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描いた絵の紹介+α

ふと、スマホの写真フォルダを眺めていた所
2018年あたりに描いた絵を見つけました。
折角描いたのに
「このまま眠らせておくのもなぁ......」
と思い立ち、ここに展示したいと思います。
あとがきには最近出来た自作曲を載せてます。
1800字あるので今回ちょっと長めです❗


2018年。私が21歳の頃
当時、就いていた仕事のストレスが多く
職場の人間関係でも悩んでいて。
さらに、学生時代の友人とも
連絡をとらなくなってしまったタイミング。
募る疎外感というか孤独感というか
様々なものが絡まって苦しんでいた時期。
そんな状況の中で描いてた絵の
紹介と解説をしていこうと思う。
プロフィールのヘッダーにしてある絵だったり
削除する前の記事で使用してたような絵がある。


これは実家で飼っていた金魚を模した絵。
当時、亡くなってしまった時に
弔いの意を込めて描いたものだ。

絵は禍々しい雰囲気だが、金魚はとても美しかった

魚が息絶える時というのは
急に倒れて、水面にプカーと
浮かんでくるものと思っていた。
しかしこの金魚は、段々と動きが鈍って
最期を迎えるまでの2〜3日間は
水槽の壁に体を持たれたままで
最後の最後に倒れた。
最後まで、必死に生きようと私には見えていた。
とても立派で、強い奴である。
今は私の心の中で、元気に泳ぎ回っている。


これは自分にとっての音楽を擬人化?
してみた絵。

なんか好き。

確かこの頃は、ヒップホップにハマっていて
特にNujabesを筆頭としたchill系、
落ち着くjazzyな方面の音楽をずっと聴いていた。
お洒落なカフェや服屋さんで
かかっていそうな感じの音楽。
この絵にはその音楽の影響が色濃く
反映されている。
なんか好き。


これはバタフライエフェクトという言葉から
影響を受けて描いた絵。

どう描いたか記憶がない(お酒の飲み過ぎ?)

プロフィールのヘッダーにしてある絵。
バタフライエフェクトという言葉を
知ったきっかけは音楽だったような気がするが
明確には思い出せない。
所々お酒を飲みながら描いた記憶はある。
絵の知識もなく、描き方もわからないために
バランスが歪ではあるが
我ながらよくここまで描いたなぁと思った絵。


これは脳にある松果体を題材として
描いた絵

圧を感じる。

これも何がきっかけだったかは
はっきりとは思い出せない。
真ん中にあるのはヒンドゥー教のシンボル。
何故そのシンボルに行き着いたのか
なんだったっけ……..
単純にかっこいい!と思ったからか
松果体とヒンドゥー教に共通するものが
あったのか……
調べてみたら「第三の目」について関係が
あるらしく
当時はスピリチュアル的思想に
なっていたのかも。



以上が描いた絵の紹介と解説。
覚えてないことが多くて、
解説というかちょっとした補足になった。
こうして振り返って見ると
独創的で面白かったので
紹介出来て良かった気がする。
なんだかんだ自分の絵が好きなんだと認識した。
もし今、このような絵を描けるかと言われたら
あまり自信が無いため
自分で自分に驚いている。以上。


あとがき
新しい曲が出来たのでついでに載せます。
曲名は【Home Sweet Home】です。
今回の曲は特にギターのフレーズ、
歌のメロディと歌詞を頑張りました。
所々で音が割れてたり、
詰めが甘い部分もありますが
とりあえず今の自分が満足できるレベルまで
辿り着けて完成出来て
ひとまず安堵しています。
※音楽ジャンル的にはメタルに区分します
ので、激しい音楽など苦手な方は気を付けて
ご視聴下さい。

長々と書き連ねてしまいましたが
最後まで読んでくださり本当に
ありがとうございました。
今回の記事は思ったよりも時間と苦労を
要したので、
次回は箸休め的にゆるく書けたらなと
考えています笑

【歌詞】
気が付けば 何も
不意に思い出す あの日の声と
蘇る あの記憶 色褪せず(に)
返り咲く
いつまでも その 鳴り響いた
声に導かれ
(嗚呼、凍てついた魂 呼応せよ
いざ行かん 誘う運命)
地を打つ雨 覆う
今は 言葉じゃなくて その目を逸らさないで
この時の中で 生きるため
手を伸ばして 朱に染まる目
(永遠に火を灯してくれ
この日々に意味を照らす 今)
宛もなく 彷徨い歩いては(歩いては)
求めるほど 鳴り出す本能
(さあ 力を示せ)
光と影(光と影) 闇を裂き
振り返る(振り返る) 目に映る日々よ
(残す)意味は 言葉じゃなくて
声が枯れるまで叫んで
この時の中で 生きるため
手を伸ばして 今は ただ染まるだけ
home sweet home

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