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海外でポスドクをしよう––滞在編(3)

 新型コロナウイルスが引き起こしている問題はまだ継続していますが、国を跨いだ渡航に関する制限は少しずつ緩和の兆しを見せています。海外でポスドクライフを送る予定がある方、または検討している方にとっても、良いニュースが続くことを願っています。

 さて、海外でポスドクをした際の経験についてあれこれ書いていますが、今回はポスドクとしての本業である研究に関連して、独立した研究者になることの話をしたいと思います。

研究者としての独立性

 国内・海外にかかわらず、ポスドクが求められる研究スタイルは、担当プロジェクトや所属やチーム全体の雰囲気によってまちまちです。ただ、全体的に言えば、欧米ではより独立性が求められることが多いと思います。
独立という言葉の中にはさまざまな内容が含まれますが、もっとも核心となる要素はおそらく「自分で責任を持つ」ことになります。
自分で意思決定し、自分で段取りを決め、そして、自分でその結果を引き受ける、ということです。
 「先生に言われたから」という理由だけでテーマを決めたり、先生の指示をもらってから行動したり、そしてそれらの結果に関してもどこか他人事の気分でいたりするのは、せいぜい院生時代で終わりにしましょう。(もちろん、早い段階でしっかりと自分の意思で動ける学生の方もたくさんいることは存じ上げております)。誰かの背後に隠れて雨風を凌ぐのは楽ですが、それではいつまでたっても自分の足で前に進むことも、自分の目で先の風景を見ることもできません。
 しかし、いきなり独立しろと言われてもどうすれば良いかわからない、そんな苦悩もあると思います。以下のいくつかのキーワードは「何から考えればいいか」に対するヒントになるかもしれません。

 なお、研究テーマを決めることは、一研究者として必ず会得しないといけないことですので、敢えてここでは触れないことにします。

目標設定

 まずは、自分の研究人生における目標を、短期・中期・長期に分けて、いま一度考えてみましょう。マインドマップを書いたり、紙に書き出したりすると思考の整理にも役に立ちます。
下には3年間のポスドクポジションを想定して、一例を挙げてみます。
短期目標:ポスドク着任の最初の年度には…
・手元にある一つのデータで論文を書き上げたい
・小さいプロジェクトを1つくらい、データを取り切るまでやりたい
・〇〇学会で発表をしたい
・アカデミック英語のレベルを上げ、議論する時にスムーズに会話できるようにしたい

中期目標:今のポスドクポジションの終盤では…

・論文を3本投稿したい
・競争的研究費を獲得しておきたい
・現地で次のポストが見つかるように、英語での教育経験もある程度積みたい
・同僚や他の大学の人との関係を深め、ある程度自分の認知度を上げておきたい
・周辺の研究者と共同研究を1件実施したい

長期目標:自分が若手研究者の段階を終え、中堅研究者になった頃には…
・どの国のどのレベルの大学で、安定したポストを獲得したい
・論文や著書を安定したペースで産出したい
・業界での認知度をさらに上げ、学会で一定の仕事を担ったり、学術誌のエディターとして活躍したい
・学生や院生の指導も滞りなく実施したい。

 なお、筆者自身は長期目標から短期目標に向けて書き始め、また途中で戻って修正するという順番の方が好みですが、各人が好きな順番で書くといいと思います。

 重要なのは、このように目標設定を具体的に書いていくと、どの方向でどれくらいの成果を獲得したいのかが整理され、漠然としたイメージがクリアになってきます。そして、目標設定がはっきりしていると、いつまでに何をしないといけないかが明らかになってくるので、タイムスケジュールが組みやすくなります。

研究人生と研究のタイムスケジュール

 独立した研究者はもちろん自分でスケジュール管理をします。ここでいうスケジュールとは、上記に書き出した研究人生における目標を実現するためのスケジュールと、より具体的な研究活動の段取りの両方が含まれています。

研究人生のスケジュール

 研究人生としては、明確に年限や目標が決められている学生時代が長く続いてきたのですが、ポスドクになる段階から明確なレールは無くなってしまいます。ポスドク雇用の期限が決まっているとしても途中で移動はできますし、目指せる職種も研究系大学教員、教育系大学教員、企業等の研究職などと、バラエティ豊かになります。先の見通しが不明瞭になるうえ、選択肢も増えてしまうので、非常に戸惑う人も現れるでしょう。道路で運転をしてきたのに、急に道なき野原でカーナビなしで運転することになったような感覚です。
 しかし、スケジュールなしに行き当たりばったりに進んでいくと、いずれ詰んでしまう可能性が大きいので、おすすめできません。特に博士号取得後7〜10年が経ち、若手研究者から中堅の段階に入る段階になると、それまでの積み重ねの違いが大きくなってきます。そのため、早い段階で目標を設定した上で、目標実現のスケジュールを立てるのも、独立した研究者としての重要な一歩になります。

研究のスケジュール

 一方、より実務的な面では、独立した研究者としては、研究プロジェクトのスケジュールを立てることも求められます。学振などの科研費申請書を書いた経験がある方ならわかると思いますが、プロジェクトを実施する際には、最終目標に向けて一歩一歩逆算してスケジュールを立てる必要があります
 趣味でやる研究なら自由に時間を費やしても問題ないのですが、研究費をもらっていればもちろん締め切りがありますし、研究者人生を進めるためにも、限られた時間内にちゃんと論文などの成果を上げる必要があります。特に、論文の投稿と査読には時間がかかることも多いので、あまり悠長に構えていられません。
 プロジェクトのスケジュールの立て方は、過去の研究経験(例えば修論や博論の研究)から多少は感覚を掴むことができると思います。しかしプロジェクトが大きくなったり、複数のタスクを並行して進めたりすると、過去の経験だけでは不十分な場合があります。参考が必要な場合は、知り合いの研究者の研究費申請書を見せてもらうのがいいかもしれません。もちろん、計画段階と実際の実施段階ではいろいろ変わってしまう可能性も大きいので、その点は本人の経験を尋ねることも重要です。

書類仕事や事務仕事もオトナの嗜み

 研究者が研究のことだけに没頭し、他のことを一切考えなくても済むことは、ある意味理想かもしれません。しかし現実としては、研究を進めていくためにはいろいろな事務的な仕事もこなす必要があります。昨今では、特に日本の研究者に対しては、過大な事務作業が課されていることが問題視されています。この状況に関しては筆者も問題だと考えていますが、一方では、書類仕事や事務仕事は研究ロジスティックの一部としての側面も忘れてはなりません。
 純粋に研究関連の事務作業だけをみても、倫理審査手続き、経費の支出計画や会計手続き、リサーチアシスタント(RA)などの研究補助者を雇用するための会計・人事手続きなどがあります。大学は部署間の連携によって運営されていますが、これらの書類は部署間の連携にとっては必要なものです。
少なくとも現在の状況下で、研究を滞りなく進めるためには適切な時に適切な手続きを進めることが必要であることは間違いありません。実際、ポスドクの期間にいろんな書類仕事に接することは、その背後にある大学機構運営の方法やロジックを学ぶ機会でもあります。また、自分が教員として研究室を運営する際や、大きな科研費プロジェクトを運営していく際に、さらに学務の責任を担う場合には、より複雑なことをこなしていかないといけませんので、早いうちに慣れておくのも悪いことではないでしょう。
 抵抗感にとらわれるよりも、将来の自分への投資として考えて取り組むのが良いかもしれません。

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