Thrive instead of Grow:アムステルダム市が採用したドーナツ経済モデル #02
Takeshi Okahashi
この連載は、アムステルダム市が「今後ドーナツ経済モデルを政策決定の拠り所にしてい」くというニュースがActant Forestメンバー内で話題となり、関連情報をあたってわかったことをまとめていくシリーズ。シリーズ化すると決めていたものの、初回の記事から2回目までにずいぶんと間が空いてしまった。2回目の記事となる今回は、アムステルダム市が取り組んだドーナツ経済をテーマに行ったワークショップの報告レポートを見ていく。
アムステルダム市の現在地を表すポートレイト
前回お伝えしたように、アムステルダム市はドーナツ経済モデルを政策に活かしていくと発表した。しかし、活動自体は、発表前の2019年から始まっていたそうだ。これまでの成果が「アムステルダムドーナツ:変革のアクションのための手法 The Amsterdam Doughnut: A tool for transformative action (PDFが開きます)」としてまとめられている。このレポートを簡単に紹介しながら、ドーナツ経済モデルの実践を見てみよう。
全ての議論は以下の問いからスタートしている。
How can our city be a home to thriving people in a thriving place, while respecting the well-being of all the people and the health of the whole planet?
どうしたら私たちの市を、全ての人たちのウェルビーイング(心身の幸せ)と全地球の健康を尊重し続けながら、豊かな土地で生き生きと暮らす人々のホームになることができるだろうか?(拙訳)
ドーナツ経済モデルをベースに、都市が市民のウェルビーイングと地球環境の両方に目をくばり、ともに繁栄できるような経済を創造していけるのか、その実践の「ホーム」になれるのか、という課題設定だ。
市民ワークショップでは、以下の4つの大きな問いを中心に議論している。
1. What would it mean for the people of Amsterdam to thrive? (アムステルダムの人々が繁栄するとはどういう意味があるのだろうか)
2. What would it mean for Amsterdam to thrive within its natural habitat? (アムステルダムが、自分たちの自然環境の中で繁栄するとはどういう意味があるのだろうか)
3. What would it mean for Amsterdam to respect the wellbeing of people worldwide? (アムステルダムが、全世界の人々のウェルビーイングを尊重することにどんな意味があるのだろうか)
4. What would it mean for Amsterdam to respect the health of the whole planet? (アムステルダムが、全地球環境の健康状態を尊重することにどんな意味があるのだろうか?)
この4つのクエスチョンは、以下の図と対応している。つまり、グローバルとローカルの、ソーシャルとエコロジカルの二軸が交わる4つの象限(レンズ)でテーマを設定し、議論を進めているのだ。
これらの議論の結果を「ポートレイト」と呼んでいる。ポートレイトは、肖像画とも訳されるから、まさにアムステルダム市の現在の姿を表すものだ。これを見れば、だいたいどんなことが政策課題になっていて、どんな目標が掲げられ、どんな取り組みがされているのか、をつかめる。
例えば、ローカルの問題とソーシャルの問題が交わる「1つめの大きな問い」である、アムステルダム市民が繁栄するとはどういう意味があるのか?をポートレイトにしているのがこちら。
市民の健康問題から住宅問題、雇用や教育など、様々な市内の問題が「市のターゲット(目標)」と「市のスナップショット(現状)」を併記する形でまとめられている。2つほどズームインして詳しく見てみると、住宅問題でいえば、良質で安価な住宅が十分供給されていることが目標であるが、現状は社会住宅に申し込んでも12%しか当選できず、20%の市民が家賃を払ってしまうと基本的な生活をするのにも苦労するほどお金に困っている、という問題がまとめられている。
また、エネルギー問題のところでは、2040年までにナチュラルガスを使わないことにするのが目標で、現状として市は28の地域でナチュラルガスを使わなくする政策を実施している、と書かれている。
ここで重要なのは、それぞれの問題を詳しくみていくことでない。住宅問題やエネルギー問題も、ここに書かれている以外にも多くの問題や目標があるはずだ。ここで大事なのは、健康問題と平等問題、移動の問題といった、普段は別々に対応されている問題(世界中どこにでもある、縦割りというものだ)を同列に眺め、分野を超えた議論を促すことにある。
もう1つの「大きな問い」を見てみよう。「グローバル」な問題と「エコロジカル」な問題が交わる領域で、アムステルダムが地球環境を考えることの意味と現状を描き出したポートレイトがこちら。
円の右下のWaste Generation(廃棄物の発生)のところでは、市の目標として2030年までに市として"new raw materials"(リサイクルからではない一から資源を消費する新たな「原材料」)の使用を50%削減し、2050年までに完全なサーキュラーエコノミー(資材や廃棄物を循環させる経済)にしていく、と設定されている。現状では、2018年時点でアムステルダム都市圏で、8.5 mtの産業廃棄物と1.1 mtの家庭廃棄物を処理していて、エジプトのピラミッドの1.5個分とおなじ量であるということも併記されている。
そして、さらにその左隣には、2013年のオランダ国民が消費したものに対して必要な世界中の土地がオランダの土地の2.5倍であることが、土地の使いすぎ(Excessive Land Use)の問題として書かれている。
こうして、編集された情報が並ぶことで、現状を概観したり、別々の問題や現状、目標の関係性が見えやすくなっていく。
今後はこのポートレイトを出発点として、更なる議論やワークショップを進め、Transformative Action(変化を起こすアクション)につなげていくそうだ。
こちらの写真は、アムステルダムではなく、米国のフィラデルフィアとポートランドで行われたシティ・ポートレイトを活用したワークショップの様子の写真こちらも、レポートから拝借している。
以上が簡単な要約となる。こうして見ると、シティ・ポートレイトは、地域の課題とビジョン、地球規模の課題とのつながりなどを自己像(ポートレイト)として可視化し、やるべきことを考えていく枠組みだということがわかってくる。
今回のアムステルダム市の試みは、まさにまだ始まったばかりのプロジェクトだ。それでも、市として本気で取り組もうとしていることが伝わってくる。ドーナツ経済モデルの主導者であるケイト・ラワースも、アムステルダムできっちり成果を出し、さらに多くのコミュニティでモデル活用を目指しているそうだ。ツールや手法についても公開・共有していき、オンライン講座も予定されているというので、引き続き注目していきたい。
普段ニュースをパッと見るだけだと「アムステルダム市がんばってるな」ぐらいで止まってしまう。だが、今回こうしてじっくり調べてみると、その背景だったり、可能性だったり、日本の地域や自分との関わりも見えてくる。そして、Actant Forestとして実践できるかどうかも具体的に考えてみたい。僕たちが持つ予定の場での実践もできるだろうし、ドーナツ経済モデルに関心があるコミュニティや自治体と一緒に取り組んでみても面白そうだ。このモデルは、アムステルダム市と同じように、課題と縦割りの問題が山積みの日本の自治体や地域でも効果的に活用できるような感触もある。逆に、日本で実践することで、新たな気づきやメソッドを作り出し、モデル全体の発展に貢献できることもあるかもしれない。
次回の記事では、まさにドーナツ経済モデルの実践を広めるべく、2020年9月に立ち上がった「Doughnut Economics Action Lab」で紹介されている実践やメソッドについてレポートする予定だ。自分たちが(そして、実践に関心のある皆さんが)実践するためにどんな活用の仕方があるのか、どのツールが使えそうなのか、といったところを具体的に考えていくことができそうだ。
最後に、タイトルにも(あえて)入れた「Thrive」という言葉に触れておきたい。この言葉は、「栄える」とか「繁栄する」など訳され、この記事のでも「繁栄する」と訳している。この「Thrive」は、ドーナツ経済モデルが説明される時に、「Grow」と対になる言葉として頻繁に使われる。Growingが直線的な永遠の成長をイメージするものであるのに対して、Thriveは、ある一定の範囲や条件の中で豊かに繁栄するイメージだ。「繁栄する」と日本語に訳すと、この言葉の微妙な感触が掴めないところが難しい。いっそのこと「スライブ化」とカタカナで表現してしまうのが良いのではないかと思ったりもするが、いたずらにカタカナ語を増やすのも違う気がする。僕の「Thrive」の勝手なイメージは、多様な植生で構成される森が健康的に繁栄していく様子だ。まさに森のイメージ。どんな訳語が良いのかも、引き続き考えていきたい。
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