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「NGOの文章術」第1回

言葉の森を守る

一般社団法人アクト・ビヨンド・トラスト代表理事 星川 淳

abtの代表理事を務める筆者は、作家・翻訳家として50年以上のキャリアで80冊あまりの著訳書を世に送り出すかたわら、環境・平和・人権などをテーマとする国内外の市民運動にも数多く関わってきました。2005年末、国際環境NGOグリーンピース・ジャパンの事務局長に就任する際、ある文芸雑誌のインタビューに「市民活動のチラシや声明、報告書、場合によっては内部文書まで、人を動かし社会に影響を与えるという意味で“文学”だと思う」と答えたことがあります。いまでもその気持ちは変わりません。

そのとき念頭にあったのは、直近10年ほどのあいだに、屋久島で取り組んだ2つの住民運動です。ひとつは、ある源流の森を、林野庁が屋久島で最後に予定していた伐採計画から守ること。もうひとつは、隣接する種子島の離島・馬毛島(まげしま)で蠢(うごめ)いていた使用済み核燃料中間貯蔵施設の立地話をストップすることでした。いずれも、多くの住民、関係自治体の首長・議員・職員、弁護士を含む専門家などと力を合わせ、筆者は活動の方向づけや広報的な部分を担当して、運動の内外に向けたさまざまな言葉を紡いだ結果、幸い2つとも目標を達成することができました。

以来20年近く、複数のNGOで要職を務めながら、なりゆき上、著述のプロとして対外文書・内部文書のチェックを重ねる中で、「このままでは日本語が壊れる」という懸念を強めました。言葉は時代につれて変化するとはいえ、言語もひとつの生態系だとしたら、自然を守るのと同じくらい“言葉の森”を守ることは重要です。日本語の生態系が壊れ始めた一因は、ワープロ専用機(若い人は知らないかな?)の時代から1990年代後半に入ると、パソコンのワードプロセッサー機能に頼って文章を書く人の数が急増し、手書きの時代にはそれなりに自覚的に選んでいた漢字の使い方など、文章作法全体がPCアルゴリズムの優先表示に左右されるようになったことにあるかもしれません。

70歳を越えて、数年以内には組織運営の第一線から退くにあたり、日ごろ気になるポイントを部内向けに整理し始めたのですが、ほかにも役立ててくれる人たちがいる可能性を考え、連載の形で公開することにしました。

と、大きく構えたわりに、取り上げる点は細かい文章技法がほとんどです。なぜなら、どんな文を書くかは基本的に書き手しだいであり、文章の中身や構成は多様なほうが望ましいからです。むしろこの連載では、「何を意識して文章を書くか」を焦点として、技術的な細部を再認識し、日本語の生態系を守り育てることの核心に触れてほしいと思います。なお、用語・用字の手引きとして共同通信社の『記者ハンドブック』がよく知られ、NGOの広報担当者も一読を勧められることがありますが、筆者自身は同ハンドブックを頼った経験がなく、ここでは直接の参照はしません。

また、筆者は自然ななりゆきで文筆を生業(なりわい)とするようになったため、日本語の専門知識があるわけではなく、連載第2回以降に詳述する文章術も長年のあいだに自己流で身に着けたものが大半です。さらにその基礎は、たいてい高校ぐらいまでに学校で習っていて、読者も「言われてみれば…」と心当たりがあるでしょう。ただ、自己流だけではいささか頼りないので、これまでお世話になった名編集者の一人に協力をお願いし、内容を監修いただきました。

その予備作業の中で、上記のハンドブックと並んで日本社会学会の「社会学評論スタイルガイド」(同学会の機関誌に論文投稿する際の記述上の約束事/リンク参照)を紹介され、一読してみると、筆者が自己流で整理してきたポイントと重なることが多く、驚きました。こうしたガイドも、元はといえば一人ひとりの経験則を集約したものですから、おのずと似通ってくるのも不思議ではないのでしょう。

前置きはこれくらいにして、次回から具体的な各論に入ります。

第2回「知ってか知らずか」は、こちらから