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【ショートショート】花火が終わったら #虎吉の交流部屋初企画

キューブさんのこの記事から着想を得て、勝手にショートショトを書いてみました。完全な私のフィクションです。

読んでいただけたら幸いです。では




「おい! 行かないのかよ!」

前を歩く岬に涼が声をかけた。振り返りもせずズンズン歩く岬に追いつき、後ろからランドセルに手をかけた。

「最後だから、頼みたいことがあるんだ」

振り返った岬は、ギュッと強く口を閉じたまま涼をにらみつけた。

「ごめん、引っ越すこと前から決まってたんだ」

そう謝る涼を見て、岬は声を絞り出した。

「聞いてないもん、なんで」そこまで言うと我慢していた涙がボロボロとあふれ出してきた。


**


涼が転校してきたのは小3の秋だった。「榊原涼です」名前だけのそっけない挨拶をして窓際の席に座った彼は、気づくといつも窓の外を見ていた。転校してきたばかりだからとの気遣いからなのか、先生もしつこく注意することはなかった。いつも上の空のような、やる気のないような彼は、長い前髪で顔が隠れていることも手伝って何を考えているのかよくわからなかった。だけどそれが子供っぽい他の男子とは違って見え、岬にはなんとなく気になる存在になっていった。

いつもの帰り道で友達と手を振り別れた後、前の方に涼が歩いているのが見えた。涼は岬には気づいていない様子で、すっと脇道に入って行った。「あそこには神社しかないのに」何をするのか確かめなくちゃと自分に言い訳をして、岬は後を追いかけた。

「大丈夫か?うん、そうか、これから寒くなるからな。何か欲しいものはあるか?」

初めて聞く涼の優しい声だった。一体誰と話しているのかと近づこうとした時、足もとの小石が「ガシャ」っと音を立てた。

「だれ?」

「あ、あたし」岬はあわてて涼の前に飛び出した。

「えっと、ちょっと、どこいくのかなって思って。話し声がしたみたいだけど誰かいたの?」

涼が視線を向けた木の下に一匹の猫がいた。黒く綺麗な猫に見えたが、近づくと片耳が少しちぎれていた。不思議そうに見る岬に背を向けてポケットから煮干しを取りだすと、猫にそっと差し出した。猫はミャと小さくないて涼の足にすり寄ってきた。

「だれにも言うなよ、こいつカラスにやられたらしいんだ」岬は無言でうなずき、涼に甘える猫を見つめていた。

それから二人は時々、学校の帰りに一緒に神社に行くようになった。もちろん友達と別れてからこっそりと。給食の残りを持っていったり、家からおやつを持ってきたり。今日は行かなくてもいいとか、今日は行ってやらなきゃとか、猫の気持ちがわかっているような涼が不思議だったが、そんなことは気にならないくらい秘密のミッションにワクワクした。



4年生になり、明日から夏休みという日。先生が突然言った。

「えー急ですが、榊原君は今日がこの学校最後になります。9月からは新しい学校へ行くことになりました。みんなに挨拶、するか?」

先生にそう促され、面倒そうに立ち上がった涼は「大変お世話になりました」と無表情のままボソッと言った。シーンとするクラスの中、お調子者の大樹が叫んだ。

「おっさんじゃねーんだから、最後くらいカッコよく決めろよ!」

どっと笑い声が起こり、教室が一気に賑やかになった。どこ行くのーなどと盛り上がるみんなをよそに、岬だけは前を向きじっと座っていた。みんなから注目され、珍しくたくさん話している涼の声にパッと振り返ると、段々怒りが込み上げてきた。

「聞いてない、何にも聞いてない、友達だと思ったのに!」

帰り道、岬は神社を通り越しズンズン歩いて行った。そこで涼に呼び止められたのだった。

**

「とりあえず、神社に行こう」

二人はいつも猫に餌をやるすみっこの石に腰掛けた。ティッシュで鼻をかみ自分を落ち着かせてから、岬が尋ねた。

「いつ引っ越すの?」

「花火が終わったら」

「じゃあ、一緒に」思わずそう口から出てしまった自分にハッとして視線をそらした。

「ゴメン、その日はダメなんだ」考えもせずに涼が答えた。

余計なことを言ってしまったと自分を恨めしく思いながら、断られた恥ずかしさと悔しさと悲しさで感情がぐちゃぐちゃだった。顔は熱くなり、さっきの怒りまでぶり返してきた。自分でも何が何だかわからなくなり、岬はあふれ出るものを止めることができなくなってしまった。

「やっぱり、友達じゃないんだ!もういい!」

そう叫ぶとしゃくり上げながら泣き始めた。小さな子供の様に泣く岬にしばらく何も言えずにいた涼だったが、突然岬の手をつかみ立ち上がった。

「きて!」

いつも何を考えているのかわからない涼のキッパリとした声に一瞬ドキッとして、思わず岬は立ち上がった。手を引かれながら大きな木の前まで歩くと涼が言った。

「今から秘密を見せるから」

上を見上げ小さな声で何か言い手を差し出すと、鳥が木から降りてきてその手に止まった。涼は岬の方をまっすぐ見てこう言った。

「おれ、こいつの言ってることわかるんだ」

は?何を言ってるんだろうコイツは。突拍子もない話に岬は妙に冷静になり、あれこれと分析し始めた。鳥を飼っていたってこと?それがなんなのよ。自分が飼っているなら、そのくらいできるでしょ。

「私だって、ウチの犬の言いたい事くらいわかるもん」すっかり泣き止んでいた岬の顔が今度はふくれはじめた。

「あーーそうじゃなくて」

ボサボサの頭をかきむしり、自分のランドセルにぶら下げていたカピパラのマスコットを取った。背中のチャックを開けるとそこには赤い錠剤が二つぶ入った袋が入っていた。涼は声を落としゆっくりと話し出した。

「これを飲むと、少しの間生き物の言葉がわかる様になる。ウチの血筋は動物の言いたいことがわかる人間が生まれる。大体はぼんやりだからこれを使うんだ。オレみたいにはっきりと言葉でわかる人間が生まれたのは久しぶりなんだ。だからやる事がいっぱいある。信じられないんなら飲んでみればいい」

話す内容に頭が追いつかず、岬は赤い錠剤を見つめていた。

「飲むわけないよな」手を引っ込めようとした時、岬がバッと袋を奪い取り、錠剤を一粒口に放り込んだ。ゴクンと飲み込んだとたん怖くなり、岬は目をつぶってしゃがみ込んだ。

「大丈夫か?ラジオみたいに段々周波数があってくるんだけど、素質がないとできないんだよ。だから無理かもしれないし」遠くに心配そうな涼の声が聞こえる。

「ジッ、ジジッ………だから、ジジッ……この子はジッ、むりなのよ!」

急にハッキリとした声が聞こえ、驚いてパッと目を開けた。そこにいたのはいつもおやつをあげている猫だった。

「あらー聞こえるようになったのー?スゴイじゃない」


びっくりして口を開けて固まっていると、涼が顔を覗き込んできた。「な、嘘じゃないだろ」辺りを見回すと、段々といろんな声が聞こえてきた。

「あっちに木の実があるよ!」「どこよあっちって」「早く行こうよ!暗くなっちゃうよ!」
「ねえ、これ食べられるかな」「かじってみるか?」「あーダメダメそれは毒があるから」
「その子はもういいから早くおやつちょうだい!さっきからずっと待ってんだから、あなたもわかったらもういいでしょ、あそうそう、今度からあなたがおやつ持ってきてよね。この子はもう来れないんだって、だから仲良くしましょうね。あたしの好きなおやつはね‥‥」

「うるさーーい!」岬は思わず耳をふさぎ叫んだ。

「アッハッハハハそれがオレが聞いてる世界だよ」あの涼が笑っている。いつも気の抜けたようにボーッとしている涼が。

「うるさいったらないだろ、でもこいつらの話も聞いてやらないとさ。こいつのこと頼むよ」そう言って猫の背中を撫でた。

涼がいつもボーッとしていて、話しかけても返事をしなかったりする理由が何となくわかった気がした。彼はいつもこの大騒ぎの中にいる。意識をずらしてぼんやりすることで毎日何とか過ごしているんだろう。じゃないとうるさくてやってられない。

「花火の日はさ、海のみんなを避難させなきゃならないんだ」

この町の花火大会の目玉は、水中花火だ。水中に花火を落としながら、全速力で船が進んでいく。水面には空高く上がるよりもはるかに大きく見える半円の花火が現れる。人間にとっては迫力満点の花火だか、近くにいた海の生き物にとっては大問題だ。その花火大会も来年からは中止が決まった。不況がどうのスポンサーがどうのと大人達が話していた。

「今年はいつもより沢山の水中花火があるらしくて、助けて欲しいって頼まれたんだ。だから一緒には‥‥」

「わかった」何をわかったのか自分でもよくわからなかったが、しっかりとした声で岬が話を遮った。一緒にミッションを続けてきた仲間として応援しなければとの使命感と、これ以上困らせるのはガキっぽいなと思い、急に頭が冷静になった。

「ありがとう。わかってくれると思ったよ」涼もホッとして、そんな岬に尊敬のこもった眼差しを向けた。

「そうだ!これ、持っててよ」涼は岬にカピパラのキーホルダーを差し出した。

「まだ一粒あるから、何かあったらこれ使って。そしたら絶対くるから」

どうやって、と言いかけてやめた。何でも聞くのもガキっぽい気がした。

少し考え「鳥?」岬が聞くと「鳥」涼もそう言って頷いた。



岬は高台から一人で花火を眺めていた。涼が今、海の生き物を避難させていることをみんなは知らない。彼と秘密を共有していると思うと少し大人になった気がした。そんな夜の空気を深く吸い込むたびに、自分の中の世界が大きく広がっていった。

**


今年10年ぶりにこの街の花火が復活する。

それを彼に知らせるため、岬はもう一度あの赤い薬を飲んだ。岬が伝えなくても知っているかもしれない、あの時も彼は来たんだから。それでも、あの時の出来事が夢じゃなかったことを証明するためにも、赤い薬を飲んで彼に伝えたかった。自分があの時と変わらない気持ちであることを証明するためにも。

あの時の気持ちって何よ。自分で自分にツッコミを入れた。友情だったのか、恋だったのか。仲間、同志、共犯者、いやそれは違うか。もしかして母性?彼を守らなきゃって思った?



まあ、そんなことはどうだっていい。

いま会って何を思うか。それだけだ。

打ち上がる花火を岬はまっすぐに見つめた。




花火が終わったら、10年ぶりに彼に会う。




(約4000文字)



話の内容はすぐに決まったのですが、この長さを書くのが難しかったー。

今まで書いたことのある410文字のショートショートは、話が通じる範囲でとにかく削るだけ削る作業でした。今回少し長めで書こうとしたら、何をどう書いたらいいのか全くわからず。読むたび書き直してちっとも進みませんでした。初めてショートショート書いた時とおんなじです。どうしたらいいのやら。でもせっかくだから投稿します。期限も迫っているので。

虎吉さんの企画に参加します。

キューブさん、勝手に使ってごめんなさい!
もう一度言いますが、キューブさんの経験とは一切関係がありません。


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