虐待を受けた女の子に会いに行った日のこと
「性的虐待を含む、非常に重い話です。心的影響を受けてしまう方はご遠慮ください。」
イベントのただし書に記された文。覚悟か必要だぞ、と自分に言い聞かせて参加ボタンを押しました。
毎日のように目にする虐待のニュース。
どうしてこんなことを起こしてしまうのか。分からなくて、知りたくて。
開催場所は平和記念公園から徒歩10分のところにある「Social Book Cafeハチドリ舎」。
オーナーの安彦恵里香さんは柔らかい笑顔で、「社会の課題解決が趣味!」と言い切る豪気な方です。その言葉通り、こちらのカフェでは、日々起き、続いている社会の問題に向き合い、考えるイベントがたくさん開催されています。
店主のあびこさん
壁に貼られたイベント一覧
そのなかのひとつが、
「会って知るシリーズ⑦児童虐待を受けたソンちゃん」でした。
「会って知るシリーズ」はハチドリ舎で定期的に開催しているイベントの一つです。シリーズの概要について、安彦さんは以下のように記しています。
「どこか遠く感じる社会の問題も、
当事者に会って話すからこそわかることがある。
自然と身近に感じられる。「知る事で優しくなれる」
誰もが生きやすい社会をつくるには、一人一人が知って優しくなれること、と言う思いから続けている企画です。」
今回の話し手は、幼い頃に実の父親から性的虐待を受けた経験を持つ、ソンちゃんことキム・ソンファさん。聞き手はソンちゃんとプライベートでも親しいお二人。さーちゃんこと高畑桜さん、はなちゃんこと花村浩太郎さんです。
今回は、ソンちゃんの話しやすさを考慮し、部屋の奥に仕切りを設け、その中で話す3人の様子をスクリーン中継で映し出し、それを参加者が見て聞く、という形を取っていました。参加者は、聞き手のお二人の顔だけが見える状態で、ソンちゃんの話を聞きます。
文章を書くお仕事をしていたというソンちゃんが以前書いた、自分の体験を小説仕立てにしたお話を、まずははなちゃんが音読してくれました。
小学校の時、家族が誰もいなかったお休みの日に、父親から性的虐待を受けたこと。その後、何度も何度も何度もそれが繰り返されたこと。その許せない行為を「これは愛なんだから」と父親はソンちゃんに言ってきかせていたこと。ソンちゃんも学校で学ぶまではそれを信じていたこと。お姉さんも父親から虐待を受けていたこと。お母さんは助けてくれないばかりか、お父さんを選ぶ、という発言をしたこと。外から見れば、すごく仲良しの家族に見えるように、みんなで取り繕っている(無言で強要されている)こと。みんなにあなたは悪くないよ、と言われるけど、やっぱりそれでも自分のせいじゃないか、と思ってしまうということ。
その、壮絶な、悲しいやるせない内容にだんだんぎゅうっと周りの空気が張り詰めてくるのを感じました。そして、時に目の前に置かれたお菓子をぽりぽりつまみながら、時にあたたかくユーモアを交えながらの3人の会話は続きます。柔らかくソンちゃんを包むように話すはなちゃんと、そっとそよ風を起こすように、ソンちゃんの話を導いて引き出すさーちゃん。
その後、参加者が何人かずつに分かれて、自分の感じたことやソンちゃんに聞いてみたいこと、疑問に思ったことなどを話し合いました。そしてそれをそれぞれ紙に書いて、ソンちゃんがその紙を見て読み上げながら解答する時間になりました。意見が次々に出てきます。
・日本のメディアでは、子どもが虐待を受けた上、殺されるという悲しい事件が起きたあと、その真相や、なぜ起きたかばかりが報道される。
・今、実際に虐待を受けている子が助けを求めることの出来る施設や、機関への案内が広がっていない。
・起きてしまった事件を報道することも必要だが、その情報は被虐待児には何の助けにもならない。
・地域に子供だけで逃げ込める「寺子屋」のようなシェルターがたくさんあれば良いのではないか。
・シェルターが出来たとして、そういう、逃げられる場所があるんだという情報を、実際に必要としている子にどうしたら届けられるのだろうか。
解決策は出ませんでしたが、少なくともここにいる人たちが一緒に真剣に考え悩んだこと、この体験を持って生きて、行動していくことで、今後、それぞれが小さい声にもっと敏感に気付くことができるかもしれない、救いの手を差し伸べることができるかもしれない‥と思いました。いや、しなければならないと思いました。
最後に、安彦さんが、「ソンちゃん、もう出ようか」と微笑んで仕切りを開けました。
そしてみんなが、ソンちゃんに会いました。
その時の気持ちは、うまく言葉にできません。
ソンちゃんの第一印象は、キュート。
ほっぺがぷっくり、つやっとしていて、太めの眉がきりっと、目鼻立ちのはっきりした、とっても可愛らしい女の子。それまでの、やるせない、苦しい話が、彼女の身にふりかかったことが生々しさを持って更に迫ってきました。だけど、その時その場に生まれたものは憤りや怒りではなく。
私は最前列の真ん中に座っていました。周りの人や後ろに座っている人たちから、この、目の前にいるこの可愛い女の子を丸ごと受け止めよう、包もう、とするあたたかい空気が一気にふわっと広がったのを感じました。
空気が変わった。
その空気に私も包まれました。
ソンちゃんは、この会を開くまでの色んな葛藤を話した上で、それでも「楽しかったです。やって良かった」と言いました。「過去の記憶を塗り替えたかった。今日の記憶だけで1年は持つと思います」。
1年は持つと思います、と。
彼女が幼い頃から心と体をズタズタに切り刻まれたこと。しかもそれをしたのが、一番彼女を守り、愛おしみ、慈しむはずの人であったこと。
ソンちゃんの父親も、彼の母親から虐待を受けていたそうです。己の欲望を通すことが愛だと、彼自身が思い込まされたのでしょうか。生涯をかけて愛する人に出会い、子どもに恵まれても、それは断ち切れなかったのか‥。そうだとしても、それはソンちゃんには何の関係もないこと。どうしてこんなことを起こしてしまうのか、の答えは見つかりませんでした。それでも、行って良かった。ソンちゃんが「楽しかった」と言える場を作った一人になれて良かったと、ただ思いました。
(文責:はらぺーにょ)
※安彦が経営するSocial Book Cafeハチドリ舎で、月に20〜30ほど開催しているイベントをピックアップして、参加者の方にリポートしてもらっています。
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