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コメントが、noteを続ける力をくれる。
2019年頃、専業主婦時代、まったく別のブログで、育児について書いていたことがある。
主に、「育児がしんどい」という愚痴的な内容だったのだが、
「きっと共感してくれる方がいるはずだ。たくさん読まれたらいいな~みんなで乗り越えたいね…!!!」と心の中でまだ見ぬ仲間と勝手に同盟を組み、コメントを待ち侘びた。
しかし、待てど暮らせどコメントはゼロ。
それどころか、大して読まれすらしない…!
記事数も、10もないくらいで、、、書いては消して、消しては書いての、迷走しまくりの恥ずかしい過去。
(あ、迷走は今も継続中か😂)
当時、リアルの世界で「育児しんどい」とはっきり公言している人が周りに少なくて、
人と共感し合いたい、という願望の強い私は、ネットの世界にそれを求めるものの叶わず、やっぱり孤独だった。
私は人に興味があるけれど、私に興味のある人なんていないんだよなぁと、世間に対する漠然とした片想いのような切なさを、常に感じていた。
2021年のある秋の日に急に思い立って、noteのアカウントを作り、
おそるおそる記事を書き始め、
「スキ」がもらえるたびに飛び上がって喜んだ。
その「スキ」をくれた人は、一体どんな人だろうかと、その方の記事を読みに行き、状況や考え方に共通点があることを知れば、それだけでも満ち足りた気持ちになった。
noteは、ただのブログじゃないな、SNS型ブログなんだ…楽しい…!!
さらに、リアルでも見知らぬ人に声をかけがちな私は、読ませてもらった記事で感情が動くと、後先考えずにコメントを残すようになった。
そのコメントに、返信がきた時の喜びといったら…!
そうだ、私は、「交流」がしたかったんだよな・・・
でも誰でもいいわけじゃなくて、分かり合える人と繋がりたかったんだ…
そうして、「コメント魔」として、❝ウザくてごめんなさい❞と少しばかり気になりつつも、noteの街を徘徊自由にお散歩しながらコメントを残しているうちに、自分の記事にもコメントをいただけるようになっていった。
ある日、ふと感じた。
きっと、私がコメントしまくるから、周りの方も私へのコメントのハードルが下がって、気兼ねなくいただけるようになったのではないか、と。
だとしたら、嬉しいよなぁ・・・
そして、コメントをいただくと、交流できて嬉しいだけじゃなく、次のようなメリットもあった。
自分でも気づいていない自分の良いところを教えてもらえたりもして、励みになる。
自分の記事の内容に対し、別角度からの視点をいただくことで、新たな気づきを得られる。
自分では思いもよらない部分に「気づきがあった」などと言ってもらえることで、また発信に関する新しいアイディアが生まれたりする。次の記事の題材になることも。
あぁ、ありがてぇなぁ、とつぶやきながら、眠りにつこうと布団で横になったとき、隣で寝ようとしていた小3の長男が
「ママ、僕はなかなかコメントもらえないの」とこぼした。
彼には夢中になっているプログラミングのサイトがあるのだが、
どうやらSNSのような感じで、フォローやお気に入り(noteのマガジン登録のようなもの)、またコメントができる仕組みのようだ。
「コメントって、どうやったらもらえると思う?」
私は長男に聞いてみた。
長男は「わからない」という。
「あくまでもママの感覚なんだけどさ…まずは、相手に興味を持って、自分からコメントするのがいいんだと思ってる。そのときにママが意識しているのがね………」
全てを話し終わったとき、
いつもは聞き飽きて最後まで聞いていない長男が、
「へぇ、、ママすごいね」と感心してくれ、
さらに、無関心そうにしていたはずの夫(内向的なネアカ)までが、暗闇で「なるほど」とつぶやいていた。笑
私が長男に伝えたことに加え、今までコメントをするときになんとなく心がけてきたことすべてを俯瞰して細分化したものを、今回初めて公開しようと思う。
可能な限り具体的にまとめてみると、次のようになる。
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