超短編:海のない町
「うち、明日海の日なんだ!!」
「いいなぁ!うち小さい海しか買ってもらえないからな」
「遊びにくる?」
「え!やったあ!いくいく!」
タケルがバイト帰りに歩いていると、制服の小学生たちが楽しそうに通り過ぎていった。
窓がギラギラと太陽を反射している。夏だ。
海かぁ・・・・。
タケルは海を見たことがない。
いや、正確いうと、この世界にはもう海がない。
大昔には地上の7割は海だったというが、現在の海といえば、高額なプラスチックのボトルに入れられている人工海だけだ。
もちろん開封すればそれなりの大きさにはなるらしいが、庶民に手の届くようなものじゃない。お金のないタケルにとって海なんてとても縁遠いものだった。
ある日、橋の下で開封済みのボトルが落ちているのを見つける。いつからここにあったんだろうか、ボトルは汚れていて、ところどころ凹んでいる。
海のボトルだ。しかし、初めて実物を見るタケルは使いかたがわからない。
どうやって海にするんだろう・・・・?
ボトルを覗き込んで目をはなすと、あたり一面に水が広がっていた。
空には白い生き物がアーアーと羽ばたいている。遠くから人のような声がする。
カラフルなシャツに、靴底に紐を付けただけの奇妙な履物をはいている。
「そんな格好で遊びに来たのかい、海が似合わないねえ!」
とその人は豪快に笑う。靴に砂が入っちまうだろう。
「まあ・・・・海なんて見たことないし、庶民の手が届くようなものじゃないでしょうよ」
むくれていると、ここが海さとその人は言った
「海はだれのものでもない。こんな大きいもの、手に入れられるわけがないだろう」
たしかに。目の前に広がる大量の水はどれだけボトルを持ってきても入りきりそうにない。これが海、そして、ここが島。
波がザザーンと輝くと、タケルはもとの橋の下に戻っていた。
あの汚れたボトルはもうなかった。なんか疲れていたのかもしれない。
歩き出すと、靴の中がジャリジャリと鳴った。