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⑱役作りとしての小道具・衣装

〇皆さんこんにちは。ここでは初心者の方にも分かりやすく、順番に演技のことについて説明していきたいと思っています。演技の勉強をしたいという方はぜひご参考になさって下さい。
〇今回のテーマは「役作りとしての小道具・衣装」です。

衣装や小道具ってどうしてる?

〇皆さんがお芝居をやろうと思ったとき、そのための衣装や小道具はどうしていますか? 担当者がいて用意してくれたり、役者が兼任して小道具を集めたり、準備の仕方はいろいろだと思います。衣装を考えたり小道具を作ったりするのが好きで、楽しくやってくれる仲間がいる場合は役者としてはラッキーですね!
〇時間とエネルギーをかけて用意してくれたものを実際に着させて・使わせてもらうのは役者ですから、役者は衣装さん・小道具さんに感謝し、大切に使わせてもらわなければなりません。プロとしてお仕事をするようになると、プロのメイクさんがメイクをしてくれたり、プロの衣装さんが衣装を用意してくれたりすることもあるかも知れませんが、役者が衣装もメイクもすべて自分で用意するということも当たり前にあります。
〇もしあなたが何かの作品に出演した際、専属の衣装さんメイクさんがつくような現場だったとしたら、それはとても恵まれている環境です。スタッフさんたちへの感謝と尊敬の心を忘れずに、役者としてベストを尽くすようにして下さい。

役作りとしての小道具・衣装

〇さて、作品づくりにおいてどのように衣装や小道具が準備されるかは別として、実は「どんな衣装にするか」「どんな小道具を用意するか」といったことは、役作りのためにも非常に重要な要素となります。「衣装や小道具は人任せで、自分では何も考えない」のでは良い演技はできません。どなたかに用意してもらう場合も、どうしてそのような衣装・小道具になっているのか、役者は演出の意図や衣装・小道具さんの狙いを理解する必要があります。
〇前回「⑰想像力と物証」で、台本に書かれている文字の情報を目に見える具体的なものにしなければならないというお話しをいたしました。あるキャラクターがどんな服装をしているのか、どんな道具を使っているのか考えることは、まさに「文字を目に見えるものにする」作業となりますから、役者が具体的にその役をイメージするのに大変役に立ちます
〇稽古はとりあえずTシャツやジャージで行い、本番の衣装については後で考える、という人もいるかも知れませんが、役者目線で役作りのために衣装・小道具を考えるのは大切なことです。今まであまり意識しなかったなという方は、ぜひ詳しく考えてみるようにして下さい。

役の衣装を考える

〇では、台本に書かれたキャラクター、その役について衣装を考えるということについてご説明してみます。衣装についてはこの話題ひとつだけでも連続講座やワークショップを企画できてしまうほど重要で、そして楽しく興味深い内容だと思います。役者の楽しみって本当にたくさんありますね!

①まずは設定(時代考証・職業など)

〇衣装について考えるために、まずはしっかり台本から情報を読み取ってどんな時代どこの話しどんな身分の人でどんな文化だったのかなどを詳しく見ていきます。例えば日本のお話しだったとしても、それが現代なのか、少し前の平成の時代なのか昭和の時代なのか、その時期によって服装はいろいろと変わってきます。もちろんその人の身分や職業によってもだいぶ違ってきます。これが海外のお話しだったり、時代劇だったりしたらなおさらですから、よく調べてトンチンカンな服装にならないようにしなければなりません。

なるべく細部までこだわって具体的に!

〇ここで注意したいのは、「なんとなく、だいたいこんな感じ」という曖昧なイメージで終わらせず細かく具体的に見ていくことです。日本のお着物ひとつとってもどんな柄でどんな素材なのか、どんな着方をしているのかによってまったく意味が変わってきてしまいます。もちろん実際の作品づくりではお金も時間も限りがありますから、すべてを本当通りに揃えることは難しいかも知れませんが、今はお勉強なので、実際に揃えられるかどうかはあとで考えることにして、できるだけ詳しく細かく、具体的にしていきましょう。
〇歴史の勉強なんて嫌いだよという人も、お芝居のためとなれば楽しく調査を進められると思います。今はネットで調べることができて非常に便利ですし、図書室や図書館で専門書を開いてみるのもとても良い勉強になります。その時代の文化や風習をよく知っていることは、その時代に生きているはずの登場人物にとっては当たり前のことです。その当たり前のことを知らずに演じようとすると、役者は知らないくせに嘘でやっているような気分になってしまいます。逆によく調べて分かっている・知っていることだらけになってくると、役者は自信をもってその人物としてふるまうことができるようになるわけです。ね、衣装のことを考えるのって大切でしょ?

同じ職業でも人それぞれ!

〇今度は職業のことについても考えてみましょう。学生の皆さんにとって身近な職業と言えば学校の先生だと思います。例えば現代の設定、登場人物に公立中学校の先生が出てきたとしたら、どんな服装をしていると思いますか? 
〇これはご自分の教わっている(教わった)学校の先生方を思い浮かべてもらえばすぐ分かると思いますが、先生によってまったく違った服装をしているはずです。校長先生、教頭先生、理科の先生、音楽の先生、体育の先生、美術の先生…同じ「先生」でも誰に何を教えるのか、担当する教科によってもずいぶん服装が変わってくるはずです。
〇そして、その違いには理由があります。なぜ校長先生はネクタイをしているのでしょう? なぜ体育の先生は運動靴を履いているのでしょう? なぜ理科の先生は白衣を着ているのでしょう? 人が仕事をする服装を選ぶ場合、仕事上の必要性や利便性ルールや慣例など、どうしてそのような服装になっているか必ず理由があるはず。その理由をひとつひとつ理解することが、またひとつ役作りの材料につながるのです。
〇自分が演じる役の職業について、詳しく調べたり、その職業が演じられている映画を観てみたり、実際にその仕事をしている人を観察したり話しを聞いてみたりすることはとてもためになります。こういうの、「へえ! そうだったのか!」ということもあり、なかなか興味深くて面白いと思うのですが、どうでしょうか? 人に興味があることは役者の大切な才能のひとつ。皆さんもいろんな人に興味をもって、色んな人の気持ちを考えられるようになって下さい。
〇どうして今日の仕事でその服を選んで着ているのか、登場人物本人なら分かっていること。それを理解することで、役者は自分も観客も信じられる演技に近づいていくことができます。

②次に個性を考える!

〇さて、時代や場所、身分や職業といった設定をふまえた上で、今度はその役の個性からさらに服装について考えていきましょう。
〇同じ職業だからみんな同じ服装をしているわけではありません。学校で指定された同じ制服を着ている学生さんでさえ、スカートを少し短く見せてみたり、ボタンを外してみたり、靴下を工夫してみたりして個性的に着こなしているのを見かけます。
〇同じ職業でもその人の個性…年齢や性別、そして性格やこだわりによってかなり選ぶ服装は変わってくるはずです。見た目を重視して多少着心地が悪くても窮屈なシャツを着たり、足が痛くても高いハイヒールを履いたりする人もいますし、とにかく動きやすさを重視したりする人もいます。あなたが役作りしようとする、台本に書かれたキャラクターはどうでしょうか?

衣装から情報がはっきり伝わる

〇少し例を出して見てみましょう。例えばある40代の数学の先生頭はボサボサで寝ぐせがついていて、シャツはヨレヨレ。ときどきシャツの裾がスラックスからはみ出たりしている。ネクタイはゆるく締めていていつも曲がっている。無精ひげが生えていてボリボリ頭をかきながら授業をする。
〇人は見かけによらないと言うけれど、見た目だけで想像したとしたらどんな人物に見えますか? 清潔感のない、ずぼらでだらしない印象を持つのではないでしょうか?
〇実はこの役は「人間関係のストレスでアルコール依存症になってしまっていて、奥さんは別居中。家で誰も服装の世話を焼いてくれる人がおらず、生活が乱れていて身の回りのことがきちんとできない」という設定です。「私は生活が乱れていてだらしないです」というのを演技で見せるのは大変ですが、衣装をそのように工夫することで、一瞬で観客に情報を伝えることができるわけです。

衣装が演技をしやすくする

〇演じる役者にとっても、役にあった衣装を着ていることは役の気持ちになりやすく、役に入る助けになります。クリーニングをしたばかりのアイロンの利いたシャツやスラックスを身につけながら「俺はアルコール依存症で生活が乱れている」と念じるよりも、生徒の前だというのに洗濯もしていないようなヨレヨレのシャツを着ている自分を見る方がずっと役の気持ちになりやすいはずです。
〇さらに一工夫して、長袖シャツの袖のボタンがひとつとれた衣装にしてみましょう。彼は以前ならボタンがとれればその都度奥さんにつけ直してもらうことができていたのですが、今は奥さんが別居してしまっているため、まあいいや、とそのままにしてしまっているという設定です。彼はボタンのとれた袖を目にするたびに、奥さんに逃げられてしまった自分の現実を思い出すことになります。家に帰り、シャツの袖にボタンがないことに気づき、寂しさを打ち消すように酒をあおる。そういう姿から、セリフでは強気なことを言っていても、彼が本当は奥さんが恋しくて寂しがっていることが伝わってきます。

役の思い出・記憶

〇シャツひとつにしても、いつどこで買ったものなのか、誰かからもらったものなのか、といった歴史が必ずあります。そこまできちんと設定を考えて衣装を選ぶことで、それを役の記憶とつなげることができます。
〇例えば大好きなお母さんに編んでもらったマフラー、憧れの先輩から受け継いだユニフォームといった設定のものを身に着けることで、ただ想像するよりもずっとそのことをイメージしやすく、信じやすくなるのです。それが役者を助けます。

③そして、あなたに似合っているか?

〇こうして考え、用意された衣装を身につける際に、さらに考えなければならないのが「あなたに似合っているか」という点です。演出として意図的にサイズの合わない服を着たり、着慣れない服を無理に着ているように見せたりすることもありますが、そういった狙いがなければ、基本的に衣装は役者に似合ったものを選んだ方が良いと思います。

良い衣装は衣装に見えない

似合わない衣装は自分でもしっくりこないし、観客からも無理してわざと着ているように見えます。わざとやっているように見えない自然な演技を見せたいのと同様に、衣装もわざとあつらえたものではなく、本当にその人物が着ている服装として見せたいのです。そういう意味で「よい衣装は衣装に見えない」とも言うことができます。今度、映画やドラマを見ることがあったら衣装も気をつけて見てみて下さい。本当にその役がその服を着て生きているように見える衣装もあれば、ああ、わざと撮影のために着せられた衣装なのだなあと感じる衣装もあると思います。どこに差があるのか考えてみるのも面白いですよ。

〇⑭自分を知ること( 容姿編)でもいろいろお話ししましたが、役者は自分の容姿についてもいろいろ研究して、どう衣装を着こなすのが自分に合っているのか知っておく必要があります。例えば台本に赤いシャツを着ていると書いてあったとします。同じ赤でもワインレッド、緋色に近い色などかなり幅がありますし、カタチもいろいろ。化学繊維なのか綿なのか、素材によってもかなり印象が変わります。設定や役の個性を踏まえた上で、役者は自分に似合う赤シャツを選ぶべきです。

自分を魅力的に!

〇そして、特別な狙いや事情がなければ、基本的には役者は魅力的に見えた方が良いに決まっています。役者として人気を得て売れていくためにはそれがもちろん必要なことですし、魅力的な役者が出演することはその作品・そのグループの魅力にもなるからです。劇団の人気を上げてファンを増やしたいと考えている方は、ぜひ役者に似合う衣装・メイクにも注力して下さい。
〇売れている俳優さんは、どうぞと用意された衣装でも何も考えずにそのまま着るのではなく、ひとつボタンをはずす、少し浅く羽織る、帽子の角度をちょっと変えるなど、さり気ない工夫でぐっとカメラ写りを良くしたりします。どう見せれば自分がより魅力的に見えるのかよく分かっているからです。
〇美男美女の役でなくとも、役にはそれぞれの魅力があります。その魅力はそのまま役者の魅力でもあり、役者を輝かせます。せっかくの衣装を自分の味方にして、より魅力的な役者さんになって下さい

良い小道具は良い演技を生む

〇これまでのご説明で、衣装の選び方と役作りが深く関わっていることはご理解いただけたと思います。これはそのまま小道具にも言えることです。あなたが演じようと思う役について、衣装と同様に小道具も考えてみましょう。時代や場所身分や職業役の個性や物語上の意味などをふまえ、どんな小道具が必要なのか考え、衣装にもマッチして自分に似合うものを選びます。
〇台本に書かれていて、もともと必要とされる小道具はもちろんですが、演出上許されるのであれば台本に書かれていない小道具を考えて準備するのも良い方法です。それもまた、役者が役に入り、良い演技をする助けになるからです。
〇例えば先程の数学の先生であれば、ぐしゃぐしゃに丸まったハンケチがポケットに入っていると、汗や涙を拭くシーンで「らしさ」が出るでしょう。酒びたりならそれを隠すために、口臭予防のスプレーミント味のタブレットを持っているかも知れません。毎回教室に入る前に口臭を気にしてスプレーをする、隠れてこっそり酒を飲んだ後にタブレットを多めに口に入れてガリガリ噛む、といった仕草は繰り返すことで役を象徴する癖となり、役の設定や人柄を観客に印象づける演技になります。下手な役者は役者自身としての自分の癖を観客に見せますが、上手な役者は役の癖をあみ出して使いこなします。小道具は上手く使えば演技をする上の強力な武器になるのです。何かのオーディションを受けるときも、使えそうな小道具を持っていくと役に立つかも知れませんね。

小道具は役者のお守りになる

〇衣装が役の記憶と結びつくことを説明しましたが、小道具にも言えることです。衣装に比べ、小道具は手に取ったり握ったりより役としての実感を得やすいアイテムだと言えるかも知れません。映画等で、役にとっての思い出の品をポケットに忍ばせるような場面もよく目にするのではないでしょうか?
〇また、役者はいつでも瞬時に役に入って演技ができることが理想ですが、現実にはなかなか役がつかめなかったり、つかめたと思っていても役が分からなくなってしまうことも多いものです。そんなの時、自分が戻ることのできるセーブポイントのように、使い慣れた小道具をお守りとして使うこともできます。
〇例えば先程の先生の役なら、ポケットからクシャクシャなハンケチを取り出して汗を拭いたりすることで、生活が乱れたままそれを良しとしてしまっている自分のイメージを取り戻すことができるかも知れません。役によって、演じる役者によって、それはある時は万年筆かも知れないし、部屋の鍵かも知れないし、ハーモニカのようなものかも知れない。その小道具にどんな意味があり、それがどうして役のイメージの呼び水になるのかについては役作りができていないと判断できませんから、その役者が一度は役を掴んでいることが前提となりますが、役を端的に表す、役にぴったりなイメージを湧きあがらせてくれる小道具は、役者が迷ったときに一度掴んだ役のイメージを思い出させてくれるお守りにもなるのです。

〇どうでしたか? 今回は「役作りとしての小道具・衣装」というテーマでご説明させていただきました。衣装や小道具について考え、使いこなすことも役者に必要な技術であり、役者の楽しみでもあります。皆さんもぜひ、役者として衣装・小道具を楽しんでみて下さい。

〇演技について学ぶべきことはたくさんあります。今後も少しずつだんだん情報をお伝えしていきたいと思っておりますので、焦らずリラックスしながらお読みいただき、ご参考にしていただけたらと思います。ご質問等ありましたらお気軽にご連絡下さい。

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