超短編:片付けメガネ
目を固く閉じた老人が語りかけてきた。
目を閉じてるのに、メガネをかけている。不思議ないでたちだ。
「あなたは、押し入れやタンスから見覚えのないものを発見したことはないだろうか。
名前もしらないキャラクターのキーホルダーやら、やけにカラフルなクリップ、何につかうのかわからない謎のプラスチック、コートのボタン、靴紐みたいなリボン、などなど。
いつからここにあったのか、まったくもって思い出せない、しまった覚えもないもののことさ」
ええ、ありますよと夫人は答え、老人は続けた
「そりゃ覚えてなんていないはずさ。もとからあなたのものじゃないのですから。
見覚えのないものたちはみんな、片付けメガネによって、あなたのタンスに片付けられてきたのですよ。
片付けメガネは見たものを片付けられる不思議なメガネ、見たものをたちまちにタンスにしまってくれる。」
それは便利ですね、と夫人が相槌を打つと老人は怒りだした。
「便利なもんか!世界中のどのタンスにしまったのかは、メガネにしかわからないんだよ!片付けたが最後、取り出せやしない。」
どんなものでもしまうことができるんですか?
そうだね、私も大切なものをしまってしまったんだ。50年ものあいだ、片付けてしまったものを探している。
50年、ずいぶん長いこと経ちましたね。
そうだな。
そろそろ目を開けてもいいんじゃないですか。
いや、まだ見つけていないんだ。
ほんとうに人の家のタンスからこっそり抜け出すのは大変でしたよ。
夫人はコロコロ笑う。
まさか…
そう。50年ぶりですね。
老人は、ハッとなって立ち上がり、目を見開いた。
しかし、視界の先にはひだまりにイチョウの葉が舞うばかり。誰かがいる様子はない。
老人はメガネをとり、目をこすって「近頃耳が遠くてね、幻聴が聞こえるんだ」とベンチに腰掛けなおした。