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19YEARS #8 この気持ちは

→7より

「気になる人はいないの?」

Cちゃんにそう訊かれたとき、ふいに目の前に浮かんだのは、Sさんだった。そんな自分に、心の中のもう1人の自分が意見する。

「それはいけません」

だって世代が違う。わたしが大学に入学したころ、Sさんはこの世に生まれている。

「歳なんて関係ないよ。いっかいデートしてみたら?」

Cちゃん。なんて軽やかで屈託のないことを。ありえない未来の、あるはずのない可能性が、あってもいいような気がしてくるではないか。

常識。自由。世間。感情。グラグラする。

落ち着け。慌てることはない。自分の心をもう少し見つめてみよう。なによりSさんは、なんとも思っていないに違いない。そんなこと思われてると知ったら、気持ち悪いだろう。

「歳なんて関係ないよ」

人から相談されたら、私だってそう答えるだろう。なのに自分のこととなると、誰かに見張られているような気がして、わからなくなって、逃げ出したくなる。


ささには、相変わらず頻繁に通っていた。Sさんとは、たびたび顔を合わせた。
彼は相変わらず寡黙で、珈琲を飲みながら人の話を聞いたりしている。
他の人と話していても私は、彼の存在が気になった。時々、こちらをじっと見ているような気もする。自意識過剰だろうか。変だぞ私。
お茶を口に運び、深呼吸して、自分の頬をぱちぱちと叩いてみる。

どうも彼は、人をつぶさに観察するのが癖のようだ。髪や着ている服や持ち物まで、確かめるように見る。人を、ましてや女性をそんなふうに見るのって、どうなのだろう。
勘違いされたりしないのかな。
「すごい見てくるけどなんなの?」
「すきなの?」
って。

そろそろ帰ろうかなと思って席を立ったとき、カウンター席の端っこに座っていたSさんが、こちらを向いて言った。

「昭子さんは素敵です。ここで会う人の中で、ダントツですよ」

他のお客さんもいる前で、さらりと述べた。
飲んでるのは珈琲だから、酔ってもいないだろう。

うろたえた。
笑いを取れる返しも、大人なお礼も、挨拶すらできない。自分がバカになったかと思った。こんな若い人の言葉に、深い意味なんてないのに。

Sさんは、体ごとこっちを向いていた。表情ははにかみを含んでいたが、目はまっすぐに澄んでいた。なんという人だろう。こんな日本人、他にいるだろうか。もしかしたら日本人の顔したイタリア人なんだろうか。


ささのお客さんには、クリエイティブな人が多い。陶芸家、音楽家、料理人、整体師、などなど。その中に、夫婦2人でユニットを組んでいる作家さんがいた。旦那さんは包丁を作る職人で、奥さんは服作家なのである。

夏の日差しが強くなるころ、彼らが青山で展示をするというので、わたしは見に行った。

2階の展示室で、彼らの作品を見ていたとき、ふと、部屋の中にあの存在を感じた。振り返ってみるとそこには、Sさんが立っていた。

目が合い、こんにちはと互いに会釈した。Sさんは作家さんに手土産のお菓子を渡したりして、談笑している。

そのあとは、それぞれに展示を見ていた。なにを話すでもなく。

Sさんが近くに立った時、ふわりと彼の匂いがした。この匂い、どうかな。好きになれるかな。

・・・
なにを考えてるんだ私は。

Sさんは、展示を見終えると、会釈をして「またささで」と言い残し、出口の方へと歩いて行って、ついには見えなくなった。出口から目を離すことが出来ないまま、私は立ちすくんでいた。

「お茶でもしませんか」
そんな言葉を、ほんの少しでも期待していたのが、恥ずかしかった。


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