サンキュー・フォー・ザ・ミュージック
「マンマ・ミーア!」という映画が好きだった。
ABBAの曲が全編に流れる最高に楽しいミュージカル映画。
この映画を好きなのは、映画自体が楽しく素敵なこともあるけれど、
やっぱりABBAの曲が使われていることが大きな理由。
しかも24曲も!
ABBAの曲を聴くと、中学校一年の時の初恋を思い出さずにはいられない。
ABBAと初恋が強く結びついていて、マンマ・ミーア!を見ている時に
ずっと初恋のことが思い出されてどうしようもなかった。
僕は中一の時の初恋の相手の誕生日、当時の住所、電話番号、家族の名前を54歳になった今でも覚えている。
そんな初恋とABBAの話しです。
僕の初恋は中一の時、同じクラスの浅田洋子さん。
ヨッコと呼ばれていた浅田さんは宇宙戦艦ヤマトの森雪によく似ているべっぴんさんで、髪はショートカットで茶色がかっていて、そばかすがあって胸は小さめ。
何がきっかけで好きになったのかはよく覚えてはいないが、いつの間にか浅田さんのことを好きになっていた。
僕はラブレターを書いて浅田さんに渡した。
「僕は浅田さんのことが好きなんだけど、浅田さんは僕のことをどう思っていますか?」
といった内容だったけど、返事は
「ごめんなさい、今はまだ好きではありません。
でも決して嫌いではないんです。
だからこれからも仲良くしてください」
(記憶が正しければこの文章のまま)
という返事だった。
この返事をもらった僕はすごくがっかりして落ち込んだりするようなことはまったくなく、仲良くしてほしいと言われたことが嬉しくて嬉しくて、
正式に本人から許しが出たのだから思いっきり仲良くしちゃおう、
などと思って喜んでいた。
付き合いたいとは思わなかった。
付き合うということがどういうことなのか理解していなかったようだ。
ただ好きだということと、仲良くしてくれることがとても嬉しくて、
僕は浅田さんが好きなことを隠すことなくクラスの友達に公言していた。
浅田さんはそんな僕とどういうわけか本当にすごく仲良くしてくれて、
両想いになれない悲しさなんか、僕には何もなかった。
だってものすごく楽しかったから。
クラスに松崎という、いわゆる不良の男がいた。
学校の不良の先輩にかわいがられていた松崎は、先輩を後ろ盾にしてクラスの男子をいいように使い始めた。
松崎の言いなりになる友達たち。
教室が松崎の思うままに荒れ始めてしまい、授業がまともに進まない。
松崎の言うことを聞かない者は、他の男子全員からいじめられた。
松崎と先輩が怖かったからだ。
僕と親友の中村くんは、そんな松崎に従わなかった。
通りすがりに僕らを蹴飛ばしす走り去る級友たち。
なかには「ごめん」と小さい声で謝りながら蹴飛ばす友達もいた。
誰も松崎からの命令に怖くて逆らえなかったのだ。
それでも僕と中村くんは松崎に反抗し続けた。
松崎の命令には一切従わなかった。
すると松崎の矛先が、僕らから浅田さんに向かった。
ある日浅田さんは、クラスの男子全員から泣くまでからかわれ、いじめられた。
筆箱を壊され、カバンに牛乳をかけられたりもした。
僕と浅田さんのことを、ここでは書けないような性的な言葉や絵で、黒板に大きく書かれてしまった。
それを見て教室を飛び出す浅田さん。
中学一年の女子がこんな仕打ちをされたら、耐えられるものではない。
僕のせいだ。
僕が浅田さんを好きなことを、調子の乗って友達に話したりしたことで、
浅田さんが傷付いてしまった。
教室にいられないほどの酷い仕打ちを受けてしまった。
それでも松崎に抗議することは出来ない。
なぜならもっと浅田さんへの攻撃がエスカレートしてしまうから。
僕は何も言えなく、何も出来なくなってしまった。
松崎に敗北してしまったのだ。
どうやって浅田さんが傷付いた罪を償おう。
浅田さん、ごめん。
その日の夜に、浅田さんから家に電話が来た。
母親から「浅田さんから電話だよ」と言われた僕は、浅田さんから責められることを覚悟した。
おそらく嫌われてしまったのだろう。
もうクラスで話しをしないでほしいと、頼まれるはずだ。
ちゃんと謝って、浅田さんとはもう話しをするのをやめよう。
そう決心して電話に出た僕に、浅田さんは教室から出てしまったことを僕に謝ってきた。
「なんで謝るの?悪いのは俺のほうだよ」
そう言った僕に浅田さんは、泣いたのは死んだ犬を思い出したからだとか、
黒板に書かれたことはなんにも意味が分からなかったから何とも思ってないとか、明らかな嘘をつく。
「今まで通りに仲良くしよう」
と言ってくれた浅田さん。
「そんなことしたら松崎たちに何をされるか分らないよ」
そう言う僕に浅田さんはこう言った。
「大丈夫だよ。松崎なんかに負けないで!
明日途中まで一緒に帰ろうよ、ねっ!」
それを聞いた僕は、声をあげて泣いてしまった。
電話越しに僕が泣いているのを知った浅田さんは、声をあげて笑っていた。
中一の少年の無邪気な初恋は、浅田さんのやさしさで大恋愛に変わった。
それからしばらくして、親友の中村が松崎とその先輩たちをボコボコにしたことがきっかけで、松崎がクラス全員に謝罪した。
浅田さんと僕はあの電話がきっかけで、今まで以上に仲良くなっていて、学校が休みの日は毎週のように浅田さんの家に遊びに行くようになっていた。
浅田さんは吹奏楽部でクラリネット、自宅ではエレクトーンを弾く音楽少女で、僕はギターを始めたばかりの初心者。
そんな僕に浅田さんはコードやベース音やリズムの理論を教えてくれて、僕のギターに合わせてエレクトーンで一緒に演奏もしてくれた。
浅田さんが声楽をやっている親友の中田さんを呼んで、僕と浅田さんの演奏に合わせて中田さんが歌を歌ってくれたりもした。
僕たちが好きだった共通のグループがABBAだった。
演奏するために浅田さんが選んだ曲は
「サンキュー・フォー・ザ・ミュージック」
カポを使ってもコードが難しい。
しかもラストで転調するし。
僕は必死に練習した。
浅田さんも応援してくれた。
浅田さんのエレクトーンと、中田さんの歌と、僕のギター。
初めて演奏が上手くいった時の感動を今でも鮮明に覚えている。
音楽でひとつになることの素晴らしさを、僕は生まれて初めて知った。
浅田さんが音楽の素晴らしさを僕に教えてくれた。
なぜ僕と浅田さんは付き合わなかったのだろう。
僕は変わらず、いや以前よりもっと浅田さんを好きになっていたし、
浅田さんも僕のことを友達として好きだったはずだ。
ただ僕に恋をしてないことも、よく分かっていた。
きっと両想いでないのに付き合うことは間違っていると、中一の僕はそう思っていたのだろう。
恋人同士になることを僕が求めたら、浅田さんを困らせることもきっと分かっていた。
僕は浅田さんが好きだということを、友達の前でも口に出さなくなっていた。
春に新しい中学が開校することが決まっていて、僕が住む学区はその新しい学校だった。
中二になったら僕は今の学校から移ることになる。
浅田さんは今の学校のまま。
浅田さんと別れることを思って、家では何度も泣いた。
でも浅田さんの前では、いつも楽しさが寂しさを上回っていた。
浅田さんと一緒にいる時の僕は、ずっと笑っていたはずだ。
学年が終わる2月頃になると、離れ離れになるクラスの友達同士みんなと、サイン帳の交換をした。
浅田さんは僕に最初のページを書いてもらいたかったようだが、
僕は最後のページに書かせてほしいとお願いをした。
誰にも見られたくない、書きたい言葉があったからだ。
僕も浅田さんに書いてもらうために、最後のページを残していた。
それぞれのサイン帳の最後のページに、それぞれの最後の言葉を書けることがとても嬉しかった。
寂しいけど、嬉しかった。
僕は浅田さんへのサイン帳に、今までの思い出と感謝を綴って、
ラストの一行にこう記した。
「最後に一言 大好きだ!」
この言葉の下に小さい字で
「鉛筆で書いたから、見たくなくなったら消してもいいよ。でも消さないでね」
と、これも鉛筆で書いた。
思いを届けたいけど、もうあの時みたいに泣かせるようなことはしたくない。
中一の少年の、精一杯の気づかいのつもりだった。
どうしても、大好き、の言葉を届けたかった。
本当に本当に大好きだったから。
サイン帳を浅田さんに渡した翌日に、学校の下駄箱の前で、僕の帰りを浅田さんが親友の中田さんと一緒に待っていた。
浅田さんは泣いていた。
中田さんが泣いてる浅田さんに代わって
「ヨッコ、嬉しかったんだって。
ありがとうって言いたいんだよね」
と言ってくれた。
泣きながらうなずく浅田さん。
浅田さんが僕のサイン帳を渡してくれた。
浅田さんの別れの言葉が書かれている僕のサイン帳。
サイン帳に書かれていた言葉を、今でも僕は一語一句すべて覚えている。
水色のページに紺色の文字で書かれたその言葉も、花の縁取りを描いてくれたことも、ページを開くと香ってきたその匂いも、
今でも何も薄れることなく僕は覚えている。
僕と浅田さんの誕生日が近くて同じ星座なこと。
浅田さんのお兄さんと僕の名前が同じなこと。
一緒にいると笑ってばかりだったこと。
二人とも音楽が大好きで、ABBAが好きなこと。
そんな二人のことがいくつも書かれていて、
そして最後にこう書かれていた。
「このクラスあまりいいクラスじゃなかったけど、絶対に忘れないで!
そのクラスの中に、そばかすがあってあなたに迷惑ばかりかけていた人がいたことも、絶対に忘れないで!
私も忘れません、とてもいい人がこのクラスにいたってことを。
きっと忘れられないでしょう
PS ABBAのサンキュー・フォー・ザ・ミュージックを聴いたら、私のことを思い出してください」
映画「マンマ・ミーア!」を映画館で見ながら、楽しいなあ、なんだか懐かしいなあ、浅田さんどうしているのかな、
なんてことを思いながら、ずっとサンキュー・フォー・ザ・ミュージックが流れるのを待っていた。
でもいつまでたっても流れない。
そしてラストシーンになってしまった。
ラストの曲も違う曲。
映画は楽しかったけど、残念だな。
なんでかからないんだろう、あんなにいい曲なのに。
そう思ってがっかりしていたら、エンドロールで流れた!
サンキュー・フォー・ザ・ミュージックが!
やっぱり素敵な曲だ。
初めて音楽でひとつになる素晴らしさを感じさせてくれた曲だ。
浅田さん、僕はずっと音楽と一緒に生きてきたよ。
ずっと音楽を愛し続けてここまで来れた。
音楽が無かったら、きっと僕はここにはいない。
浅田さんとの初恋が、僕に恋の素晴らしさを教えてくれた。
浅田さんとの演奏が、僕に音楽の素晴らしさを教えてくれた。
ありがとう、浅田さん。
ありがとう、音楽。
Thank You for the Music!
Thank you for the Music /アバ(歌詞付き)