
深淵の呪いと恋にも似た血の味
帰り道が分からなくなって
しばらく途方もない道のりを歩いていた
そうすると後ろから
肩をトントンとされた気がした
左を振り返ってみると誰もいない
「こっちだよ」
右から声がした
ハッとして右を見ると、声がしたはずの場所には
誰もいない
「こーっち」
声の主にグイッと頭を両手で掴まれ前に戻された
その子は赤と黒を基調とした特徴的な制服を見に纏っていて、肌が異様に白く、深い深い紅の瞳をしていた
すると彼女はこう言った
「君、可愛い顔してるね。食べても、いい?」
ピンク色の小さい唇の後ろから白く尖った太い太い牙がこちらを覗いている
と、そう確認しているうちに目にも止まらぬ早さで彼女は僕の首筋に噛みつき、僕は頭が真っ白になり立っていられなくなった
頭の中の血管を駆け巡る血が熱を帯びて快楽と呼べる全ての感覚を研ぎ澄まし刺激を与え続ける
痛いのか、苦しいのか人間的な感覚すらもよく分から無くなるほどの滾りようだった
こんな気持ちよかったことはこれ以降人生で1度も起こらなかった
1度たりともあの感触味わいを僕は忘れられなくなった
それからというもの
僕は水を飲んでも
飲んでも
飲んでも
喉が潤うことは無かった
あの日、僕が僕でなくなった日
3日間僕は喉の乾きに耐え続けるしかなかった
ご飯を食べても味が薄くてまずい
飲み物もいくつか試したが
喉を通る液体の感触だけで潤う様子を見せない
それでいてずっと空腹だ
お腹が空きすぎて空きすぎて頭がおかしくなった
でも僕は自分が何になったのか、あらかた想像が着いた
あの日の彼女の姿を思い出せば容易な判断だった
自分の姿を隠し続けて4日目の早朝
郵便ポストに一通の手紙が届いていた
封筒も便箋も真っ黒、文字は白く刻印されていた
「今日の放課後過ぎに 三階の空き教室で
貴方を待っている 」
そう手紙には書かれていた
その文字の下には
赤い血が 1滴 滲んでいた
僕は冷や汗をかきながらやっとの思いで授業をやり過ごし、放課後すぐ約束の場所へと向かった
ガタンッ
勢いよく扉を開けた
そこは遮光カーテンのせいで真っ暗で何も見えない
そう言えばここは元々モニター専用の部屋だっけ
映画を見るためにかなり深めの黒い遮光カーテンが設置されていた
目が少し黒に慣れてきた頃
教卓に腰かけている人物の後ろ姿が見えた
「あらあら、放課後”過ぎ”と言ったのに
もう来てしまったのですね。」
ゆっくりと彼女はこちらを向いた
「あの時の!!!お前、お前のせいで僕は!」
「あら、あなた。道に迷ったと思っているの?
ふふ、お馬鹿さんね。私には道に迷ったのではなく、死に場所を探して途方に暮れるようにみえたのだけれど」
何を知ったような口を と思ったが
心当たりが多すぎて吐き気がしてきた
僕にはいつも一つだけ机と椅子が用意されていた
それも、端っこに
居るようでいないような
いてもいなくても変わらないような
必要になることなんて この先 無いよと言われている気がしていた
どうせ一人きりの居場所で生きてたって
何も楽しくはない
どこかで僕は消えたがっていたのかもしれない
必要ではないとさえも言われない自分に
嫌気がさしていたのかもしれない
悲劇の主人公でいられた方がよっぽど救われていたのに
彼女の言葉で思い出した
そんな潜在的な自分を
救うのを諦めていた意志を
そうか僕は死にたがってたのか と
「随分と考え込んでしまっているようだから、先に結論を言うわね。
あなたの肉体はもう死んでいるわ。半ゾンビ化している。
もし本当に新しく生きる道が欲しいのなら…」
そう言いながら彼女は制服のリボンを解き
ボタンを2つ3つ外してこう言った
「私の血を飲みなさい」
「そうすれば、私のところでずーっとずっと、
いっしょに楽しい時間を過ごせるわ
あの退屈で億劫な寂しい場所なんて捨てて
こちらにおいで?」
ずっと欲しかった言葉がちりばめられた羅列は
ひとつ
ふたつ
みっつ
突き刺してきた
まるで彼女の牙で心臓を撫で回されているような
弄ばれている感覚がした
もう僕の半分は吸血鬼 片割れの人間の部分を
捨ててしまえばいい
断る理由なんてひとつもなかった
あの時彼女がしてきたように
僕は彼女の首筋に噛みつき
幼い牙をむき出しにして貪った
「ふふ、まるで母のミルクを吸う赤子のようね
よしよし いい子いい子」
彼女は僕の頭を優しく撫でながら
頬に涙を流していた
段々と身体の血管に彼女の血が侵食していき
内側から金槌で殴られるような激しい痛みを覚えた
目が熱い、熱くて仕方がない
まるで充血しきった時のような目の乾きだった
身体中が彼女の遺伝子を拒否しようとしているようだったが
呆気なく僕は彼女色に染ってしまった
そのまま僕は反動で気を失った