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拝啓、

立夏を過ぎて、新緑の香りが清々しい季節になりました。
シェフ、ご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいますか?

ゴールデンウイークに入ってから、夏の様な日差しに出会えたり、急な雨に降られたり、お天気も世の中もなんだか落ち着きませんね。。
私は晴れたタイミングを狙っての散歩が日課なのですが、街の緑が夜の間に水分を溜め込んで、翌朝お日様が出てくるのと同時に溜め込んでおいた水分と緑の香りをムワッと放出させていくこの時期がたまらなく好きです。実はお散歩の途中で貴方のお店の前に立ち止まって、元気な姿をこっそり確認しては通り過ぎて行く…というのがなんとなくクセになってしまってます。



あれから何年経つでしょうか。



貴方のお店に行けなくなってしまってから。。



私が貴方のお店を初めて知ったのは、私が社会人になりたての頃でした。その頃の私の楽しみといえば、「月に一度の少し背伸びしたお店での外食」でした。1ヶ月前から計画を立てて、それを楽しみにして毎日の仕事を頑張るんです。当時同棲していた彼も食いしん坊だったので、2人でカレンダーに大きく赤丸をつけて、カウントダウンをするほど。「あー、あと○○回寝たら美味しいご飯だね」なんて。
なんとなく近所を彼とお散歩していた時、ちょうど時期的に今の様な陽気でしたでしょうか。私はTシャツにパーカーを羽織っていて、外はあたたかい緑の香りが漂っていたような記憶があります。ふと左を見ると新しいお店がオープンしている事に気がつきました。小さなフランス国旗がはためき、赤くて可愛い扉、外には大きな観葉植物がたくさん置かれ、スライドする大きなガラス張りのお店。きっと天気の良い日は窓を全開にして、外の空気が観葉植物の間を通り抜けて、気持ちよーく店内に流れ込んで来るんだろうなと想像しました。価格も行きやすい金額。一目見てとても行ってみたくなりました。それが、貴方のお店です。

その後、すぐに「来月のご飯会、ここにしよう!」と電話をかけ、予約したんです。


ドキドキの初来店。あの赤い扉を開けると、カラコロカラン…と可愛い鐘の音が私達を迎えてくれました。そして小さなテーブルが3つ4つ、そしてカウンター。すぐ見渡せるほどの10数席のコンパクトな店内。

「いらっしゃいませ」

と出迎えてくれたのは、なんと大柄で立派なヒゲをたくわえた男性!!
山賊か!?

これがシェフとの「初めまして」でしたね。ごめんなさい。森のくまさんにしておきましょうか。手書きで書かれたメニュー、そしてワインリスト。ご夫婦で営まれていて、奥様のサービスはとても居心地が良くて、温かい。まるで実家にいるような感じ。お料理はもちろんどれも美味しかったです。しかもボリュームたっぷり。彼との会話は「来月はどこのレストラン行く?」「シェフのとこ!」「だよね!!」そんな感じで月1で必ず訪問していましたね。予約の電話をかければ声ですぐに「○○さんですね♫」と気がついてくれました。お互いの誕生日もお祝いさせていただきました。可愛いケーキ覚えてますよ。クリスマスにはシェフがサンタさんの帽子をかぶってサービスしてくださいましたね。奥さんがすかさず、「ヒゲ生えた泥棒みたいなサンタさんでごめんなさいね」と言ったことも覚えています。コース料理とは別にアラカルトで何品か頼むと、「なに?今日は良いことあったの?お祝いですか?」なんて言ってちょこっとオマケしてくれたのですが、「あ…特に何も…単純にお腹ペコペコだったので///」なんていう恥ずかしいやりとりも覚えてます。勝手に、私たちカップルを息子娘のように可愛がってくださっているような気がしてました。こんなに温かいサービスをしていただいたのは初めてで、こんなに通いたくなるお店も初めてでした。レストランはただ美味しいお料理を食べるだけの場所ではないと教えてくれたのは貴方達ご夫婦です。そういえば言ってましたよね、「お客さんの顔が見える所で料理をずっとしたかったんだよ。喜んでる顔が見たくて。」と。まさにサービス精神旺盛な貴方の心からのことばだなぁと思いました。


昔の記憶というのは、ふとした瞬間に現れて、消え、そしてまた現れて、日々せわしなく動いている私を少し立ち止まらせ、そして冷静にしてくれます。忘れかけていた懐かしい記憶が、それまでチクチクしていた心の棘を1本づつ柔らかくしてふやかして自然に落としてくれることもあります。その思い出はまだまだ色鮮やかで驚くこともあります。大事に取っておいた証拠だな、と、思うんです。そういえば、懐かしい気持ちって、なんで涙が出ちゃうんでしょうね。彼と別れる前に最後に一回だけ「シェフのご飯食べたい」と、わがままを言いました。

それを最後に私はお店にお伺いできずにいます。今もなお。。

全く想像だにしておりませんでしたこの世の中の状況。予想外に手にしてしまったこの空白の時間で、私は家族や友人、お世話になった人や素敵な経験も含めて、いろんなことを思い出し、見つめ直しています。出会いは一瞬でも、自分の記憶にはずっと残り続けてます。貴方のお料理、サービス、ほんわかした奥さんとのやりとり、いつも美味しい季節の野菜ポタージュ、大きなお皿なのに貴方が持つと小さく見えてしまうこと。たくさんの幸せをお料理に乗せて貴方は届けてくれました。ありがとうございます。本当に本当に素敵なお店です。大好きです。本当に、大好きです。素敵な思い出がたくさん詰まっています。随分と長い間、この素敵な記憶を宝箱に入れて置いたままにしてしまいました。鍵をかけて取っておくのは勿体無い。こんな時期だからこそこじあけて、これからまた紡いでいこうと思っています。微力ではありますが、私は貴方のお店の力になりたい。変わらない場所でずっとご夫婦揃って元気にお店をやって欲しいのです。

私も結婚し、毎日穏やかに暮らしています。相変わらず食べることが大好きで、食べる量も変わっていません。変わったことといえば、お酒の量が少々増えた事くらいです。

お店、最近テイクアウト始めたようですね。ぜひ利用させてください。
ヒゲに白髪が混じってきた貴方に会いに行きます。


時節柄、どうかどうかお身体だけはお元気でお過ごしくださいますようお祈りいたします。
                                                                                                                           敬具

令和二年五月六日
                                                                                                             kimono


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最後まで読んでいただきましてありがとうございます。ぼんやりと考え事をしていたら、なんかこんなことを考えてしまって、居ても立ってもいられずnoteに書きました。好きなお店へのお手紙です。本当に大切にしたいもの、大好きなものに私自身を注いでいこうと、このコロナ禍で改めて思いました。黒ワインさん、キッカケをありがとうございます。

#わたしの食のレガーレ #接客 #レストラン
#お手紙




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