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Vol.2 万能なシステムエンジニアを目指して日々精進

大学院生または大学院修了生にインタビューを行い、個々人の研究生活や将来への想いに迫る本企画。2人目は、筑波大学の大学院博士1年生の一倉弘毅さん。高専を専攻科まで卒業した後、修士課程に進学し、映像中で豚のくしゃみを自動検出する研究を始めました。研究及びインターンシップでの経験から、システムエンジニアを自分の進むべき道として見定め、研鑽を積む日々を送る一倉さん。研究内容と将来の展望について、お話を伺いました。


 一倉弘毅:博士1年 。群馬高専の専攻科を卒業後、筑波大学の大学院に進学し、病気の豚を映像から自動的に検出する見守りシステムの研究開発に取り組む。研究の傍ら、スタートアップ企業でのインターンシップなどでシステムエンジニアとしての経験も積む。

※以下記事の取材は、一倉さんが修士2年生の時に行いました。

 豚の見守りシステムの開発を目指して

--一倉さんは、高専から直接大学院へ進学されたのですね。
一倉さん:
高専には、本科の5年と、専攻科の2年、計7年間通いました。卒業後に進学したのが、現在所属している、筑波大学の音響システム研究室の修士課程です。

--高専では、何か研究をされていたのですか?
一倉さん:
高専では音声合成の研究をしていました。ヒトの声から初音ミクのようなボーカロイドの音声を作る研究です。それが今は、映像から豚のくしゃみを検出する研究になりました。

 --豚のくしゃみですか!その研究を選んだ決め手は何だったのでしょうか?
一倉さん:
研究している人がそもそも少ない上に、養豚と映像解析という異なる2つを掛け合わせる研究なので、新規性が生まれやすいという点に惹かれたんです。それと、高専でやっていた音声合成の研究とも、信号処理という点では近しい分野で、自分の興味にも近かったので選びました。

--なるほど。では次に、豚のくしゃみを検出するという研究の目的を教えてください。
一倉さん:
養豚産業が抱えている課題のうちの一つに、飼育環境の高密度化があります。高密度化の何が問題かと言うと、豚が病気に罹りやすくなってしまうんです。風邪を引いている人の周りに密に人がいると、病気が広まりやすくなるのと同じ原理ですね。豚が罹患する感染症にはいろいろありますが、僕らが注力しているのは呼吸器感染症で、中でも豚インフルエンザに着目しています。

 厄介なのは、どの豚が豚インフルエンザにかかっているのか判断しづらい点です。今は基本的に目視で見定めているのですが、その道のプロである養豚農家さんでないと病気の豚を見極められないのが現状です。とはいえ、プロの眼に頼りきりの管理には限界があって、最近だと2022年に茨城県の農場で豚熱のために豚が一斉殺処分されたことがありました。

 そうした背景の下、僕たちの研究室は、音声や映像から豚の健康状態を推定する、豚の見守りシステムを開発しようとしています。

 --豚の病気をより早く、正確にキャッチするために、テクノロジーの助けを借りるのですね。そこで豚のくしゃみが重要になるのですか?
一倉さん:
そうです。それぞれの豚のくしゃみをシステムが自動検出できれば、病気の兆候にいち早く気づけるはずです。研究室ではこれまで、音響データから豚のくしゃみを検出する研究に注力していたのですが、音響データだけではくしゃみをした個体を特定できません。そこで僕は、録画した映像中の豚の動きから、個体別にくしゃみを検出しようとしています。


豚のくしゃみの検出:胴と顔の動きを分ける

--さらに具体的な研究内容についてお伺いしたいのですが、豚がいろいろ動く中で、どのようにしてくしゃみの動きを検出するのでしょうか?
一倉さん:僕が着目しているのは、胴の動きと顔の動きの相関です。豚のくしゃみを調べるにあたって、まず、豚の動きをくしゃみとそうでない運動と合計6種類ほどを比較しました。調べたところ、この中でくしゃみだけが、胴と顔の運動に大きな特徴がありました。
 
--つまり、胴と顔の特徴的な動作を検出できれば、それがくしゃみだと推定できる、ということですか?
一倉さん:そうです。今はそのためのシステム構築に向かって一歩ずつ前進しています。まずは、映像の中で豚の色を抽出するフィルターを作成し、それにより映像中の豚を自動で検出できます。そこから豚の重心位置を計算し、豚の移動を追跡していくことが可能で、ここまではすでに実現済みです。現在は、機械学習を使いながら、豚の動きを顔と胴で切り分けて検出するシステムの実装に取り組んでいます。

養豚場の様子を撮影した動画で、豚の顔(赤枠)と胴(青枠)で切り分けて検出するイメージ

--すごいですね。顔と胴の動きからくしゃみを検出しようというアイディアは、どこから湧いてきたのでしょうか?
一倉さん:研究の過程で、機械学習を用いるために豚舎の映像をたくさん見る必要がありました。それを見ていた時に、くしゃみは顔と胴の動きが関係していそうだと、ふと気づいたんです。そこから、顔と胴の動きで区別出来たら面白そうだと思いました。

--一倉さんが多くの映像を観察したからこその発見ですね。顔と胴の動きを区別して、くしゃみを自動検出できるシステムが開発できた後、その次のステップは何でしょうか?
一倉さん:現在開発中の映像解析手法では、音響データの解析に比べて、くしゃみを検出する精度は劣ると思います。その点は、音響データの解析と、僕が取り組んでいる映像解析手法を、うまい具合に組み合わせていけたらと思っています。

それからもう1つ、これは養豚農家さんにヒアリングして最近分かったことなのですが、一口に豚のくしゃみと言っても複数の種類があるようです。大まかに言えば、いわゆる「くしゅん」というような比較的短いくしゃみと、低い音で「ぜーぜー」と呼吸するようなくしゃみがある。深刻なのは後者なのですが、今まで解析していたのは前者の軽いくしゃみの方だったことが分かりました。2つのくしゃみをどう区別して検出するかが今後の課題になると思っています。が、修士研究で取り組むのは時間的に難しいので、取り組むとすれば博士研究になる予定です。

--ということは、博士課程に進まれる予定ですか?
一倉さん:はい、博士課程に進学するつもりでいます。博士の研究では、音響データと組み合わせることも含めて、くしゃみの検出の精度を高めていくことが何よりの目標になります。加えてもう一つ挑戦したいこととして、難しいために手があまり出されていない、リアルタイム解析可能なアプリケーション開発にまで手を伸ばせたらと思っています。


何でもできる万能なシステムエンジニアを目指して

--博士課程のその後の進路について、考えがあればお聞かせください。
一倉さん:博士号を取った後は、システムエンジニアとして働くことを考えています。

--システムエンジニアを意識されたきっかけは何でしたか?
一倉さん:以前、イベント運営に興味があり、スタートアップの起業家が集まるイベントのスタッフをしたことがありました。その時に、システムエンジニアを欲している話をたくさんの方から聞いて、人材が足りていないのだと実感したんです。僕は研究でシステムエンジニアと近いことをやっていますし、本腰を入れてやってみようかと考え始めました。システムエンジニアという具体的な職業を意識したのは、それがきっかけだったと思います。 

--イベントを通して、社会のニーズを感じ取ったわけですね。現在、博士への進学を希望されていますが、修士卒ではなく博士卒のシステムエンジニアを目指す理由は何かありますか?
一倉さん:博士進学に気持ちが向いたのは、間違いなく長期インターンシップの影響です。今もシステムエンジニアのインターンシップをしているのですが、その企業はスタートアップかつ外資系の企業で、そこでの経験から海外の事情もいろいろ見えてきて、海外だとエンジニアもドクター(博士号)を持っているのが標準的だと知りました。それなら博士課程に行ってドクターをとろうと思ったんです。

--研究室の外でもいろいろな情報と経験を積んだ上で、将来のビジョンが浮かび上がっているのですね。研究とインターンシップでは、求められる能力も変わってきますか?
一倉さん:インターンシップでは、自分のシステム開発能力がまだまだと痛感しています。研究では、システムがどう動くのかだけを考えて、システム開発過程の一部分だけしか触れてきませんでした。しかし、インターンシップを通していろいろ調べていくと、システムの開発には、例えばOS(オペレーション・システム)に合わせたプログラミング言語の選択から行う必要があったり、研究開発では触れて来なかった話がいろいろと出てきます。システムエンジニアとなると、そうしたシステムに関する話の隅から隅までを把握しながら開発できる方がいいと強く感じたので、自分がこれまで触れて来なかった部分も重点的に鍛えようとしているところです。

--研究の傍ら、インターンシップの中で、すでにシステムエンジニアの道を歩み始めているのだと感じました。こういうシステムエンジニアになりたいといった、目標はありますか?
一倉さん:何でもできる万能なシステムエンジニアになりたいですね。技術的なことで言うと、システム開発の上流から下流まで、どこでも担える技術を身につけたいです。それから、システムエンジニアだからと言って、お金の話に疎いようではいけないと思っています。ビジネスの話や交渉も自分で担えるような、システムエンジニアがいいですね。

--システムエンジニアとして携わりたい分野や業界はありますか?
一倉さん:そこはなかなか悩みどころでして。というのも、スキルが身に付くほど選択肢が増えていくので。今は、希望する分野や業界の種類を絞ろうとは思っていないです。日本に限らず海外であっても、自分にとって面白そうなネタとビジネス課題があれば、そこで働きたいと思っています。

--お話を聞いていて、何でもできるエンジニアとして活躍される一倉さんの姿が目に浮かぶようでした。今後のご活躍、期待しています!

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社会で求められている事と、自分に出来る事の狭間で道を見つけ、コツコツと歩みを進める。インタビューを通して浮かび上がったのは、そんな一倉さんの姿でした。何でもできるシステムエンジニアになるという言葉には、強い説得力を感じずにはいられません。エンジニアとして一倉さんがどのような活躍をされるのか、今から楽しみです。


取材:田中萌奈、細谷享平
執筆:細谷享平


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