1993年のオーストリア・モーツァルト №2〈たびだち №2〉
1993年7月、転職のはざまに2週間の自由(失業)期間ができて、これはチャンス。リュックを背負ったエコノミーな個人旅行で、憧れのオーストリアへ行きました。
今年はちょうど30周年、当時はスマホはもちろんなく、携帯電話すら一般にはまだ普及していなかった時代。世の中随分変わりましたね。
旅行中の日記がこの『旅日記』の元ネタです。写真も交えて旅のあれこれを思い返しながらつづっていきます。そんな、よしなしごとにお付き合いいただければ幸いです。
たびだち♪ №2
1993(平成5)年7月11日(日)のつづき(大阪空港、985便メニュー)
出国カウンターへ行き出国審査。パスポートと搭乗券を見せて出国カードにスタンプをもらった。もう日本国内ではない。出国待合室で免税店をちらっと見た後搭乗ゲートへ行って待っていた。(※1)
と、自分の名を呼んでいるので何だろうと思い名乗ると〈荷物チケット〉に間違いがあったので確認させてほしいとのことらしい。
なるほど……、航空券の裏に貼ってあるチケットを見ると、ザルツブルクまで荷物が届かないようになっていたので訂正してもらった。ほっと胸をなでおろす。(※2)
11時30分ごろアナウンスがあり乗り込んだ。スチュワーデス、スチュワード数名がてきぱきと世話してくれた。周りは大半が日本人であった。しばし日本ともお別れだ。
大阪の街を上空から見ていた。しばらくあって飲みものの時間。ビールを頼んだ。おいしい。こんどは食事。和洋折衷で蕎麦もおいしければチーズもいい。(※3)
飛行機のトイレへ初めていったがその合理的なつくりにおどろく。スクリーンで「ホームアローン2」など上映していた。ヘッドホンで音楽いろいろ。日本の流行曲など聴く。(※4)
――つづく――
※1 いまの伊丹空港は、国内便のみの発着。かつて自分がすわった席も、今はただの国内便用の席。それをみるにつけこの旅行のことを感慨深く思いだします。
※2 間違いの原因や、誰のミスだったのかわかりません。もし、間違いのままだったとしたら、たぶん旅行は悲惨なものになっていたでしょう。まあ、結果オーライでした。
※3 旅行中も食事がおいしかったことが記憶に残っています。どの店でも普通に出てくるのが、オーストリア・アルプスの天然水。これが清冽でおいしかった。当然、料理の味にも影響するのでしょう。
※4 失業中とはいえ、日本に戻れば大企業の関連会社に就職が決まっていたので、憂いの影もなく心行くまで旅行を楽しむことができて幸いでした。
※標題画像は、モーツァルト生家の看板です。
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