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『春、戻る』瀬尾まいこ
読書の秋だ。といっても、秋はどこへやらという暑さが続いている彼岸入りである。
実はわたしには、難解すぎて読了前に頓挫してしまっっている本が何冊かあるのだが、この「読書の秋」のタイミングで読むのだと決めていた。しかし、である。あろうことか、手にしてしまったのは瀬尾さん・・・。あぁもう、これは難解な本には戻れない。
ということで、『春、戻る』瀬尾まいこ のエッセンスを抜き取ってみる。
主人公のさくらは、わたし自身にもなじみの深い職場に勤めていた。彼女の味わった挫折は、わたしにも痛いほどわかる。苦しいけれどその中にやさしさもあって、刺されているのにあたたかく、抜け出そうともがくのに事態は暗転していくばかり。温もりがある分、よけいに苦しむのだ。いっそのこと、突き放して突き落としてくれた方が、一思いにとどめを刺してくれた方がよっぽど楽なのに…っていう、そういうね。
さくらは、そんな日々を自分の中に閉じ込め、「なかったこと」にして生きてきたわけだが、不器用ながらも愚直に生きてきたであろう婚約者の姿を見ながら、
「誰だって、今日までをただそのまま歩いてきたわけじゃない。いろんなものに折り合いをつけて、何かを手放したり何かに苦悩したりしながら、生きていく方法を見出してきたのだ。」
と、心の中でつぶやく。さくだらって本当は心のどこかでわかっていたのだ。それは自分自身のことだということも。
人は往々にして、「こうありたい」「こうなりたい」「こうしたい」なんていう希望を持ち、自分自身への期待をしてしまうものだが、そうなれる保証なんてどこにもない。逆に、予想と全く違う方向に物事が走っていき、どん底に突き落とされたり、深く絶望することだってあるだろう。そんな時に
「思い描いたとおりに生きなくたっていい。つらいのなら他の道を進んだっていいんだ。自分が幸せだと感じられることが一番なんだから。」
と言われたなら、どうだろう。素直にその言葉を受け取りたいけれど、葛藤はあるんじゃないか。
けれども、これは真実でもあるんだ。「幸せだ」と感じるのは自分だし、他の誰も自分の幸せなんてくれやしないんだから。
「退く」決断、「やめる」決断、「逃げる」決断は、負けじゃない。失敗でもない。より幸せになるための選択なのだ。そんなことを静かに教えてくれる。
この物語は、スッキリ爽快!ハッピーエンド!ではない。
じわりじわりと、心に寄せてくる穏やかな幸福感。鼻の奥がジーンとして、瞳が潤んでくる、あの感じ。そして「春」なんだよなぁ。
今回も瀬尾さんにやられまくりのわたしなのであった。
ちなみに、本書(文庫本)の1刷目はわたしの誕生日だった。ということで、さらに思い出深い1冊となった。