⑫役になるってどんな気分?
〇皆さんこんにちは。ここでは初心者の方にも分かりやすく、順番に演技のことについて説明していきたいと思っています。演技の勉強をしたいという方はぜひご参考になさって下さい。
〇今回のテーマは「役になるってどんな気分?」です。
「役になる」「役に入る」ってどういうこと?
〇お芝居の稽古をしていると、「役に入っている」「まだ役になっていない」といった言葉をよく耳にします。いったい、役になるとか、なりきるとか、「役に入る」とかいうのはどんな状態のことを言うのでしょうか?
〇感覚的なお話しにもなるので、これについては色々とご意見があると思いますが、ここでは「十分に役作りが進み、人ごとではなくその役として感じ、反応し、受け答えができる状態」を「役に入った状態」としてお話しを進めてみたいと思います。
役に入ると上手な演技ができる?
〇ここでいう「役に入った」状態になることができれば、役者は迷うことなく悩むことなく、自由自在に演技することができるようになります。自分が役として感じ、反応できていることに自信があり、この役ならどう対応するだろうか、などといちいち考えなくても、堂々と役としてふるまうことができます。
〇急に台本とは違う展開になったとしても、何かの間違いで相手役が違うセリフを言ったとしても、何も怖くありません。台本に書かれていない場面でも苦も無く即興的に演じることができます。嘘みたいだと思われるでしょうか? 皆さんにもぜひこういう体験を味わってみていただきたいものです。
〇逆に言えば、役者は往々にして「役に入れない」ことで苦しみます。まだ役に入っていない状態では、役としての自分の受け答えに自信が持てず、違和感を抱えたりしっくりこなかったりする状態でさぐりさぐりで演技をするはめになります。それは素直に役として感じ、反応しているのではなく、作って嘘でやっていることになるので、それを実感できる役者さんは自己嫌悪しながら稽古を続けなければなりません。
他人になれないのに役にはなれるの?
〇「⑩他人になれるのか」の記事でご説明した通り、私たちは別人に変身することはできません。けれど、今の自分自身とは違ったキャラクターの設定を誠実に理解し、自分のこととして受け止めることで、その役になった自分として感じ、反応することができるようになります。
<演習>「人のことを自分のこととして話す」
〇台本を読み込んで役作りをし、役に入るのとは少し異なりますが、今回は私が考案した、皆さんにちょっと「役になる」気分を味わってもらうための練習方法をひとつご紹介します。よかったら仲間やお友達と試してみて下さい。今回の練習は3人以上で行います。台本や原稿はいりませんが、それぞれ紙と筆記用具を用意して下さい。
①まずは信頼関係
〇「⑦本当に伝える・本当に聞く」のときにもご説明しましたが、こういった練習をするときは相手との信頼関係が非常に大切となります。今回は、より繊細な部分を使う訓練になりますので、
・演技力向上のための練習として、お互いに真剣に取り組む。
・お互いに相手が話してくれたこと、やってくれたことを大切に素直に受け止める。(絶対にちゃかしたり、ばかにしたりしない。相手が役者として上手か下手か、人としていい人か悪い人か、話す内容が面白いかそうでないかといった評価をしない。)
・相手が嫌がることはしない。嫌だと思ったらきちんと断る。
☆訓練に入る前に、これらのルールを確認してしっかり守ることをお互いに約束し合いましょう。
②あなたが会ったことのある人物の中で「特に好きな人や尊敬できる人」をひとり選びましょう。
〇ルールの確認ができたら紙に向かい、それぞれ自分の記憶の中にある「自分が好きだと思える人物」をひとり選んで、よく思い出してみて下さい。親友、尊敬できる人、魅力的な人物、面白いヤツ、憎めないヤツ、どんな人でも構いません。人間が思いつかなかったら、犬や猫、ハムスターなどのペットでもOKです。
☆今ここで訓練を一緒にやっている相手や、共通の知り合いや有名人は避けて、なるべく他の人が知らない人物を選んで下さい。
③選んだ人物について、用意した紙に具体的な情報を詳しく書き出してみましょう。
〇記憶を明確にするため、情報を具体的に紙に書きだしていきます。
・その人物のお名前(呼び名)は? その人物とあなたの関係は?
・年齢は? 性別は? どんな容姿(体型、服装、髪型)の方ですか?
・その人物の職業や国籍、住んでいる場所は?
・その人物について、あなたが好きだ、いいなあと思える点は?
・その人物の人柄やいいところがよく分かるよくエピソード(思い出)は?
※詳しく知らない情報については、想像で補ってもOKです!(間違っていてもどうせ他の人は知らない話しです。気にしない気にしない。)
④一番手の人(Aさん)から次の人(Bさん)に、その人物について詳しく説明をしてあげて下さい。
〇Aさんは書き出した紙を見ながら、Bさんにしっかりその人物を紹介していきましょう。
例:小学生の頃通っていたスイミングスクールに面白い友達がいて、いつも変な泳ぎ方を考えてやってみせたり、わざと変なかっこうでプールに飛び込んだりしてみんなを笑わせていた。先生にはよく怒られていたけど、その友達のおかげで毎回行くのが楽しみだった。
〇聞き役のBさんはメモをとりながら、人物についての情報をしっかり聞きとります。
〇Bさんはひととおり聞いたら、その人物やAさんとの関係について3つほど質問をしてみましょう。人間に興味を持つことは上手な役者への第一歩。 興味を持って知りたいことを質問して下さい。(Aさんは答えたくない質問は答えたくないとはっきり断りましょう。その場合、Bさんはすぐ別の質問に切り替えて下さい。)
例:「その人のことを、あなたは何と呼んでいましたか?」「その人はふだん、どんな服装をしていましたか?」
⑤Aさんの説明が終わったら、Bさんは紹介してもらった人物がどんな人なのか、頭に絵を思い浮かべながら想像してみましょう。
〇さあ、ここからが本番です。Bさんはメモを見ながら、その人物がどんな人なのか、Aさんとどんな関係だったのか、どんな顔をしていてどんな声をしているのか、細かく詳しく想像してみましょう。
〇ここから先は追加質問はなしです。BさんはAさんの説明から離れ、今持っている情報をもとに、聞けなかったことも含め、どんどん想像をふくらめていって下さい。実際には会ったことのない知らない人物ですから、正確に分からなくて当たり前です。違った人物像になることを恐れずに、自分なりのイメージを作っていきましょう。
※自分の知っている人の中に似た人物がいるのなら、その方と重ねて想像してみても構いません。(例:自分のクラスメイトにもお調子者の面白い友達がいたけれど、似た感じなのかも知れない)
⑥Bさんは今度は自分がAさんになったつもりで、「その人物に出会ったのは自分なのだ」と想定してイメージしてみましょう。
〇フィクションではありますが、今度は自分がAさんになったつもりで、その人物に出会い、好きと感じたり尊敬したりしているのだとイメ―ジし、Aさんになったつもりでメモを読み返してみて下さい。
〇さらに、Aさんから聞いた話しとは別に、その人物の特徴や思い出のエピソードなどを想像して考え、追加で紙に書き足して下さい。
例:偶然町で会ったときも、その場で変なポーズをとって笑わせてくれた。
⑦今度はBさんが、3人目のCさんに対し、Aさんになったつもりでその人物の紹介をしてみましょう。
〇BさんはAさんではありませんので、その人物について本当のことを知っているわけではありません。それでOKです。想像や妄想で構いません。自信を持って、自分が思い描いた人物について、Cさんにしっかり紹介していきましょう。
〇Bさんの話しは実際にはAさんから聞いた話しがもとになっていますが、聞き役のCさんはBさんからBさん自身の話しを初めて聞くつもりで、メモをとりながらしっかり聞いて下さい。
※Aさんも自分の話しではなくBさんの話しを聞くつもりで聞き役に回りましょう。
⑧CさんはBさんの紹介をしっかり聞いた後、3つほど質問をしてみましょう。
〇Cさんはこれまでの話しでAさんからもBさんからも出なかった情報について、自由に質問してみて下さい。
〇お分かりだと思いますが、BさんはAさんから聞いていない知らないことについて、その場で想像して語ることになります。
〇Bさんが想像して語る内容が、実際にAさんが知っている人物に照らし合わせて当たっているかどうかは問題ではありません。Aさんは自分が知っている事実と合っていても違っていても気にせずに、Bさん自身の話しを聞くつもりで黙ってよく聞いてみるようにしましょう。
〇以上で、一通りの作業は終了です。
〇人にとって好きな人の思い出やエピソードは財産です。大切なことを話してくれたこと、その話しを真面目に聞いてくれたことをお互いに感謝し、お礼を言い合いましょう。
〇少し感想などをシェアしたあと、時間があれば交代してやってみましょう。
「人のことを自分のこととして」話せたかな?
〇他の人の思い出に興味を持ち、しっかり聞いてイメージして、その人になったつもりで話してみる。その人になったつもりというのはフィクションだし、想像だけど、本気で想像して考えていると、知らないはずのことまで想像が膨らんで話せてしまったりします。
〇別の人のことを、その人になったつもりで話している。けれど、話しているのはあくまで自分。しゃべっている姿も声も違うし、想像を膨らませるときに使っている脳も心もその人とは違っている。使っているのはあくまで自分の体や記憶、考えです。
〇今回やっていただいた練習は、台本に書かれた役を演じるのとは少し違っていますが、「自分以外の人になったつもりで、自分を使って人にものを伝える」ところは共通しています。今回の例では、BさんがAさんのシチュエーションを自分のこととしてしっかりイメージし、信じられるようになることで、そのエピソードを実際に自分が体験したかのようにふるまう、ということを試してみています。他の人の情報をしっかりインプットした上で、自分自身のこととして、自分の心と体を使ってアウトプットする。こういった作業が上手にできることは、演技をする上でとても大切なことです。
〇台本から情報を読み取り、台本に忠実に矛盾のないようにしながら、自分自身の発想や感性、経験などを使って演じる作業は簡単ではありません。まだまだご説明すべきこともたくさんありますし、上手にできるようになるためにはたくさんの勉強や経験が必要です。
〇今回ご紹介した練習では、現実に生きている身近な人の実際にあった話しがもとになるので、台本を読み取るのに比べると自分のこととしてイメージしやすいと思います。可能であれば一度試してみて、「他人ごとではなく自分のこととして話す」という気分を味わってみて下さい。「役に入る」体験の、第一歩になるかも知れません。
〇今回は「役になるってどんな気分?」ということをテーマにお話ししてみました。皆さんの演技力向上にお役立て下さい。
〇演技について学ぶべきことはたくさんあります。今後も少しずつだんだん情報をお伝えしていきたいと思っておりますので、焦らずリラックスしながらお読みいただき、ご参考にしていただけたらと思います。ご質問等ありましたらお気軽にご連絡下さい。
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