葬式のような入学決定と桜|#001
かなり照れた表情で舌を出して「ベー」ポーズの次男。入学式のひとコマ。青空にソメイヨシノが満開に咲いている4月。今から6年前の2015年に次男は長男が通う小学校普通級に入学しました。
今回、そんな次男との日々をマガジンとしてまとめることにしました。その時々で感じた思いや気持ちを直球ど真ん中で吐き出してきた言葉達。それをほぼそのまま書き上げていこうと思っています。(あまりにも深い内容になりそうな場合は有料記事にするかもです、公の場では語り尽くせなさすぎることも多々あるので…)
読んでいただけたら嬉しいです。
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2015年当時、まだ障害者差別解消法が制定されていませんでした。ですから、就学を決めるまでのプロセスは、心がボキンと折れそうな出来事の連続でしたが、私たちの気持ちは固く学校側の受け入れる気持ちはないままという状況の中で入学がスタートしました。(詳細はまた別の機会に記そうと思います)
当たり前のように保護者付き添いが条件でした。話し合いは3月まで持ち越し、最後の学校側との話し合いではあまりの後ろ向き加減に「これって入学決まったんですか?」と思わず質問してしまったほど、その場の空気は非常に重くまるでお葬式のようでした。
次男の楽しみを踏みにじられた感満載。
正門を出てから悔しさがこみあげて怒りでどうにかなってしまいそうになったことは、今でも鮮明に覚えています。気持ちを切り替える為、近くの公園に行き何周も何周もひたすら歩き続けました。
そんな私の気持ちと反比例するかのように公園は満開のソメイヨシノでいっぱいでした。いつもよりもずっと美しく咲き誇って見えて、その下で楽しそうにお花見を楽しんでいる人達で賑わっています。
「やだ、私だけ満開の桜に合わないじゃない…」淡いピンク色がやたらと心に染み入ってきて。
あの話し合いで言われた言葉がこびりついて離れない。むしろ存在感増してくる。
未知数だから不安だ
学校の子ども達の不利益にならないようにしてほしい
不利益ってなんですか?肢体不自由児が公立の学校へ入学を拒むなんてむしろ理不尽だーーーこんなにも世の中は厳しいの?なんで、どうして…
気が付けばボロボロと涙が出てるーーー。
泣きながら文句を言い歩いてから何時間が過ぎたでしょう。徐々に気持ちが落ち着いてきて、視点が変わり始めた。
次男が楽しみにしているのに、こんなんじゃだめだ私よ!!!
絶対こんな姿を見せてはだめ!私たちが目指していたゴールは達成したんだ。状況は最悪だったけど、とにかく入学決定をもらったんだ。切り替えろ、私。
自分に叱咤激励して気合を入れて、なんとか夕方に帰宅しました。
そして、とびきりの笑顔で「長男と同じ学校に通えるよーーー!!!」と報告をし、その夜は決まってよかったねパーティーを開催。次男の大喜びの姿をみてこの笑顔は絶対に守らなければと覚悟を決めた日になりました。
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新年度がスタートして入学前に担任を含め話し合いを持つことになり、本人も一緒にということで次男と学校へ向かいました。校長、副校長、学年の教員、特別支援コーディネーター、養護教諭。校長は代わられたらしく初対面でした。
四面楚歌状態で、私たち2人をぐるりと囲み、一斉に次男を見つめる威圧感で次男は終始下を向いて黙り込んでしまいました。
そんな雰囲気の中で他の方の話をさえぎって、挨拶もなく突然話し出した校長先生の開口一番はこんな言葉でした。
「特別支援学校を勧められていたのにそちらを蹴ってこの学校にしたのはなんでですか?」
そして、目が笑っていない。マジな奴です。
さらに話し合い後、最後に言われた言葉は
「学校が引き受けてしまった以上責任を取るしかありません」
また目が笑っていない…本気の言葉だ。
これから新入生として通う次男のいる前でしちゃう内容なのかなと本当に悲しくなりました。次男にはすぐフォローして全く問題ないことを猛烈アピールしながら帰宅しました。
3月にお会いした校長先生もなかなかだったけど、赴任した校長先生も手ごわそうだなーーー。一緒に頑張っていきましょうねというような感じは微塵にも感じられなかったし、幼稚園時代のような寛容な感じが全くなさそうな気配だけれど、学校で友達ともみくちゃになりながらたくさんのことを吸収してほしいって決めたんだから頑張るぞと夫と再確認。
そのためにも、在校生やその保護者に次男のことを知ってもらうことから少しずつ受け入れてもらえるように、私のできることは今何かを考えていこうーーー。
そして、ささやかでも寄り添い合えるような関係をつくっていきたいなーーー。
前しかしない。もう、感情任せにしない。そんなことを思っていた入学式前日でした。
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いよいよ物語がスタートします。