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ショートショートよりショート。

✳✳✳

春のカフカ



その日は3月なのに暑く、
かなり遠方へ出張で田舎の高速道路を走るのに、

窓を少しだけ開けて車内を涼しくしていた。


ゴツン!と窓ガラスに大きな石が当たったような重たい音がした。

彼氏が言ってたな、
高速道路では窓を開けないこと、って。
こういうことか…
それにしても私1台しか走ってないのにこんな大きな石がぶつかるものか?と。
相当田舎だからこういうことも珍しくないのかな。


高速を降りて仕事現場に行く前に
お昼ごはんを食べようと お店の駐車場で止まる。
と、後部座席に小鳥が…。


あ、あの音は小鳥が激突した音だったんだ。
田舎では小鳥がカラスや車に激突して死んでしまうことがたくさんあるそうだ。

しかも今日はかなりの強風…。
大丈夫かな…
窓ガラスは四隅がそのまま開いているけど出られなかったんだね。
痛いだろうに…。
暫く脳震盪でも起こしていたのか静かだったので 全く気づかなかった。

モスグリーンの小鳥。

メジロ?
なんだろう。
後で調べたら鶯だった。

モスグリーンなのでグリーンから取り、

「ぐりちゃん」と呼ぶことにした。

まだ少しだけクチバシが黄色くて、巣で餌を待つ様に口を開けている仕草をけっこうする。

暑いからとにかく水を飲ませなくてはと思い、
仕事先のお客さんのところでストローをもらうがなかなか飲ませる時間がない。
仕方なく少し早めに仕事を切り上げて高速に乗る。

しかし、三連休の中日で混んでいて早く帰れない。

野鳥のことを調べたら、役所の環境課や保健所に連れていかなければいけない。
けれど今日は土曜日。
月曜日になったら役所に電話して、預かってもらうまで面倒みようと思った。
もとの場所に連れていくにも高速道路の中だった。


帰路の高速道路では、車内で飛んで回ったり肩や頭、手に乗ってくる。
野鳥なのによく懐くことが不思議だった。

車内でぐりちゃんに話しかけたり、ビートルズや自分で作った完成したての歌を歌いながら遊んで帰っていた。

その時、やっと仕事で嬉しい契約の知らせがあった。
ぐりちゃんと逢う前にもラジオ局から私の音楽を聞いてみたいという連絡もあった。

それを彼氏にも伝えると、
幸せを呼ぶ鳥なのかもと。

私は それよりも 野鳥は繊細なので体調が心配だった。

自然に返さなきゃ。

帰宅して早速、息子とペットショップへ小鳥の餌を買いにいった。
車内では、今度は息子の頭に乗って寝ている。

鶯は ひときわ警戒心が強く、なかなか懐かないらしい。

家に着き 水と餌をあげる。
水をたくさん飲んだ。
餌も少し食べた!
よかった。
ぐりちゃんは少ししたらもう寝ていた。
私が家事をして音をたてているのに。


夜が明け、

翌朝ぐりちゃんはまだ寝てる。
こんなに人が近づいてるのに。
「ぐりちゃん」と小さな声で呼ぶと 少しモゾモゾした。
車内の時から、「ぐりちゃん」と呼ぶともう反応するようにはなっていた。
糞の形跡もあり安心した。

そのまま朝の家事を続けていたけれど まだぐりちゃんは起きないが、呼ぶとやはりモゾモゾする。

息子が起きてきたので
「ぐりちゃんまだ寝てるんだよ、疲れちゃったのかもね」と話をしていた。

暫く時間が経ち、息子が「本当によく寝てるよ」と言うので ぐりちゃんを見てみると、ひっくり返っていた。
「ちょっと! これ寝てるんじゃないよ!死にそうなんだよ!」
と突然すぎてどうしていいかわからない感情で息子に言った。


「え…」
息子の表情も凍りつく。
急いで籠を開けて ぐりちゃんを掬いあげると、目を閉じたまま…体温はまだ感じられるまま動かない。

ちょっと待ってよぐりちゃん!




ぐりちゃんは硬くなってしまった…。


さっきまで生きていた命が、私たちの居る空間で消えていたなんて…。


餌が悪かった?
水に塩素があるから?
ストレスかけちゃったから?

私は私を責めた。

どの対応が適切だったのだろう…

あのまま何処かに逃がしてたら生き延びていたのかな…。

何を考えても もうぐりちゃんは戻ってこない…。



ぐりちゃんを、出会った街の何処かに戻してあげよう、、、

私はぐりちゃんをタオルに包んで 車に乗せた。


本当は今日、籠では狭いだろうと車に乗せて ドライブに行って また歌ったり お話したりしようとしていた。

今日もまた強風。

束の間だったな…。


ぐりちゃんのお墓、どこにしよう…。


あの田舎街の地理はあまり知らないけれど、1つだけ大好きな場所がある。
それは小さな小さな島。
私はこの場所がとても気に入っていた。

そこにしよう!

私は息子一緒にぐりちゃんを返しに行くことにした。

「ねぇ、ぐりちゃん。森じゃないけどいい?
ぐりちゃんは海って知ってる?まだ飛び立ったばかりだから知らないでしょ?
小さな島があってね、私、そこが大好きなんだ。そこに連れてってあげるからね」


息子とぐりちゃんを車に乗せ、数時間後小さな島に着いた。

休日だからか人が意外に多かった。

ぐりちゃんをタオルで包みながら、話しかけながら島を歩いて行った。
綺麗な海だが、強風でかなり波が荒く、波しぶきがすごい。

人が居ないところへ行き、ぐりちゃんに海を見せた。

「ぐりちゃん、ごめんね…。
ありがとう…。
ぐりちゃんはこれから天国に行って、いつか今度はにんげ…  …」

人間になってお友達になって遊ぼうね。

そう言おうとしたけれど、

もしかしたら人間なんかにならない方が幸せかも…と思い、
言葉を詰まらせた。

でもどうなんだろう…

私は人間に生まれて苦しいと思っていた。
けれど、それでいいというか…
いけないんだけど、
それでも辻褄合わせて生きてる自分がいる…。

ぐりちゃんには続きの言葉は言わなかった。

ぐりちゃんは親から離れて、寂しくて怖くて、こんな人間に会って死んでしまって…。

 「ぐりちゃん、これが海って言うんだよ。水がいっぱいあって、動いてるんだよ。」

そう言っていたら、波しぶきが私の顔を濡らしてくれて 涙が隠れた。

この島はもう、鶯の囀りが聴こえていた。
その声を辿って、1本の大きな木に辿り着いた。

仲間がいるね。
寂しくないよね、きっと。

人が居なくなるのを待ち、大きな木の 大きな根っこのところにぐりちゃんを寝かせて落ち葉の布団を作った。

「ぐりちゃん、ここにまた来るからね」
今度は波しぶきは庇ってくれなかった。

落ち葉に涙がポタポタ落ちた。

息子は終始無言。

いつも彼は言葉より心が深いから、

今もこれを受け止めているのがわかった。


こんな小さなぐりちゃんは 私に幸せをくれたから…
私は、もらった幸せを膨らませて…いって…いいかな…。


車に戻り、ドアを閉めた。

ふわっと ぐりちゃんの羽根が舞った。




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