きっと天国から私を見てくれているあなたへ
ねえ、なんでお母さん起きないの???
私には忘れられない人がいる。
母親の友人で自ら命を絶ったAさんとその娘のBちゃんだ。
Aさんはヤンママと言う言葉がぴったり当てはまるような人で、悪い意味でなく昔流行った工藤静香崇拝!みたいな容姿をして、耳には当時珍しいほどたくさんのピアスをしていた。
話し方もふにゃっとしていて、目尻の下がる優しい笑顔のAさんと当時まだ保育園に通っていたBちゃんの子どもらしい笑顔が私は好きで、初めて会った時こそ「さすが水商売ママの友達だわ……」と見た目に尻込みしたけれど、話すととても聞き上手の可愛らしい人だった。
「Aさんいい人だねー」の私の言葉に母は「でもAは眠れないとか多くて薬飲んでるんだって。食べない時も多いらしくてあんなに細くて……」と返した。
私が精神疾患と呼ばれる人を初めて目の当たりにしたのは、今考えるとこの時だった。
当時はまだ私も中学生で、眠れないってどういう事なんだろう?とか食べられない!?ご飯美味しいのに損じゃん!とかそういう考えしか出てこなかった。
でも大人になって気づく。
Aさんは愛する娘を1人で守るために苦しいと思いつつ爆発してしまったんだと。
Aさんは処方されている薬を過剰摂取して私たちから遠いところに行ってしまった。
部活を終えて帰宅した私に、仕事へ向かう母はそう告げた。
あんたもAのお葬式行きたいだろうけど学校もあるし、お母さんがちゃんとあんたの気持ちは伝えてくるから安心しなさい。
ちゃんと学校に行った方がAも喜ぶから。
勉強好きなあんたのことをAは褒めてたから。
私は数日後に行われるAさんのお葬式を思いつつ学校へ向かい、いつもと変わらぬ学校生活を送った。
帰宅すると参列した母は落胆していた。
棺桶に入ってるAを見てBは「ねえ、なんでお母さん起きないの?お母さん寝てるの?」とずっと言ってたんだ。
まだそういうのもわからない娘を置いてったAに腹は立つけれど、もうAは帰ってこないから責めることもできない。
Bはご兄弟のお家に行くことになるだろうってAの親御さんは言ってたけど、いつかAのことを忘れてしまうんじゃないかってのだけがAが生きていた証を奪ってしまいそうで……
母は涙ぐみながら私に言った。
私は楽しそうにする母娘しか見ていなかった。
そうか、親になるとそういう目線になるんだ。
自分が産んだ子が自分を忘れてしまうなんて考えられないことだったから。
そしてAさんがBちゃんを大切にしていたことが他の人にもわかるから、血縁がない人でもそう思うんだとも思った。
私が親代わりの祖父の死は死として受け止められた。
まだ年齢は1桁だったけどBちゃんよりは上の年齢だったし、死ぬとこうなるんだと言うのは見てわかった。
まだBちゃんはそれすらわからない年齢で「お母さんは寝ている」と思い、何が起こっているのかもわからないままご兄弟夫婦に引き取られて育てられたら、新しいお父さんお母さんが本当の両親と思っても仕方ないのかなと今になると思う。
ただ私たちが忘れないことでAさんの生きていた証になるのならばそれでいいとも思っている。
私もたまに居なくなりたいと思うし、病気の影響で記憶のないままその行為をしてしまったこともある。
でも、記憶があるままやることがないのはAさんがいなくなったその事実をその年齢なりに受け止め、周囲の人間に心配されながらも愛されたAさんが私の脳みそのどこかにいて「まだ来ちゃダメだよ」と語りかけてくれているのかも知れない。
今Bちゃんがどこで何をしているか私は知らない。
ただ、私には手を繋いで見つめあってニコニコと歩くあの母娘の切り取られた風景が写真のようにずっと脳裏から離れない。