連載小説『ヰタ・セクスアリス・セーネム』三章 キャバ嬢(五)
る 西本の講義も佳境に入ってきた。<結局キャバ嬢とジイってどうなのか>という論点だ。いい時間になったので、和美が出かける時につくっておいてくれた夕食をチンして、西本とビールを飲みながら話は続く。
和美が戻ったら、こんな話はご法度だ。だが、女子会が盛り上がってまだ、帰っては来ないだろう。西本の話の続きは十分聞けそうだ。
思えば、和美との四十年近い夫婦生活は、今や単調な日常の繰り返しで、それなりに平和で穏やかな空気のようなものなのでよいことだと思う。
だが、反面、昔のような刺激や変化が不足しているので、何か物足りなくないと言えばうそになる。なのでか、和美の外出回数も増えてきた気味がある。一時、ペットでも買おうかと話しあったこともあるが、譲渡側の審査に引っかかって、高齢者には敷居が高いと聞いた。
高齢者夫婦は存外そんな感じなのかもしれないが、少なくとも健一の家庭よりはまだぬくもりがありそうだ。しかし、あくまで健一が折にふれてしゃべる彼の家庭状況の説明を真に受ければのことだが。
話をもどそう。以下は順平と西本がまとめたレポートだ。どこに公表するものでもなく、自分たちのたどりついた結論をメモデータにして保存したものだ。
キャバ嬢とジイに関する一考察
レポートbyた・にし(田所順平&西本健一)
これまで見てきたとおり、案外相性がいいのかもしれない。嬢とジイの話だ。お互いの不足を補い合う、<win win>の関係を構築できているのではないか。嬢の方は、マネーが足りていない。普通のバイトでは得られないだけの収入を<稼げるバイト>。そう捉えているからこそ、キャバ嬢はひきも切らず、なり手にことかかない。
ジイの方は、嬢とふれあうことで寂しいこころに慰めや癒しを得ることができる。現役世代の生々しさやギラギラ感も卒業して、半分枯れたジイは、嬢にとってもある面、安らぎの元かもしれない。
「よって、嬢がかるーく「ジイ、かわいい!」と言ったときに、ジイの方では心拍が上がり、自律神経の亢進が上半身はもとより特に下半身、なかんずく下腹部近辺にまで伝わっていく。
これらは、医学的には病的な反応ではなく、健康的な反射現象であることから、ジイのからだと心に好影響をもたらすのだ。
そのため、ジイの方でもそれに応えて「嬢、かわいい!」と思わず口をついて出る。これには止めようがなく、ジイは自分の発した言葉にも自ら反応して、相乗効果でプラスのスパイラルがここに誕生するのである。
まことにもって、幸せな出会いというほかはない。
和美が女子会から帰ってきたのは夜の10時頃だった。リビングで順平と西本がソファーにもたれかかり爆睡していた。テーブルには、夕飯の皿とビール瓶数本がカラになっていた。
少年のようなふたりの寝顔を見て和美は、つい思った。ジイ、かわいい。
知らぬがほとけとはこのことか。和美は順平たちの活動の中身をまだ知らないのだ。
荒木俊雅 / note さんの画像をお借りしました。
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