八月の栞 感想
フリー乙女ゲーム「八月の栞」の感想です。公開直後なのでネタバレは控えめですが、ラストだけご注意ください。
■ざっくり感想
恋愛経験がある18歳・大学1年生同士の距離感、めちゃくちゃいいなあ…!!
なんとなく距離が近づいて、いいなって思って、ちょっとずつ探るような言葉を交わして、時々一歩踏み込んで恋愛の語彙を使ってみるたびに少しだけ空気の甘さが濃くなっていくような感じ。恋の始まりの楽しいところがぎゅっと詰まった、夢のようなのにリアリティがある空気感がすごくツボだった!
恋って、必ずしも「好きです、付き合ってください」というわかりやすい愛の告白で始まるわけじゃないんだよね。お互い誰かと付き合ったことがあって恋の始まりと終わりを経験したことがあるなら、なおさら。
もうそれ告白しているようなものだよね、みたいな言動に対して響かないほど鈍いわけでもなくロマンティックに乗っかりすぎるわけでもなく、なんというか「二人で恋をしている」感じがすごーーーく良かった!
■それぞれのルートの話(ちょっとネタバレ)
全員が恋愛経験者であることが(汐里ちゃん以外は全然そんな話出てないけど多分そう)この物語の主題である「選択」に対しても生きているのがまた刺さる。運命の恋だって思っても、楽しい日々を何年も過ごしても、心変わりをすることはある。後悔しないかどうかという基準なら一見わかりやすいように思えるけど、その「後悔」の気持ちすら人生のどの地点から見るのかによって変わっていく。だから、本当は「選択」が一つの「結末」に収束するのではなくて積み重ねていく過程であることも、きっとわかってるんだよね。
作家志望である風馬くんと本を読まない汐里ちゃんの違いはそこで、風馬くんは本を通じてあらゆる人の「選択」と「結末」を数えきれないほど知っていて、自分もそんなふうに何度でも違う人生を、物語を紡ごうとしている。それに対して、汐里ちゃんは自分の経験と今の感情がベースだから、「先が見えない」不安が先に立ってしまう。そんな二人の物語の続きを風馬くんが描こうとしていて、未来を「真っ直ぐに伸びていく」ものとして信じられるエンディング、すごく希望に満ちていて良かったなあ。
一方、光風くんは汐里ちゃんよりは本を読むものの身近な人の例の方が強すぎて、そういう物語的な力に自分の意志が引っ張られていくことが怖かったんじゃないかなあという気がして。そんな彼が自分の手で持てる分だけ持った花火に火をつけ、汐里ちゃんと一緒に来年もその続きを灯していけるという希望に満ちたエンディング、こちらもすごく良かった!
個人的にルートやEDごとに対照的なモチーフが使われているのがすごく好きなので、「打ち上げ花火/手持ち花火」みたいに空間とか光とか色とか対照的な描写がいっぱいあって、それがそれぞれのEDの幸せの形につながっているような感じがしたのも楽しかった。
■乙女ゲーマーと「選択」(とてもネタバレ)
「選択」で分岐する物語の可能性をすべて見られる!というのが私が乙女ゲームが好きな一番の理由なので、どの選択肢も、そして選択肢がある人生を生きる主人公自体も丸ごと肯定してもらえた気がして嬉しかったなあ。「授かり依るものではなく、自らの手で結び定めることを」!!
(以下、エンディング部分のネタバレなので未プレイの方はぜひ自分の目で確かめてみてください)
1周目のエンディングの演出、迷いながら動くカーソルに気持ちを重ねた後に、一人しかいないトップ画面!!!これが私の「選択」…!!!とリアルに叫んでしまった。
で、乙女ゲーマーならフルコンしたら集合絵に戻ると思うじゃん?それが二人一緒の絵は二度と出てこなくて、最後に「選択」した相手になるんだよ…!!
このあたり私が正確に読み取れているかやや不安なんだけど、おそらく風馬くんと光風くんどちらかを選ぶともう一つの世界線は消滅するんだよね。本来、二人が同じ画面に存在することはできない。
その意味で、汐里ちゃん自身は記憶映画に出てきた彼女のように「二人のうちどちらか」を選んだのではなく「目の前の彼の手を取るか・取らないか」を選んだわけだけど、「選ばなかった人を傷つけた」痛みが自分事でないからこそいい距離感で「あの恋」を肯定できた部分もあると思うんだよね。
いつも泥沼3PBADに大歓喜しているような私が言うのもなんだけど、痛みを伴うダイナミックな選択じゃなければ幸せになれないなんてことはない。そんな等身大の「ハッピーエンド」の感じが、とても温かくて良かったなあと思う。
感想記事まとめ後のツイート
■「結末を知りたい」はずだった彼らと私たちの話
※ふわっとしたネタバレあり
記憶映画(編集されていない事実)と私小説(事実を主観によって再編した物語)も対照的だなーと思った!汐里ちゃんたちは事実を知りたいと思っているけれども、いざそれを知ってもなぜその選択をしたのかという考え方とか感情が見えない段階だと全然すっきりしてないのが印象的で。明らかになったことが増えたにも関わらず「〇〇だったのかな」と推測すればするほど靄がかかっていく感じ、なんだかわかる気がするなーと。
恋愛なんて選択の岐路でやっとドラマっぽくなるくらいで、恋人と過ごす日常なんて他者から見たらおじいちゃんがテレビを見てるだけの光景と大して変わらないよね。それでも私が恋愛物語に心惹かれるのは、二人が何をしたのかという事実の部分じゃなく、その過程で心がどう動いたかを見たいからなんだよ!それって、本人にとっては(プレイヤーである私にとっても)時に世界を救う以上のドラマだと思うから。
汐里ちゃんたちも、それぞれの相手との方法で「あの恋」の選択に込められた思いを知ったことでやっと納得して、自分の心に向き直ったことで「見届けた」に着地する。その感じは乙女ゲームに心動かされる私たちのようだなと改めてじんわりきた!