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【下巻】「有るはずのモノが無かった話」~タクシー運転手の思い出~
【上巻】「有るはずのモノが無かった話」~タクシー運転手の思い出~からの続きです。
もう最後の手段だ。
通りかかる車を止めて、近くのガソリンスタンドまで乗せてもらいジャッキを借りる!それしかないっ!
そのことをお客さんに伝え承諾を得ることができた。つまりこのタクシーの中でひとりで待ってもらうことにしたのだ。幸いなのはほろ酔いでうつらうつらしているため、寝ながら待ってもらえること。念のため鍵をかけておいた。
よし。はじめてのヒッチハイクだ。
私は道路わきで「とにかく緊急だ!助けてくれ!」という感じを醸し出し派手にアピールした。しかし世の中そんなにあまくない、全然止まってくれない。考えてみると夜中の3時だ。こんな時間に絶望の淵から蘇ったような顔の男が、暗闇のなか手を挙げて迫ってきたら、そりゃ猛スピードで逃げるでしょ。テレビ番組の恐怖体験エピソードに投稿されたとしてもおかしくない。
それでも10台目くらいの車がなんとか止まってくれた!気の優しそうな会社員である。事情を話すと近くのガソリンスタンドまでなら乗せてあげるというのである。もう神様以外の何ものでもない。私は心で手を合わせた。
幸いにも車で15分くらいのところにガソリンスタンドがあった。明かりもついている!私は乗せて
くれた男性にお礼を言って、走り去る車に深く頭を下げた。
ガソリンスタンドには従業員が一人いた。その人に事情を話してジャッキを貸してほしいと伝えた。
「いや、ジャッキはあるんすけど、この大きいタイプしかないんですわ。すんません」
へ!?
指さす方をみると、整備工場などでよく見かける両手で押し上げるタイプの「どでかいジャッキ」である。とても持っていけない…はぁぁぁ
再び絶望
いったい私はどうなってしまうのだろうか。神様聞こえてますか!もういたずらはよしてくださいっ!
まがいなりともタクシー運転手として真面目にやってきたつもりが、一瞬で魔界に引きずりこまれちまった。私が何をしたっていうんだー!!
結局また自分のタクシーに戻るしかないのか?歩いたらどのくらい時間がかかるだろうか。しかも戻ったとしてもそれからどうする??
打つ手なし。
すっかり魂が抜けたハニワの顔で、ひとり道を歩くしかなかった。
その時、背後からぼんやりだが見覚えのある配色の車が近づいてくるのが見えた。それはなんと
うちの会社のタクシーだった!
私は思わず道路に出て
両手を高く振った!!
この時にラジオ体操が役に立つとは思わなかった。私は救世主が過ぎ去ってしまわないようきれいな弧を描きながら全力でアピールしたのだ。体育の先生ありがとうー!
タクシーは私に気づき減速して目の前に止まった。そして
「AC君?何してるのーこんなところでぇ!」
顔見知りの年配おじさまドライバーであった。何もない道路を歩いているタクシー運転手の制服を着た男である、尋常じゃない事件があったに違いないと親身になって聞いてくれた。
私はアメリカの学園ものドラマで大失恋した女学生のように、辛かった出来事を半狂乱で話した。
すぐに置き去りのタクシーのところまで乗せてもらい、ジャッキを借りてタイヤ交換をした。そしてようやくお客さんを目的地まで送り届けることができた。時刻は朝5時近かった。私は今までの人生で一番深いお辞儀をした。
この通り、とにかく私の人生は失敗が多い。しかし言い換えればこうした失敗を何度も乗り越えてきた人生ともいえる。では乗り越えるたびに成長し私という人間に深みが増しているのだろうか。そこが分からない。確かなことはお腹の肉が確実に増していること。ご飯がとてもおいしい。
ではまた。