東京都パートナーシップ制度をきっかけに考えたい LGBTQの住まいの課題とこれから ~トークイベントレポ ~
さまざまな分野でダイバーシティ&インクルージョンの動きが広がる中で、LGBTQ当事者の住まい探しにおいては、まだまだ課題があります。このnoteでも、LGBTQをめぐる住まいの実情についてさまざまなお話を伺い、多くの課題があることをお伝えしてきました(関連記事は本文末尾をご覧ください)。
2022年11月、東京都で「東京都パートナーシップ宣誓制度」が施行されました。
これを踏まえ、LGBTs当事者とアライ(LGBTQに寄り添う意志のある人)によって運営される不動産会社・株式会社IRIS主催によるトークイベント『一緒に考えよう。「LGBTsの住宅課題」と不動産業界の未来~東京都パートナーシップ宣誓によって、不動産業界はどう変わっていくべきか~』が、2023年1月20日千代田区麹町にて開催されました。
今回はそのレポートをお届けします。
※LIFULLでは、セクシュアルマイノリティを表す総称としてLGBTQを用いていますが、本文内ではイベント内容に則り一部LGBTsと表記しています。
LGBTsが直面する住まいの課題とトラブル事例
イベントは学習パートとパネルディスカッションの2パートで構成。
学習パートでは、LGBTsをめぐる日本の現状や、東京都パートナーシップ宣言制度についてや現状の課題が須藤さんより共有されました。
パネルディスカッションでは、LGBTsの住まいの課題に取り組む以下の4名が登壇し、それぞれの視点から議論を深めました。
登壇者
モデレーター:須藤 啓光さん……株式会社IRIS 代表取締役CEO
上川 あやさん……世田谷区議会議員
松岡 優さん……積水ハウス株式会社 ダイバーシティ推進部所属
龔 軼群(キョウ イグン)……株式会社LIFULL FRIENDLY DOOR 事業責任者
学習パートでは、「LGBTsとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字から取った、性的マイノリティを総称する言葉で……」と、LGBTsに関する基礎知識のおさらいから始め、今回の注目ポイントであるパートナーシップ制度について話題が移ります。
パートナーシップ宣誓制度とは、自治体が性的マイノリティなどの二人の関係を公的に認める制度です。自治体の条例のため、婚姻とは異なり法的な効力はありませんが、日常生活のさまざまな困り事などの場面で活用できるよう、都内自治体や民間事業者に協力を促すものです。
2022年11月に施行された東京都パートナーシップ宣言制度により、都の事業を受けたサービス(都営住宅や生活保護の世帯認定、里親の認定登録など)と民間事業を通じての一部のサービス(生命保険の受取人の指定、携帯電話の家族割など)のおおまかに2つが利用可能となったそうです。
そして、首都である東京都がパートナーシップ宣言制度を施行したことは、国内に大きなインパクトを与えたといいます。
特に須藤さんがうれしく感じたというのが、住宅金融支援機構が民間金融機関と提携して提供する住宅ローン商品「フラット35」の申し込みが、同性カップルも収入合算できるようになった点。従来、夫婦であれば住民票一枚で済む一方、同性カップルは公正証書の作成にお金も時間もかかり不平等だったものが、パートナーシップ宣誓書の提出のみで申し込みが可能になりました。
また、火災保険についても、同居する同性カップルのそれぞれが火災保険に加入しないと保険適応にならなかった事案が多かったのが、パートナーシップ宣誓書があることで、1契約でカバーできる商品が増えたそう。
2023年1月10日現在で、全国255自治体がパートナーシップ制度を導入し、人口カバー率は65.2%という調査結果もあります。サービスを利用できる人、できない人の差がなくなるためにも、さらなる制度の普及が期待されます。
次に、不動産会社で実際に起こったLGBTs当事者への対応の悪い例と良い実例を紹介。一担当者の知識不足による悪意のない発言が、当事者の不安や怒りにつながる例がありました。
日本の人口に占めるLGBTs当事者の割合は、10人に1人とも13人に1人ともいわれますが、多くの当事者は日常生活でカミングアウトしておらず、不動産会社の担当者も「当事者と触れ合う機会がない」と思い込んでいる場合が多いといいます。
自分は理解しているつもりでも適切な対応ができるとは限らないことを念頭に置き、「不動産会社の担当者が、目の前に当事者がいる可能性を考慮した対応法を学ぶことで、当事者は"自分らしさやパートナーとの関係性を正しく受け入れてもらえる"と安心して相談ができるようになる」と須藤さんは言います。
パネルディスカッション前編「LGBTsに対する取り組みとパートナーシップ制度」
本イベントのメイン、パネルディスカッションのパートに入ります。和やかなムードで4名が登壇し、簡単な自己紹介を経て本題へ。
パネルディスカッションの前半のテーマは、「LGBTsに対する各社の取り組みとパートナーシップ制度」についてです。
まずはIRISの須藤さんから。IRISではLGBTsの方々に対し、住まいや暮らしの選択肢を増やすことに重きを置いて活動しているとのこと。
たとえば、同性カップルについては、男女間のカップルと同様に扱ってもらうにはどうしたらいいかと考え、取り組みをしています。
次にLIFULLの龔より、住宅弱者と住宅弱者にフレンドリーな不動産会社とのマッチングサービスを提供する「FRIENDLY DOOR」について説明。そのほか、IRISと共同した企業向けLGBTQ研修の実績と、不動産会社への啓蒙やフレンドリーな企業を増やすための今後の取り組みについて伝えました。
またLIFULLでは、マイホームの購入を検討する同性カップルに向けて、「LIFULL HOME’S住まいの窓口」で専門のアドバイザーが購入サポートを行うサービスについても紹介しました。
積水ハウスでのLGBTsの取り組みは、社内だけでなく、提携不動産会社にも及んでいます。
‟人権について考える社内研修”では、毎年LGBTsのトピックを取り上げるようにしたり、LGBTsと家族について考えるランチ会を開いたり、さまざまなアプローチで正しい知識と理解を広める活動をしています。
提携不動産会社約1,800の店舗に向けてIRISの社員の方を講師に招いたLGBTs接客研修を行ったり、顧客が記入する各種書類の性別表記欄を削除するなど、実務レベルでも対応を進めています。
「研修で学ぶだけでなく、担当者ひとり一人が自分事としてとらえることが大切と考えています」と、松岡さんは取り組みへの原動力を語っていました。
次に行政・立法側からの住宅領域の課題ということで、世田谷区議会議員の上川さんへと話のバトンが移ります。
2015年に日本で初めて渋谷区と世田谷区で同時にスタートした同性パートナーシップ制度。その創設に尽力されたのが上川さんです。全国的に名の知れた自治体名であることでインパクトを与えようという意図もあったそう。それに加え、実行に移せたのは、「世田谷区多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例」がすでに施行されていたからだと、上川さんは振り返ります。
世田谷区での制定から7年後に東京都でパートナーシップ宣誓制度が導入されました。
このように都道府県単位や区単位で条例改正は進んでいますが、日本の法律の中にそもそも差別そのものを禁止する条項がないために、地域ごとにLGBTQの人権に対する温度差が生まれています。
たとえば、東京都のパートナーシップ宣誓書があることで区営住宅に入居可能になる自治体は23区中12区、26市中6市とのこと。本来公営住宅は「生存権の保障」に基づいて提供されるものですが、同性カップルにはその権利が保障されていない、ということになります。人権平等の観点でこれは解決していかなければいけない課題だと、上川さんは見解を示しました。
まずは現状できることとして、パートナーシップ宣誓制度を取り入れた東京都と各区との間での連携を強化していく、とのことです。
パネルディスカッション後編「不動産業界に今後求められる取り組みとは」
現状の取り組みと課題に触れ、トークは未来の話へと移っていきます。
「不動産会社などの取り組みは今後どう変わっていくべきか」との司会からの問いに、それぞれの視点でのビジョンが共有されました。
積水ハウスの賃貸オーナーへも「積水ハウスとして属性にかかわらず入居者に貸し出したいという意思」を伝えているのだそう。
草の根ではあるけれど、地道に社内外への働きかけを続けることで業界が変わる、そのきっかけに自分たちがなれればと話しました。
住宅・不動産ポータルサイトの運営に携わってきたLIFULL・龔は、同性カップルの住まいの選択肢の少なさを指摘します。
同性カップルが民間の賃貸物件を借りる場合、「二人入居可」物件は断られることが多いのだそう。二人入居可は親族での入居を前提としているケースが多いためです。そのため同性カップルが入居するのは「ルームシェア可」物件が多くなるといいますが、ルームシェア可物件は、二人入居可物件に比べ、圧倒的に物件数が少なくなります。実際、イベント当日時点では、東京都で二人入居可物件は7万2,650件あるのに対し、ルームシェア可物件は9,101件。物件の選択肢はなんと8分の1以下でした。
パートナーシップ制度の施行により、不動産会社や物件オーナーが「二人入居可」物件への同性カップルの入居を受け入れるようになれば、その選択肢の偏りの解消につながるのでは、と龔は言います。
LIFULLのようなポータルサイトの取り組みは、B to B to Cで双方向に作用することから、業界への影響力があります。LIFULLが、積水ハウスやIRISのような企業と企業とをつなぎ、業界全体の温度を上げていくことに貢献できたら、と今後の活動への意欲を語りました。
須藤さんは、地方ではまだまだパートナーシップ制度が浸透していない点を指摘しました。パートナーシップ制度の有無によって選択の自由や生きやすさに地域差が生じてしまう可能性に触れ、「行政を動かすために市民はどうしたらいいのでしょう?」と上川さんに尋ねました。
上川さんは「民主主義の質」をキーワードに、市民が行政に声を届ける重要性を説きます。
市民の声に対し回答をすることが義務付けられている世田谷区では(義務付けられていない行政区もあります)、3年前に全国に先立って“性別を問わず内縁関係(事実婚)は成立する”という見解が出たそうです。
「LGBTsにまつわる問題の解決には、いくつもの手段がありますが、多くの市民の平等のためには、声を上げていかないとけない。声を上げることは、自分を守り、よりよい選択肢が増えることにつながる」と声を上げることの重要性を説いていました。
結び「日本でパートナーシップ制度がスタートして9年、この先の10年後は」
三者三様の意見を共有し、熱を帯びたパネルディスカッションが終了。参加者からの質問を受けて、最後に未来に向けての想いがそれぞれの言葉で語られました。
龔:住宅弱者の問題に関して、日本は遅れていると感じています。住まいは生存権とつながる人権です。“ハウジングファースト”の概念で、住まいの確保が脅かされない活動を皆さんと続けていきたいですね。将来的には、今行っている活動が必要なくなるよう、誰もが属性にかかわらず住まいを選択できる社会になってほしいと思っています。
また、登壇者の皆さん含め、想いを共有できる方と一緒に取り組んでいきたいです。
松岡さん:今回、積水ハウスグループの取り組みをご紹介したことで、聞いてくださった方の参考になればと思っています。積水ハウスグループという一企業だけではできることは限られてしまいます。ですが、皆さんと一緒に取り組んでいけば大きな力になると思っています。ぜひ皆さんと共に取り組みを進めていきたいです。
上川さん:住宅問題という切り口で、各社それぞれのお話を聞けて個人としても刺激をもらいました。ひとり一人が自分らしく幸せに生きるためには、本当の自分を偽らずにいられる社会が必要です。当事者が嘘をつかないといけない状況を変えていきたいです。世の常識が時代とともに変わってきたように、人が作ったものは変えていくことができます。日本も変わっていきます。皆さんと一緒に変えていきたいです。
須藤さん:10年前と比較して、LGBTsをめぐる環境は大きく変化しています。今は、私たち不動産会社が、いかに社会にインパクトを与えて社会を変えていくかを考えるフェーズに入ったと感じています。この場に参加しているみなさんも、希望をもって生きていってもらいたいと思います。
後日SNSを検索すると、今回のイベントに来場・視聴した当事者からの反応が散見され、充実した内容に、今後の開催にも期待が寄せられていました。
龔曰く「当事者からの熱い言葉に勇気づけられます」とのこと。ポジティブに社会を変えていこうとする力が集まり、あたたかな余韻が残るイベントでした。
おわりに
“住まいを扱う”という共通点ながら、それぞれ異なる視点でLGBTsの問題解決に取り組む姿勢が伝えられた本イベント。IRISと積水ハウスのように、同業他社でもそれぞれが長けていることを補って協力し、同じ志で取り組む様子に、前向きなパワーを感じました。
日本にパートナーシップ制度ができておよそ9年。行政の動きと合わせ、これからさらに不動産業界全体でLGBTsの住宅課題解決への取り組みが広がるよう期待します。
▼なおこのイベントの様子は、YouTubeでも配信されています。登壇者の熱い想いをぜひご覧ください。
▼参考情報
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