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深刻になってしまったときの救いの秘密

深刻にならないという実践ではない

コース(奇跡のコース/奇跡講座)の実践において私たちがしていくのは、深刻にならないという実践なのではありません。

というのも、私たちはつい、その実践においてなるべく深刻にならないようにしようとします。

コースでしていく実践は、そうではないということです。

むしろ、深刻になろうとしている、あるいは、深刻になりたがている自分の内側の心の動き(精神力動)を認識していくことが、私たちがコースの実践でしていくことなのだといえます。

自ら深刻になろうとしている、深刻になりたがっている自分(自我の力動)を自覚し、そして、それを咎めずに見ていくことが私たちがしていく作業(ワーク)なのだということです。


”救いの秘密は、「あなたは自分で自分にこれを行っている」ということだけである。 ”( T-27.Ⅷ.10 :1)

奇跡講座/中央アート出版社


「自分で自分にこれを行っている」ということを自覚/認識するとき、私たちは自分の決断の力を思い出すことになります。

そうするとき、自我はその力(パワー)を失います。

いわゆる、深刻さがなくなります。

自分が経験していることは自我が作り出したストーリーでしかなかったと分かるからです。

そのとき、私たちはそのすべてを微笑んで見ることができるようになります。

それが、コースで言うところの「ヴィジョン(心眼)」「赦しのまなざし」「愛のまなざし」と呼んでいるものです。


”存在するように見えるが実は存在していないこの世界の中で生きるための、一つの生き方がある。あなたの外見が変わることはないが、あなたはもっとたびたび微笑むようになる。あなたの額は穏やかで、瞳は静かである。”(W-pI.155.1:1-3)

奇跡講座/中央アート出版社


なぜコースを学び、何のためにコースを実践していくのか?

というなら、そのような知覚へとシフトしていくことが目的なのだということです。

いわゆる、「ヴィジョン」と呼ばれる真の知覚を修得(マスター)していくことが私たちコース学習者が目指しているものなわけです。

そして、もちろん、そのためにはコースの思考体系(形而上学)のしっかりとした理解が不可欠なのは当然なことであることは言うまでもありません。


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