⑨役の目的と役者のお仕事
〇皆さんこんにちは。ここでは初心者の方にも分かりやすく、順番に演技のことについて説明していきたいと思っています。演技の勉強をしたいという方はぜひご参考になさって下さい。
〇今回のテーマは「役の目的と役者のお仕事」です。
役者としてやらなくちゃいけないこと
〇「⑥自然にやると自然に見える?」の回で、役者が生理的には利き腕で物を置きたいのを、演出の都合に合わせて反対の手で置かなければならないこともあるとご説明しました。役者は登場人物が今何をしようとしているのか、行動やセリフの目的・理由を読み取って演じながら、一方では「役者としてのお仕事」もきちんとこなさねばなりません。
「お芝居を成立させるために」必要なたくさんのこと
〇ここまで記事を読み進めて下さった皆さんにはよくお分かりのことと思いますが、舞台でも映像でも、作品として成立させるためには「ただ普通にやる」だけではない様々な工夫が必要となります。役者も役の目的や理由を考えて役を演じるのとはまた別に、役者としてのつとめを果たし、作品を成立させることに貢献しなければなりません。いくつか例をあげてみましょう。
例1:役として言う必然性がないと思っても必要なセリフ
〇台本によっては、例えば(これは言葉で説明するウェイトが大きかった古い時代の台本でありがちな例ですが)、登場した人物がいきなり「私は〇〇の息子、〇〇である」と観客に向けて名乗ったり、現れた人物に対してわざわざ「あ! 向こうから〇〇が来た」と名前を言ったりする場面があります。これはお芝居の都合上、観客に物語を理解してもらうため、どの登場人物が誰なのか情報を伝えなければならないという必要性から書かれているセリフだと思われます。リアルに考えたらわざわざ名前を言う必要はなさそうですが、役者はお仕事として、観客に情報を伝えるために決められたセリフを言わなければなりません。
例2:諸事情で立ち位置を変えなければならない
〇ストーリーや役作りからは必然性はないのだけれど、例えば照明の都合で、相手役からもっと離れてと言われたりすることがあります。役として離れる理由がなくても、役者はお仕事として相手役から離れて演技をする必要があります。
例3:後で別の役者が使いやすくするため、椅子の位置を動かす
〇自分が去ったあと、部屋に入って来た人物がふらついて倒れる場面があるため、倒れるのにちょうどよい位置に椅子を動かしておく。お芝居ではよくある話しで、役として椅子を動かす必然性がまったくなかったとしても、役者のお仕事としてきちんと椅子を定位置に移動させなければなりません。
役者のお仕事、どうこなす?
〇いくつか例を出してみました。こんなふうに、役としては必然性がなかったり、むしろ気持ちとしてはやりにくいなと思ったりすることでも、お仕事としてこなさなければならないことは多々あります。そんなとき、あなたならどんなふうにそのお仕事をこなしますか?
①困っちゃう役者は、「この役の気持ちではそれはできない」などとダダをこねて抵抗します。
②下手な役者は、役としての理由や目的と関係なしに、なんとなく(あるいは無理をして)動き、役者としてのお仕事だけをこなします。
③きちんとした役者は、やらなければならない役者としての仕事に、それと矛盾しない役としての理由づけをして、生きている演技と両立させて違和感なく仕事をこなします。
①の役者が困っちゃうのはすぐ理解していただけると思います(意外によくいるタイプかも? 皆さんはそうならないで下さい。)ので、②の役者と③の役者の違いについてご説明します。
役者の仕事をするために役を捨てないで!
〇先ほどの「例2」のケースで考えてみましょう。ある場面で、演出から「Aさんのセリフが始まったら、Aさんから数歩離れて欲しい」と注文を受けたとします。演出の都合ですからそれに従う必要があります。が、「演出に言われたので数歩下がる」のは役者の都合であり、役として数歩下がる理由にはなりません。言われたタイミングで動くのはただの段取りであり、それだけでは役として生きているような演技にはなりません。②の役者は役者の仕事をするために、役を捨ててしまっているのです。
役としての演技を捨てずに、役者としての任務も果たす!
〇ここできちんとした役者③は、演出の要望に応えながら、自分の役も捨てない方法を選びます。役者として数歩下がる必要があるのなら、その動きと矛盾しない役としての理由づけをして動くのです。
〇役者③は例えば「Aさんに一瞬近づこうとしたのだけれど、Aさんの静かな気迫に気づき、圧倒されて思わず数歩引き下がってしまう」といった演技をして見せます。きちんとした理由がある役として違和感のない心の動きとそれに矛盾しない体の動き。その動きが演出の注文に合っていれば、役としてしっかり生きながら役者の仕事も果たせるわけです。
※こうして役者が考えてやって見せた演技について、演出から「イメージが合わない」と否定されてしまうこともあります。その場合、できる役者はいちいち落ち込んだりせず、すぐさま違ったやり方をやって見せます。そんな演劇漫画に出てくる天才少女みたいなことができるのかと思うかも知れませんが、訓練された俳優さんならこういうことがさらっとできる人が大勢います。
役として生きるのをあきらめないで!
〇今回は、役者には作品を成立させるためにしなければならないお仕事や制約がたくさんあるということについてご説明しました。
〇演劇も映像作品も作り物です。作り物を作り物と割り切って、嘘の見せかけとして作るやり方もありますが、それでは役として生きる面白さも味わえず、そういった演技だからこそ実現できる信じられる作品を完成させることもできません。勉強は必要となりますが、ぜひ皆さんには「役として生きる」演技方法を身に着けていって欲しいと思っています。
〇今回は「役の目的と役者のお仕事」ということをテーマにお話ししてみました。皆さんの演技力向上にお役立て下さい。
〇演技について学ぶべきことはたくさんあります。今後も少しずつだんだん情報をお伝えしていきたいと思っておりますので、焦らずリラックスしながらお読みいただき、ご参考にしていただけたらと思います。ご質問等ありましたらお気軽にご連絡下さい。
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