着物、はじめました。(その17・ヤフオク狂騒曲)
・・・・あなたは。
ヤフーオークション、通称・ヤフオクで、欲しいものを競り落とした事がおありだろうか?
私は、ある。
喉から手が出るほどに欲しいものを、競り落とした事が、ある。
いや、詳細に説明すると、最初は「喉からちょこっとだけ手が出てる程度に欲しい」だった。それが、オークションが進むにつれ、「喉からガッツリ腕が飛び出るほど欲しい」になっていったのである。もはや、化け物である。オークションは普通の中年女を、一瞬で化け物に変える力を持つ。
昨年、夏。
猛暑の中、私は薄ぼんやりと考えていた。「結城紬」について。そう、結城紬、である。
着物好きの方々からすれば「出た出た出たwwww」な案件かもしれない。
なにしろ「着物好きならいつかは着たい、結城紬」である。
着物にハマるようになって、初めて知った、結城紬伝説。
「身体にしなやかに寄り添う着心地の良さ」「着るたびに味わいが増す」「三代着て、味が出る」「洗い張りをすると光沢が増す」
「金持ちは使用人にしばらく着せてから洗い張りして、それから自分が着るらしい」「寝巻きとして散々着てから、外出着にする」などなど・・・・聞いてるだけでワクワクさせられて「一体どんな着物なんだよ!?」と、私の好奇心は激しく揺さぶられた。
とはいえ結城紬、皆さんもご存知の通り、とんでもなく高価なシロモノである。私がチャラっとネットで見かけたやつは、反物価格が125万とかであった。きっと、もっと高いものも存在するのであろう。リサイクルでもけっこうなお値段がしてたと思う。
私は「身の丈に合わない着物」は着たくない派なので、まぁ結城紬とはご縁がないだろうな、と思っていた、その矢先である。
・・・・・・ネットをチンタラ眺めていたら、ヤフオクに「サイズもちょうどピッタリ、色味も自分好み」な結城紬が出品されてるのを発見したのだ。
しつけ糸がついたまんまの、シブめな若草色の結城紬、証紙付き。
確か、8千円くらいでスタートしていた気がする(記憶・曖昧)。
「このくらいの値段だったら、手が出ない事もないよな・・・」
ゴギュっと思わず唾を飲み込む。
落札締め切りまで、あと4日ほどだったか。
「・・・これは・・・・・出会ってしまったのだろうか?」
散々、逡巡してから、私は「入札」と書かれた部分を、ドキドキしながらクリックした。
というわけで、そこからはもう、時間を追うごとに、普通の中年女が化け物と化していくわけである。
とにかく、チョコチョコちょこちょこと入札状況に目を光らせる。
喉から「ちょこっと手が出ている」状態が、どんどん、ニュウ〜と腕が飛び出し、眼光も鋭くなるという化け物進化形態。
結果から先に言うと、この結城紬は、見事私が競り落としたのだが、落札価格は1万5000円もしなかった。確か、10数人がこの着物を狙っていたのだが、どうやらこの時の入札者、皆、全員ケチだったのか、値段の上乗せもジリジリと数百円単位で、突然値がつり上がるという事がなかったのは幸いであった(というか、私は今回初めての経験だったので、普通はどうなのかよく分からないのだが)。
てなわけで、落札締め切り最終日、あれは確か夜の10時頃だったか。
最後の挑みをかけるべく、私はハイボール片手に、パソコンの前を陣取った。入札の流れに睨みをかけながら、ハイボールをグビグビグビグビ。
そうこうしてるうちに、徐々に「この着物が本気で欲しい!!!」と思ってる相手との、一騎打ちのような駆け引きになってきた。
「これはもう、私の本気の念を送るしかない!!!!」
そう察した私は、やおら椅子から立ち上がり、パソコン画面に向かって、本気の声を発した。
「うちの子に、おなり〜〜〜〜〜!!!!!」
ここはもう、直接、件の結城紬に念を飛ばす作戦である。
「うちの子になったら、楽しいよぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!」
「うちにいる子達、みんないい子ばっかりだから、すぐに仲良くなれるよぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「キミに合う帯、いっぱいあるよぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜!!!」
「みんな、待ってるよぉぉぉぉぉ〜〜〜〜!!!!」
パソコンの前で生霊を飛ばしまくる私に、子供ら(3人)からはブーイングの嵐である。
「うるせーんだよ!!」「何やってんだよ!!」「うるせー!!バカじゃねーの!!!」(←バカかもしれん)
とにかくギリギリまで念を送った。そして、送り続けながら最後のギリの所で私は2千円上乗せした、その直後。
パソコンの画面から「カンカンカンカ〜〜〜〜〜ン!!!!!」と激しい鐘の音が鳴り響き、「あなたが落札者です」という表示が出た。
「やった!!!!やったぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「うるせーーーーーー!!!!」「うるせーんだよ!!!!」
・・・・・翌朝、私は、もの凄い二日酔いで目がさめた。
さて、こんな成り行きで私は、件の結城紬を落札したわけだが。
「それってホントに本物なの〜〜〜???笑」と思ってる読者様もいらっしゃるだろう。いや、私もどうなんだろう、とは思っている。いくら証紙付きとはいえ、なんか安かったし。よく分からんが、結城紬にもピンからキリまであるらしいから、キリ系のシロモノだったのだろうか。でも、そのへんはもう、どうでも良かった。なにしろ「あの子が、うちの子になってくれた」、それだけでもう、十分嬉しかったのである。
眉間にシワを寄せながらの、私の激しい念を浴びたあの子は、もはや「呪物」と化した状態で、数日後に配送されてきた。
その後、秋も深まった頃、対談の仕事が入って、私はさっそくその結城紬を着る事にした。
しつけ糸をプツプツ外しながら「ようやく日の目が浴びられるね〜」「アンタ、生まれはいつよ?」と、自然と声をかけてしまう。「あら〜、この帯、似合うじゃない」「こっちの帯も合うんじゃないの〜〜?」・・・・私は着物を前にすると、どうも頭のおかしい人になりがちである。
そんなわけで、対談当日。
駅に向かう途中から、何故か私はもの凄い緊張感に襲われていた。
対談相手は、前もってお互いやりとりしてた女性なので、彼女に対する緊張感ではない。自分でもそう自覚してるのに、何故か呼吸もどんどん荒くなり、脚までめちゃくちゃ震え出す始末。そのせいで電車降りる時もよろけそうになるし、これは一体どうした事かと思ったのだが。
これは、怪談・ホラー好きである私の見解。
「私じゃなくて、この着物が緊張してるんじゃないの???だって今日初めて着られて、おもてに出たんだし」
・・・・・私は着物を前にすると、どうも頭のおかしい人になりがちなのである。
というわけでその後、この結城紬を着る機会は何度かあったが、初回のような、原因不明の緊張感に襲われる事は全くなくなったのであった。
きっと、着物自身も、おもてに出る事に徐々に慣れていったのだろう(・・・・だから私は着物を前にすると・以下略)。
さて。
冒頭で書いた、結城紬の着心地、なのだが。
「身体にしなやかに寄り添うような着心地」伝説。
・・・・・シロートなんで、実はそこまで分かりません(笑)。
でもそれよりも、私としては、素敵な着物に出会えたご縁、そこにひたすら感謝である。
あの一件で、私は、ヤフオク運を全て使い果たしたと思っている。
もう、オークションに手を出すことは、二度とあるまい(多分)。