「厳重に監視された列車」ボフミル・フラバル
本文は109ページ。中編小説。
舞台は二次大戦末期のチェコ。ドイツの敗北はもはや明白なものになっていた。
と書くと暗い話を連想するが、途中までは実に愉快な話だ。
小説の途中まで筋らしい筋はない。
主人公は駅員の青年。
共に働く人々は鳩の羽まみれの駅長に電信嬢のおしりにハンコを押しまくった操車員。駅長の妻は年に4度かんしゃくを起こす。
それから僕の切ない(彼は早漏(本文"エヤクラーシオ・プレコクス")なのだ)マーシャとのラブ・ストーリーがある(このマーシャに尿瓶の中身が降りかかるシーンはあまりにかわいそうだった)。
しかし突如彼には大役が与えられる。「厳重に監視された列車」に時限爆弾を仕掛け、ドイツ軍の補給を断つ役回りだ。
そして最後、彼は列車のドイツ兵と相打ちになる。ドイツ兵は「母ちゃん、母ちゃん、母ちゃん!(本文"ムッティ")」と叫ぶ。彼の子どもたちの母親―彼の妻を呼んでいるのだ。
この兵士の手のひらに主人公がお守りの四つ葉のクローバーを押しこむシーンが筆者の記憶に残っている。
ユーモアの背後には乱雑に扱われる家畜―羊は飢えから互いの毛皮を食っている―の姿、ドレスデン爆撃から逃げたドイツ人たちなど、戦争が損なっていく命の風景が語られている。
ドレスデン爆撃ではカート・ヴォネガットの「スローターハウス5」が連想される。時空間をまたぎ続けるビリー・ピルグリムの物語の背後に戦争の悲惨が語られる。
この小説でも動物の悲惨なエピソードがある。
ビリー・ピルグリムが馬車を何気なく使っているのだが、その馬はひづめが割れ、喉が激しく乾いていた。
戦争中何を見ても泣かなかったビリーがこのとき初めて涙を流す。
村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」でも動物園の動物を殺す―名目は猛獣が空襲で脱走すると危険だから、実際は国民の戦時下意識を強める目的だったという―話が出てくる。
思えばあのピカソ「ゲルニカ」も動物たちの姿が印象的だ。
戦争のなか無意味に殺されていく動物たちは、あるとき人間と見分けがつかなくなるのかもしれない。