は、心を撫でられているみたいで、気持ち良くなって…… (あくび) なんだか……眠たく……なって……」
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主人:「今、何時だ……もうこんな時間か」
ボクM:「外で何かが『カァカァ』と鳴く頃、ご主人様はボクの首に紐を付けて、一緒に外に出かける。
柔らかい風、見た事の無い景色、嗅いだ事の無い匂い──ボクはお外が好きだった」
主人:「おいっ、俺の前は走るなよ? 車輪で踏んじまったら危ねぇからな」
ボクM:「この下から出てきて、風に揺れているモノ達はなんだろう?
この透明な入れ物はなんだろう?
凄い速さで走っていく、この大きな物はなんだろう?」
主人:「おいっ、ウロウロするな──もうすぐいっぱい走らせてやるから」
ボクM:「すごく広い公園。そこでボクは、首に結ばれた紐を外されて、ボクと同じ四つの仲間達と一緒に走り回る」
主人:「ほらっいっぱい遊んで来い。ケンカはするなよ。仲良く走れよ」
ボクM:「公園の端っこ。ご主人様はボクをずっと見ていた。他の仲間はご主人様と一緒に走っているのに、ボクのご主人様は公園の端っこでタイヤの付いた椅子に座ったまま」
主人:「何見てんだよ。行ってこい、俺が一緒に走ったら危ねぇだろ」
ボクM:「ご主人様と一緒に走り回りたい。だけど、ご主人様の足は動かない。
だからボクはご主人様の分まで走った。仲間と一緒に追いかけっこをした。そしたらご主人様は笑ってくれる。だからボクはいっぱいいっぱい走り回った」
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主人:「今、何時だ──あぁそろそろ行かないと……」
ボクM:「水が空から落ちて来る。
でももう、ボクの体は濡れない。ご主人様の後ろ足のひざの上、一緒に外に出かける。
『どこに行くの? また走りに行くの?』
ボクがご主人様の顔を見上げると、ボクの頭をクシャクシャってして」
主人:「何見てんだよ。
ふっ……俺に付き合わせて悪ぃなぁ、車椅子のメンテナスの予約を入れてたんだ。家で走り回りたいだろうけど、ちょっと付き合ってくれ」
ボクM:「ご主人様と一緒なら、どこに行っても楽しい。ボクはご主人様のヒザに顔をうずめた」
主人:「今、何時だ──おっと、急がないとだな」
ボクM:「通り過ぎる景色が早くなる。ヒザが小さく何度も揺れる。ボクは落ちないようにご主人様にしがみつく──」
主人:「──うぉっと!?」
ボク:「わぅっ!?」
ボクM:「ご主人様が動くのやめた。
『着いたの? どこに着いたの?』
ボクが見上げると、ご主人様は辛そうな顔でボクの頭をクシャクシャした」
主人:「すまないな。車輪が線路にハマった──よっと……クソ……すぐ抜けるから、大人しくしてろよ」
ボクM:「ご主人様大丈夫!? どこか痛いの!? ボク、何をしたら良いの!?
──っ!? 何この音! 耳の奥が割れるみたいな、嫌な音!! ご主人様っボクこの音、嫌だ!! ご主人様!!」
主人:「電車が来る──くそっ! 抜けろっ!! 早く!!」
ボクM:「ご主人様、何が起こっているの!! ご主人様もこの音が嫌いなの!? 大丈夫だよ、ボクも恐いけど、一緒にいるから!! ずっと一緒にいるから!!!」
主人:「くそっ!
はぁ……何見てんだよ。心配そうな顔しやがって……大丈夫だ」
ボクM:「……ご主人様が、ボクの首に巻いてある紐を外した。
ボクの頭をクシャクシャと撫でて、透き通った青い空みたいな目でボクを見る」
主人:「……お前はどこへでも行ける。その四つの足があれば、好きな場所に行ける」
ボクM:「あははっ! ご主人様が笑った。そっか、もう大丈夫なんだね。ボクもこの音は嫌いだけど、ご主人様と一緒なら大丈夫!!」
主人:「だから新しい、お前の大好きな場所を探して、思いっ切り走り回れ」
ボクM:「ご主人様はボクを持ち上げる。大きな手で、優しい手で、力強く持ち上げる……そして──」
主人:「──生きろ!! (投げる)」
ボク:「──っ!?」
ボクM:「どうして投げるの!?
──っ!? ご主人様、大変だよ!! 大きな何かがご主人様に向かって来てるよ!! 大きくて早い何かが!! そこにいたらダメだよ!! 危ないよ!!」
ボク:「ギャン──っ! ワンッワン!!」
ボクM:「ご主人様っ動けないの!? 足が無いから、そこから走れないの!? ボクが助けてあげる!! ボクがそこから連れ出してあげる!!!」
主人:「──っ!? 馬鹿野郎っ! 戻って来るな!! 危ないって言ってんだ!! 離れろ!!! あっちに行け!!」
ボクM:「大丈夫!! ボクがご主人様の足になるから!! ボクがご主人様の分まで走るから!! ボクが──」
主人:「──ばか、やろう……」
ボクM:「……だから、安心して?」
主人:「ははっ……何見てんだよ……」
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主人:「おいっ」
ボクM:「今はもう、ボクとご主人様を繋ぐ紐は無い。
あの日に無くなっちゃったから……
住む家も、ご主人様の大好きだった本も、タイヤの付いた椅子も──」
主人:「おいっ」
ボクM:「水が空から落ちてくる。
その水はボクの体を濡らして、そして頬を伝って地面を濡らす。
小さな世界から始まったボクの毎日は、ご主人様の手がボクの世界を大きく広げた。そして今、ご主人様の元から離れて、もっともっと大きい世界があるんだって、知った」
主人:「おいっ。今、何時だ」
ボクM:「ボクには足がある。自由に走り回る、足がある。どこにでも行ける、足がある」
通行人:「はい? 今ですか……ちょっと待って下さ──えっ……犬?」
ボクM:「ご主人様がいなくなって、寂しくなる時もあるけれど、そんな時は口を大きく開けて声を出すんだ」
主人:「……何見てんだよ」
ボクM:「これからもボクは、ご主人様とずっと一緒」
通行人:「ひっ!? ……い、犬に……人の顔が──あ、あぁ……うわぁぁぁあ!!!! (逃げる)」
ボクM:「この四つの足で、ボクたちの知らない世界をもっと……もっといっぱい見る為に──ボクはご主人様と一緒に、走る」