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「(つづき)内視鏡検査をした②」〜大人の思い出〜

検査室のドアを開けた。目の前には大きなモニター、左にも小さなモニターと医療機器の数々。右側にはベッド。そしてそのベッドの奥に医者と看護師らしき人の影が見えた。

「あ、す、すみません、よろしくお願いします」

私はびっくりするくらい声が裏返ったが気にせず言い切った。顔を上げて医者の顔を見てギョッとした

女医さんだった

だから何だと言われそうだが勝手な思い込みで、さえないもっさり系の男の医者を思い浮かべていたのだ。だって私のお尻を無情にコネコネしたりグイグイしたりする人なのだから…それがまさか女性とは!

「あっ、はーいどうぞー」女医さんと看護師さんはとても自然な笑顔で、オドオドして入ってきた私をやさしく受け入れてくれた。私は初めてスナックに連れてこられた田舎の専門学校生のような気分で、胸の高鳴りがばれないようニヒルな微笑を保ち続けた。

女医さんも看護師さんも私を丁寧に扱ってくれる。きっと恐怖感を与えないようにしなさいという病院の方針なのだろう。それでもうれしいものだ。

「では、ここに横になって、膝を抱え込むようにしてくださいね」

女医さんのいう通り私はベッドに横になった。なるほど膝を抱えるようにすることで、この私のお尻に内視鏡の管が入りやすくするのだな。ちょっと緊張してきた。

「はーいでは、肩に注射打ちますねー。腸の動きを和らげて痛みが少なくなりますのでね」

看護師さんは私の肩にアルコールの付いたコットンを塗りたくってる。もうここまできたらどうにでもしてっ!私は一切の身体をこの二人にゆだねることにした。そうせざるを得ない状況である。

ゴリッとした太い注射を打たれた。まもなく意識が「ほわっ」としてきて、なんか目に映る全てが「あんかけ料理」のようにもってりしてきた。女医さんを改めて近くで見てみると50歳くらい。意識が朦朧とする中「吉永小百合」に見えてきた。看護師さんは「観月ありさ」というところか。ばちが当たりそうな贅沢な配役である。

「ではお注射も効いてきたようなので、失礼しまーす」

女医さんはそう言って検査用パンツの穴から丸出しになった私のお尻の大事なところに、ねっとりしたゼリーを指で塗り始めた。手加減はさすがだ。まずは周りからやさしく攻めてきて、徐々に中心に向かってくる技法である。ついに中心に来たその時、

「先生、優しくしてっ!」

そんな言葉が浮かび危うく叫びそうになった。

「痛かったら言ってくださいね」

女医さんはそう言って力強くグイグイと私の中に指を入れてゼリーを塗りたくっていく。私はぎゅっと目をつぶる。

「よし、ではいきますよー」

そう言って手際良く今度は「管」の先を入れてきた。冷たかった。そのあとはもうどんどん奥へ入っていき、管が今どこにあるか感覚が追いつかないほど。なすがままの私である。

看護師さんはしきりに「はーい、このモニターで見ていきましょうね」そう言っては私の内部を見せようとする。なぜそうするのか分からないが、とても見ている余裕などない。人類がもっとも無力になる瞬間とはこの「内視鏡検査中」なのではないだろうか。たとえ総合格闘技界の最強ストライカーと言われたミルコ・クロコップであっても、意識が朦朧とする注射を打たれ、女医さんの手技によってお尻の奥まで管が入れられた状態となればもう反撃は無理であろう。

そのうち「あーこれね」とか「なるほど」とかいう言葉を二人の間で取り交わしているのが聞こえ始めた。「ACさん、これ見てください、これ」看護師さんがしきりにそういうのでチラッとモニターを見てみると、

キノコのようなデカいものが見えた

「えー?なんですかこれ!」思わず言ってしまった。なんか絶対ヤバそうなものである。

「いえいえこのキノコのようなところは問題ないです。それよりこの横の小さいのがポリープですね。この細胞をちょっとだけ取りますねー」

そうなの?さっきのデカいキノコは問題ないの?なんかよく分からないけどそういうことなんだと納得するしかない。今思えばあのキノコ、注射のせいで見えた幻覚だったのかな?そんなふうに自分の中に納めている。

「はい、終わりましたので抜きますね。楽にしていてください」

グューン!!!

すごいスピードで管が抜かれた!ちょっと!いくら何でもそんなに急に引っ張らないで!ひどいっ。腸とお尻がジンジンする。泣きたくなったが、すでに検査後の片づけを始めている二人の雰囲気にのまれ、私は乱れた検査着を整えスリッパをはいた。お尻にはまだ少しの違和感がある。

「あ、ありがとうございました」

私はフラフラしながらも素直に感謝の気持ちを伝えた。ところが女医さんと看護師さんはびっくりするくらい素っ気なく、機器を片付けつつ背中を向けたまま雑な感じで「お大事に」それだけであった。

えーっなんでー?

あんなに一緒にガンバッテきたじゃないか!それなのにあんな冷たい最後なんて。急速に現実世界に戻ってきた私は未開の恥部をささげ、いっときでも心を許した自分が恥ずかしくなってきた。早々に着替え無言で病院を後にした。

後日通知が届き、結果的には良性のポリープであったためひと安心であった。

しかしながらあの内視鏡検査の甘くほろ苦い経験は忘れることができない。なんせ妻にも見せたことのない大事な部分を許したのは生涯であの女医さんだけだから。医療上の検査だからといえども「内視鏡検査」を通じて新しい私の領域を身体で教えてくれた人には変わりないのだ。

元気にしてるだろうか、あの女医さん。

ではまた。

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