自分をあらゆる方向から見ているか?
ある方と話をしていて
自分が饒舌になる瞬間があった。
【日々の日常の中に気づきがある】
とよくわたしは口にしているが
気づきは不快に思うことから
出てくるものだと
いつの間にか無意識に固定していた。
しかし今回はいつもと違う違和感があった。
ふと、なんでこんなわたしはしゃべってるんだろう?と
話しながら疑問に思った。
自分が饒舌に話すことって
どんな時?どんな内容?
熱が入り、力が入り、
汗ばむくらい話をする時って。?
話していることに熱中しているけど
ここにハマってしまうのは危険だと察知した。
この世界を揺らめき漂いながら
柔軟に生きていくならば
力む必要はない。
不快なことから気づくことだけでは
ありのままの自分の
全てを知ることはできない。
片目だけ閉じて
「見えてます。」と言っているようなもので
そんなことはこの世界では通用しない。
片目ずつモノを見たらズレるでしょ?
快であれ,不快であれ
力が入るということは思い入れがあるということ。
思い入れがあるということは
なにかきっかけとなる原因や理由があり
そこに拘っている自分がいるということ。
拘りは余分な力みになりかねない。
この世界を生き抜くには
張りも弛みもどちらも必要。
どちらも使いこなすには
まず、土台となる自分を知る。
骨組み・中身を理解したうえで
自分の動かし方
張り・弛みを試してやってみながら
自分のバランスをとっていく。
自分についている
ありとあらゆるこだわりの芽を
引っこ抜いて
自然に還る🌱
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