スチュワードシップ報告書紹介①
皆さま、こんにちは。アクロポリス・アドバイザーズです。
今回はスチュワードシップ活動に関して、具体的な活動がわかる有益な報告書をご紹介したいと思います。
2023年9月22日に公表された日本生命保険相互会社(以降日本生命と表記)のスチュワードシップ活動報告書になります。報告書の原文は以下のサイトからご覧ください。
[日本生命]日本版スチュワードシップ・コードに関する取組
日本生命のスチュワードシップ報告書について
■スチュワードシップ活動の基本的な考え方
日本生命は長期投資を行う機関投資家として、環境や社会などの要素も考慮に入れ投資先企業との建設的な会話に取り組んでいます。企業の発展に寄与・貢献し、企業価値向上のリターンを享受するというWin-Winな関係を構築することを重視していると伝わってきます。
また、投資先企業の持続可能な成長を意識し高度な専門性を持つ人材育成にも力を入れています。
投資先企業の中長期的な企業価値の向上へ向けた以下のようなサイクルを構築して活動をしていることが分かります。
1. アナリストやポートフォリオマネージャーによる投資先企業の分析と論点の特定
2. 決算発表後のミーティングやIRミーティングを通じた対話
3. 議決権の行使
4. モニタリング
■スチュワードシップ活動の体制
株式部内に設置したスチュワードシップ推進チームが中心となり、投資先企業との対話を実施しています。
また、議決権行使プロセスのガバナンス強化や、スチュワードシップ活動全体に対する助言を目的としたスチュワードシップ諮問委員会を設置しています。
2022年6月~2023年7月は3回のスチュワードシップ諮問委員会が開催され、以下のような議論がなされました。
また、年間スケジュールを組んでスチュワードシップ活動を実施しており、1社あたり対話準備/対話/対話後のフォロー/議決権行使を含め合計約10~17時間、対話に時間を割いていると説明されています。
■日本版スチュワードシップコード制定後の9年間の取り組み
日本生命は日本版スチュワードシップ・コード制定後、約9年間にわたり、スチュワードシップ体制を強化し、対話数の増加・高度化を進めています。
またスチュワードシップ活動について対外的な情報開示も強化しており、建設的な対話を実施するための基盤を構築しています。
また世の中の動向を踏まえ、2017年からESG(環境・社会・ガバナンス)をテーマに加えた対話も実施しています。
また、日本版スチュワードシップ・コードの「責任のある投資家への諸原則」を受け入れ、各原則に則って対応を行なっているという記載があります。
■対話のアプローチとテーマ
日本生命は対話において以下のアプローチを説明しています。
・企業の様々な取組を理解し、状況を注意深くモニタリングし、情報提供等を通じて企業の持続的な成長支援を行います。
・議決行使権に関わる重要な論点をもつ企業には対話の中で課題認識を共有するとともに、論点解消に向けた取組みをサポートし、対話後のフォローも積極的に実施します。
「議決行使に関しては実行的なスチュワードシップのために、助言会社等を用いずに、全ての投資先会社に対して個別状況を踏まえた賛否の判断をしており、対話を通じても課題認識を共有できない場合や中長期的に改善が見られない場合には反対をする。」という記載がありますが、2022年7月~2023年6月の間には実際58社の一部会社提案に対し反対行使をしています。
対話のテーマはESGを共通の対話テーマとし、対話先企業に応じて議決権行使に関わる重要な論点や脱炭素に向けた取り組み、人的資本に関する取り組みなどもテーマに対話を実施しています。
■2022年の対話の実施状況
同報告書によれば、日本生命は2022年7月から2023年6月までの間では、674社(昨年比▲75社)に対して1141回(昨年比▲75回)の対話を実施しています。
テーマ別対話の実施状況<ガバナンス>
議決権行使に関わる重要な論点を持つ企業は331社あり、当該企業に対して488回の対話を実施しました。
重要な論点数は356件ありました。
前年度と比較すると、低ROEの論点が解消したことが主因となり、重要な論点を持つ企業数(▲53社)、対話数(▲72回)、重要な論点数(▲62件)の3点ともに減少となっているようです。
また、保有額が大きい企業との個別課題をテーマとする対話は47社に対して実施しています。
議決権行使に関わる重要な論点を持つ企業
議決権行使に係る重要な論点の解消数は96件/356件で解消率は27%です。
論点未解消の企業に関しても今後継続的に取り組みのサポートを実施していくと説明されています。
公表することが重要と考え、以下の表のケース②を増やしていくことを目標としています。
企業の意思決定のみでは改善が困難な収益性(低ROE)などの論点の解消には時間を要していますが、3~5年後に7割超が解消しており、企業も着々と取り組みを進めていることが見受けられます。
特に収益性(低ROE)のテーマに関しては、「目標とする自己資本比率のヒアリングと利益率改善に向けた中長期視点での取組みの後押しを行い、目標を無視した株主還元等によるROE上昇を求めない」というスタンスで対話に臨んでいます。
複数年論点未解消先には資産効率や資本政策も意識したROE向上の取り組みを要望しています。
今後はスタンスを踏まえつつ、中長期視点での事業モデル変革、事業ポートフォリオやコスト構造の見直し等の計画の策定・公表を要望、履行状況のヒアリングを実施していく計画となっています。
手段としては情報提供や文書手交運営を用いる等という記載がありました。
テーマ別対話の実施状況<環境(E)・社会(S)>
環境(E)・社会(S)をテーマとする対話は604社(延べ833回)に対し、実施しています。
<環境>
気候変動を主要なテーマとする対話は二酸化炭素排出量の多い企業75社(投資先の排出量の約8割を占める)に対し75回でした。
日本生命側はこれらの会社に対してCO2排出量削減ロードマップの策定・公開の要請を実施しています。75社のうちの68社は既に開示があり、投資先総CO2排出量も2018年度から9%減少を確認していることが分かります。
2023年以降は情報開示要望をスコープ3排出量上位先へも向け、スコープ3排出量削減に向けた取組内容の開示を以下の対話方針のもとに要求していく計画となっています。
下流のスコープ3については自社製品の省エネ化・技術革新を通じた家庭の排出量の削減及びスコープ1+2排出量削減への貢献
上流のスコープ3については原材料調達先への働きかけや、排出量がより少ない調達先への変更を通じた取引先の排出量削減の促進
<社会>
社会を主要なテーマとする対話は特に人的資本とサプライチェーン管理(製造業を中心)に関するもので、529社(延べ758回)に対し実施しています。
経営戦略との関係を意識し、業種ごとに重視するテーマを整理した上で対話を実施していると説明されています。
ただし、内容が人材の育成・獲得に留まり、KPIの設定や人材の配置・活用方法等まで踏み込んで策定している事例は少ないです。そのため、今後は中期経営計画などの経営戦略と一体となった人材戦略(人材の育成・獲得、KPIの設定、人材の配置・活用方法を含む)の策定・開示の要望を行なっていく計画とのことです。
また、2022年9月に発表された「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を受け人権方針の策定、人権デューデリジェンスの実施が確認できない先への対応・開示の要望を行なっていく計画です。
■対話の事例
収益改善策を公表し収益改善取り組みを進めている事例
【資料①】対話及び議決権行使の事例集(対話事例52)
当該企業は業績環境の悪化により中長期的に業績が低下しており、ROEは継続的に5%以下、営業利益率も業界平均以下で推移していました。
複数年にわたる対話の中でROE向上に向けて、収益性の向上と資本政策の立案の両方が重要であり、利益率向上に向けた取り組みと妥当な自己資本比率の水準などを社内で議論し、情報開示して欲しい旨を日本生命側は継続して伝えていました。
その結果、2021年6月の定時株主総会招集通知において、ROEを構成する利益率、資産回転率、財務レバレッジのそれぞれを改善するための諸施策、またその結果としてROE5%以上の水準を目標とすることを当該企業が発表しました。
ROE改善へ繋げることが今後の課題となっていますが、その後の継続した対話によって、2022年6月末の時点で論点解消となっています。
おわりに
ここまで読んでくださってありがとうございました。
今後もスチュワードシップ活動報告書を含め、資本市場に向けて有意義と思われる情報を発信していきたいと思います。