「奴がやって来た!」〜大人の思い出〜
今日は決して来てはいけない奴が家にやって来た話をしたいと思う。
なんの変哲もないのどかな日、私と妻はリビングで昼食後のまったり時間を過ごしていた。まぁYouTubeでも見て休日を楽しもうかななんて考えていた。ところがキッチンにいた妻が静かに私に何か言いに来た。
「何かいる。あそこに…」
妙に小声で聞き取りにくいが、その奥に恐怖が見え隠れしている。
「あれ!あそこに、何か黒いのが…」
妻は窓を指差している。
私はどうせ蛾とか蜘蛛、悪くてゴキブリだろ、なんて思いながら見に行った。
「うぉ!」
完全なるコウモリだった。
網戸のすぐ外にぶら下がっている。さっきまではいなかったので、今来たばかりであろう。イメージよりは小さめで約15㎝ほど。色はやはり真っ黒である。人間の間では何かと悪い役回りが多い生物であるが、良く見てみるとナカナカ可愛い顔をしている。モグラみたい。しきりに顔や翼をこすってきれいにする仕草を繰り返していた。こんなに近くで見たのは初めてだった。まるでカブトムシを食い入るように観る小学生のようにのぞき込んでしまった。
しかし何故うちの窓に来たのだろうか。しかも一匹だけ。群れからはぐれたのだろうか。そんな想像を巡らせていると
「早くなんとかしてー!仲間を呼んだら大変だからー!!」
妻はのんきに鑑賞してる私にイラつき叫んだ。しかしなるほど「仲間を呼ぶ」か。確かに超音波などを使ってたくさんのコウモリ軍団を呼び寄せ、うちの窓に一列に並んだことを考えると「ゾッと」した。ヒッチコックの映画に出てきそうなシーンである。
しかしどうしたらいいのだ。私は虫との戦いは数多く経験してきたが今回のは手強い奴だ。いつものティッシュ箱では到底戦えない。水責め?輪ゴム銃で?煙で?…そうだ!あれがあった
ハッカスプレー!
そう、あのスースーする奴である。以前虫除けのために作っておいたのが少し残っていた。私はそれを持ってコウモリに戦いを挑んだ。
コウモリはまだ顔を拭いたり翼を広げたりしている。そのシルエットはまるでジュディ・オングだ。その妖艶さに闘志が折れそうになったが、私の後ろには妻がいる。止めるわけにはいかない。ジュディ・オングよ、すみませんー!
プシュー!!
一発かけてみたが、コウモリはあまり気づいていない感じ。「?」みたいな顔で相変わらず全身のお手入れに忙しい。今度は多めに
プシュープシュー!!
一瞬コウモリの動きが止まった。そのあと「どわーっ!」と急激に暴れ出しワヤクチャになって最後はポトリと下に落ちていった。そのあとは恐怖感なのか罪悪感なのか私は下へ見に行くことはできなかった。ごめんよ、コウモリ。私にはお前を弔うほどの器すら持っていないのだ。許しておくれー。
3年ほど経った今でも、夜の帰り道は時々空を見上げるようにしている。奴が仲間を連れて仕返しにくるような気がして。
ではまた。