若新さんの”そんなつもりじゃない”が積もったコミュニケーション ~関係を深めていけばいくほど、実は相手にうまく伝えられない?(前編)
コミュニケーションを研究する若新雄純さんに聞きました。
僕の専門はコミュニケーション論。主に、人間関係におけるコミュニケーションに関する研究をしています。大学でもコミュニケーションという名前がつく授業をしているし、テレビにも出ています。そう聞くとコミュニケーションが上手というか、巧みな人だと思われるじゃないですか。
でも、その優れたコミュニケーションって何なんだろうな、と。みんなが考える「コミュ力」みたいなものは、何か大事なところを捉えられていないんじゃないかと思っていて。例えば、僕はよく言われるんです。「若新さんってコミュニケーションが専門でテレビとかで喋ってる割には、人見知りが治ってないし、人の話を聞いてないし、喋るリズムとかテンポもおかしいし、気に障ることも言う。全然コミュニケーションが巧みじゃないじゃないか」と。
それはコミュ力を誤解してると思うんです。僕が大切だと思ってるコミュニケーションというのは、ストレスのない、誤解のないスムーズな意思伝達をすることではないんです。そんなものは、コミュ力でも何でもない。ビジネスマナーの一環で、みんなが学ぶものかもしれないけど、やっぱり究極的には、人間はすれ違うし、常に僕らは誤解を積み重ねてるというか、どんな人も誤解するものだと思うんです。
だって一緒に時間を過ごしたり、いろんな価値観を共有したりすることで誤解がなくなるのであれば、夫婦げんかとか親子げんかとかでこじれないわけです。同じ空間で生活しながらお互いのいろいろなことを知ってもなお、言いたいことが伝わらないこともある。関係を深めていけばいくほど、思い通りに物事を伝えられないのが人間のコミュニケーションだと思います。
もし、ちゃんとスムーズに伝わってるなと思うなら、そのときは、スムーズに伝わる部分のみでやり取りをしているだけのこと。僕らはそれなりに社会人としてワザを心得てるので、例えばビジネスマンだったら初対面のときにはこういうやり取りをするとか、契約を交わすときにはこういうことがあるとかは知っているから、そのレベルのことはできるはずなんです。だから、あんまりスムーズにストレスなくコミュニケーションすることに、僕はそんなに価値はないと思ってます。やれと言われたら最低限のことは誰でもできると思うし、できたからといって大したことでもないし、そんなのはマニュアルに書いてありますから。
伝えたつもりが伝わらない
どんなに似たような教育を受けた人たちや、社会的に見たら近い属性のような人たち同士でも、伝えたつもりで伝わっていなかったということが起きます。そんなつもりじゃなかった、なんてことは山ほどあります。僕らは常に“そんなつもりじゃない”というコミュニケーションを重ねているし、親しくなった人と時間を共有すればするほど、何かがすれ違ってるはずだと思った方がいい。
だから、すれ違いや誤解を減らすことじゃなくて、すれ違いをどう上手にカバーするか、すれ違ったときにそれでも相手とどう関係を営むかということの方が大切です。コミュニケーション能力が高いといわれてる人は、スムーズな人間関係を作っているのではなくて、不格好なぐちゃぐちゃした人間関係をうまく飲み込めてる、あるいは使えてるんだと思います。別に我慢してるわけでもなく、謝るときに謝れるし、修正すべきときには修正できる。俺は間違ったことは言ってない、正しいことを言ったはずなのにとか、過去のメールをさかのぼったらどう考えても筋が通ってないとか、意に反して一方的に誤解されたりするのが人間関係であり、それでも愛嬌を持って人と接することができるかどうか。
もちろん譲れないことはありますから、そういうときはきちんと言うべきです。大きな誤解が生まれそうなときこそ、粘り強く相手と時間を共有する。それは急がば回れで全然無駄なことじゃない。それも年に数回のことなので、ちょっとお時間いただけませんか、と言えばいいわけです。
日常的に起こる小さなすれ違いは、どっちが正しいかどうかは別に重要じゃないし、お互いが気持ちよくできればよくて、誤解されてるなと思っても、それが致命的な問題じゃなかったら正直どっちでもいい。細かいことは気にせず良好な関係を作れていればいいんです。
理屈より感情が大事
伝えたことがどうだったかというより、そのときの感情の方を意識すべきだとは思います。心の距離感は時間をかけて、丁寧に近づいているかどうかが大事だと思うんですよ。例えば飲みに行ったら、お互いに何を喋ったか覚えてないけど心の距離がちょっと縮まったみたいな。理屈が伝わったかどうかは全く別の問題で、相手が何を言ったかよりも、相手がどんな表情なのかを見ることの方が大事ですよね。それこそがコミュ力じゃないですかね。
僕は酒を飲まないからあえて言いますが、普段の細かいことは、お互いに酔っ払ってると思えばいいじゃないですか。酔っ払ってて何かよく分からないけど会話したわ、みたいな。酒の席で自分の言ってることが誤解されても別に気にならないじゃないですか。それより同じ時間を過ごしたとか、気持ちよく喋ったってことが大事だと思うんですよ。
後編に続く
話:若新雄純さん(わかしん・ゆうじゅん)
プロデューサー。株式会社NEWYOUTH代表取締役、慶應義塾大学特任准教授などを兼任。大学在学中に就労困難者支援を行う株式会社LITALICO(東証プライム上場)を共同創業し、2年弱取締役COOを務める。その後大学院を経て独立し、組織づくりやPR・ブランディング支援などを行いながら歌舞伎町でバー経営するなど独自のスタイルを模索。現在は、企画プロデュース会社を経営しながら、大学ではコミュニケーションデザインの研究ラボを運営。人間関係・コミュニケーション、感情表現、キャリア・教育、まちづくり、ライフデザインなどに関する実験的プロジェクトや研究活動を企画・実施。近年は多数の報道・情報番組にコメンテーターとして出演し、東京と地元福井の2拠点で生活・活動中。慶應義塾大学大学院修了、修士(政策・メディア)。