詰みに詰んだ日のスピ
その日、朝から3歳娘が発熱した。
咳も出ていた。
咳き込みすぎて洗面所で嘔吐。
オワタ
心の中で白目を剥いた。
というのも、翌日の日曜日はオノチャンの東京オフ会だったのだ。推しと初対面できる日なのだ。
3歳娘、8歳息子の子ども2人を姉の家で預かってもらうことになっているのにこれはいかん!
今日は土曜日、午前中なら病院やってる!
ネットでなんとか予約がとれた。
予約時間まであとすこしになり、
スムーズに出られるように、先に電動自転車を玄関の表に出しておこうと動かした時だった。
自転車に異変を感じた。
え、後輪タイヤがぺちゃんこだ。
うそだうそだうそだうそだ!!
急いで家に戻り、まだギリギリ出勤前にトイレにいた夫にドアの外から伝えた。
第一声が「えー?もーちゃんと見て走りなよー。なんか踏んだんじゃない?」だった。
その一語一句全てが私を一瞬で沸騰させた。
トイレからスッキリした顔で出てきた夫に、つい捲し立ててしまった。
「ねえ、前見て走ってるに決まってんじゃん。好き好んでガラスや釘の上走る奴がどこにいんの。今パンクして病院行けなくてすごく困ってるの。どーやったらそのセリフチョイスできるの?思考回路に優しい言葉ない?もーいーよ。あ、お弁当作ってあります。そこに置いてあります。」
夫は「え、ごめん。ありがと」とだけ言った。
あーーーーー
時間に追い詰められたり、急なハプニングがあると夫にキレやすい性格、ほんとどうにかしたい!
そんで最後に向こうがお礼を言わざるを得ない締め方するのも嫌なやつだよなー。
一応自分の生態に反省をしつつ、夫のことはさておいて、頭を整理する。
あと30分後に病院の予約が入っている。
自転車で15分の距離。
歩いたら40分
まず間に合わない。
えーと、まずは電話をして一旦キャンセルだ。
受付の人も忙しいだろうから余計な情報は伝えたくなかったが、自転車のタイヤがパンクしたので行けそうならまた連絡させてくださいと伝える。
とりあえず、空気が抜けただけかも!
空気入れで入れてみよう!
と最後の望みをかけて外に出る。
自転車の前に夫がいた。
私が電話をしている最中に、空気入れでタイヤに空気を入れてくれていたらしい。
「空気、入ったよ!ほら、パンパン!もう大丈夫じゃないかな?じゃあいくね!」
夫はついでに自分の自転車にも空気を入れて、ヒョイっとまたがり、パンパンのタイヤで颯爽と出勤して行った。
「え、ありがとう」私は小さい声でお礼を言った。片手で手を振っていたので多分ギリギリ聞こえてた。
あーあ、悪かったなー。
と、また少し反省しつつ、夫が空気を入れてくれたタイヤを指で押して確認した。
おい!ブヨブヨじゃねえか!
どこがパンパンなんだ!
ソッコー空気抜けてるよ!
お礼言っちゃった!くっそ!
一瞬でブチギレるの、やっぱり良くない。
急に振り出しに戻った。
朝起きてからすでに3回くらい途方に暮れている。
近場の自転車修理屋をネットで調べる。
1番近くても歩いて40分はかかる場所だ。
こんなぺちゃんこタイヤの重い電動自転車を引きずって歩いて行けない。
行って自転車を預けて帰ってきただけで、病院も終わってしまっている。
病院だけ行くか。
病院も歩いたら40分かかる。
クローゼットの奥にしまってあるベビーカーを使うしかない。
今日は自転車修理するのを諦めるしかないか。
土曜日って午前中で何もかも終わる。
改めてなんて恐ろしい日なのだろう。
日曜日の方が諦めがつく。
キッチンの床に座って、あーどーしよう。
と考えていた時、ふと思った。
「あれ、今日スプレーやったっけ?」
(※ここでいうスプレーとは「おいせさんお浄め塩スプレー」シリーズのことである。)
は!やってない!いかんいかん。今やろう。
サッと気合を入れて立ち上がり、今日はオールマイティに使えるベーシックな塩スプレーをチョイスした。
日々スプレーをまといすぎて、目を閉じると瞬時にキラキラベールを想像し、シュ!とまとうことができるようになっている。
習慣ってありがたい。
そしてさて、これからどうしようか。
考えようとしたら、いきなりピンと閃いた。
あれ、そういえば近所に自転車修理の旗がある家なかったっけ?
いきなり思い出したのである。
すぐ店舗検索したが、近所に自転車修理屋はない模様。あれー、でも見たんだよな。閉店してるのかな。そう思いながら、霞みすぎた記憶だけを頼りにGoogleマップで再検索。
あった。
「自転車修理」と書かれた旗が立っている家が写ってるぞ!
ここなら歩いて2分ほど。
パンクした自転車を押していける範囲だ!
さっそく息子に娘の子守りをお願いして、走ってその家を探しに行く。
行ってみると外に旗はあるが、店のドアは閉まっている模様。
一応ピンポンをする。
店の奥に住居があるようで、つなぎを着た、とても優しそうなおじさんが出てきた。
よく見たらCHAGE&ASKAのASKAを一発殴ったくらいの少しかっこいい雰囲気のあるおじさんだった。
「すみません。こちら自転車修理屋さんですか?」
「うん、一応そうだよ」
一応、、、?まあいい、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
「あの、電動自転車がパンクしちゃって困ってるんですが、持ってきたら修理していただけますか?」
「あ、全然いいよ。持ってきてみて」
ぃやったあああああ!
こんな近くに自転車修理屋があるなんて!
うれしすぎる急展開!
ありがとうございます!
まだ何も直してもらってもないのに、身一つで来た私は部活終わりの野球部みたいな勢いで礼をして、全力で走って帰宅し、バカみたいにベコベコに凹んだタイヤの自転車を持って再度来店した。
見た瞬間におじさんは「あー釘刺さちゃってるね」と悪の根源を見つけてくれた。
お昼前にはできてるからね、と言ってくれた。
なんて心強いんだ。
ひとつ問題解決!!
自転車はお任せして、一旦家に帰る。
よし、次は病院だ。
自転車の修理を待っていたら午前中診療時間に間に合わない。
ベビーカーで行くか。
すぐに病院に電話したら30分後なら空いてます!とのこと。よし!間に合う!間に合わせる!!間に合わせてみせる!!!
すぐに娘を乗せて小走りでベビーカーを押す。普段ほぼ電動自転車で移動しているため、進むスピードの遅さに愕然とする。
娘は、2年ぶりくらいのベビーカーの乗り心地にワクワクしている模様。
病院に行って本当に良かった。
比較的早く診察してもらえて、抗生物質の薬も出してもらえた。ジリジリ照りつける太陽の暑さと熱で参っている娘は待合室でクターっとしていた。
帰りももちろん灼熱の太陽の下、小走りで帰る。
ひとりゼェハァ帰宅し、そのまますぐに薬を飲ませる。シロップと抗生物質入りの粉薬だ。
しかし私はやってしまう。
抗生物質が苦いことを忘れていた。
粉を水で溶かしてしまったのだ。
娘は飲んだ瞬間ぶーーーっと吹き出した。
からいーと大泣き。
苦いのも辛いのもまずいものも、娘は一括りに「からい」と表現する。
3日間飲み切らないといけない貴重な抗生物質が1回分無駄になってしまった。
もう途方に暮れている時間はない。
夫が数日前からホクホクと楽しみに寝かせている「雪見だいふくプレミアム」を、何の迷いも断りもなく冷凍庫から出した。
ええい、餅が邪魔だ。
雪見だいふくの醍醐味である餅を躊躇なく剥ぎ取る。
そして粉薬と混ぜる。
アイスと抗生物質を混ぜると子どもが服用しやすくなるらしいという、SNSでいつか見ていた知識がいきなり役に立つ。
そして、「さっきはごめんねえ、お詫びにアイスをあげるからこっちへおいで」と娘をキッチンに招き入れ、スプーンで丁寧に練り混ぜたブツを口へと運ぶ。
口を大きく開けた娘は、私の顔を見た瞬間少し口をすぼめた。
なんて警戒心が強い子なんだ。
きっと今の私は殺人鬼のようにギラギラした目だっただろうと猛省する。
だが、所詮はまだ3歳。
あっさりと口に入れてくれた。
ミッションコンプリート!!!
頭の中で拍手喝采が起こる。
寝る前には娘の熱もあっさり下がり、軽い咳くらいまで落ち着いた。そして翌日、熱もすっかり下がり、姉に預かってもらうことができた。
(後日、耳鼻咽喉科に行ったら中耳炎だったことが判明した)
寝る前に、子どもたちが「ママだいすき」と抱きついてきてくれた。これは泣く。
そしてその日の夜、夫が帰り道に「ユンケルローヤルD2」を買ってきてくれた。
「はい、これ。明日のために飲んでおきなよ。
1500円のやつ。」
なんだろう。商品名や成分なんかより、値段を言われると途端に効き目を感じる。
この時の彼はまだ己の「雪見だいふくプレミアム」がすでにこの家に存在していないことを知らない。
余談だが、
自転車を取りに行った時におじさんと話したら、どうやらそこは普段公には開店しておらず、主に大きい郵便局などの施設へ出向いてバイクや自転車を点検&修理する仕事をしているとのこと。
「今日は土曜日だったから家にいてよかったよー。平日はいないことが多いんだ。また何かあったらとりあえず電話してくれたら対応させてもらうよ。」
一発殴られたASKAは、笑顔でそう言ってくれた。
なんて心強いんだ。
いつだって受け入れ体制でいてくれる。
困った時は、そう、SAY YES!!
タイヤを根こそぎ替えるほどのパンクだったのに、お会計は4000円だと言われた。
相場は分からないが、なんとなくそれは安すぎると思った。
私は5000円札を渡してお釣りはいりません。と言った。
ASKAは少し困ってキョロキョロして、「いやぁ、わるいねえ」と言いながら、レジ裏にあった大量のポケットティッシュを10個ほど両手に掴んで私にくれた。
この瞬間、オノチャンの次にこのおじさんを推します!と心の中で決めたのである。
ありがとう。
今日もいい日だった。
優しい人しかいない日だった。
詰みに詰んだ日も、スピは私を助けてくれる。
背中をドーンと押してくれて、ピン!と閃きをくれて、1日を力づくでなんとか平和に終わらせてくれる。
やはりスプレーは相棒なのだ。
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