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厚い、雪の層があってそれが、舗装された道路から除けられて、ずり落ちている。
ずり落ちた先、谷の、ずっと下には、川が流れていて緑色に濁って見える。つづら折りの道が、山奥へと登っていく。
バスは、降ってくる車を、横にそれて待つ、ということを繰り返しながら、つづら折りの道を、登っていく。

SCOTの『トロイアの女』を観るために送迎バスに乗った。僕を含めて六人が乗った。12:00に、富山駅北口のバスターミナルから出発する。
桜が満開の神通川沿いを走って、川から逸れるとバスは、山形と全く似通った国道を走っていく。
それから、山形の村山地方の市町村みたいな、ドラックストアを中心とした住宅街の群れを、4、5個通っていき、それから山道に入る。
利賀川、という川が山頂から流れていて、途中でダムに淀み、庄川に合流して富山湾に注ぐようだ。
利賀村へ至る道路はよく舗装されていて、つづら折りでバスは揺れるが、がたつくということはなかった。
5回ほど、もうそろそろか、と思ってから、さらにもっと山奥へとバスは進んでいった。

利賀の、少年自然の家の一部を稽古場に改装した場所が、会場だった。
SCOTのスタッフが30名ほど先に入場し、それから10名ほどの取材スタッフ、10名ほどの一般客と続いた。
黒いリノリウムが敷かれた剣道場のような空間に、畳敷の列が3列あり、84歳の鈴木忠志が立っていて「詰めて、詰めて」と手振りで示しながら、まるで茶菓子でも振る舞われるかのようにして観客が座っていった。
全員が座るとすぐ、スタッフが「これからトロイアの女を見ていただきます」と言って、鈴木忠志が「本番は1ヶ月後だって言って」と言い、スタッフが追加して「本公演は4月にハンガリーで行われるシアターオリンピックスに招待されていまして、本日は特別にその稽古をみなさんにお見せするという機会になっております。なので、これから1ヶ月稽古があるわけですが、今回はその途中を、特別にお見せするという形になっています、それではお楽しみください」と言い、照明は客入れ状態のまま、すぐに役者が出てきて、それからは悠久だった。

観阿弥と世阿弥、風神と雷神、金剛力士像みたいな役者が、腓腹筋を強張らせて、ギリシャ悲劇をやっていた。
最初に出てきた役者は、一言も喋らず、それはすぐに神や仏なのだと分かる。
劇中、終始、鈴木忠志はかなり大きな声で、何かを言い続けていた。

劇が終わると、鈴木忠志と演劇評論家の本橋哲也の対談が始まる。
「あと2年で死ぬから、喋ることはもうないんだよね」
と鈴木忠志が言う。が、始まるとかなり喋っていた。
最近の国会の様子なども詳しく知っていて、頑固な戦後左翼のような話しぶりだった。
ずっと「演劇」のことを「え↑んげき」と、「便益」と同じ発音で言っていた。

帰りは雨が霧のようになっている中をまたバスで降っていった。劇と同じように厳粛だった。つづら折りの途中で、寝た。

駅前で居酒屋を探したが、年度末で天気も良かったから、良さそうなところは全て予約で満席で、20:30から空くというところを一軒だけ見つけられたので、先にホテルに帰ってサウナに入った。

居酒屋は20:30になっても大盛況で、カウンターの端に座った。
僕の2つ隣も県外の人みたいで忙しい店員に頻りに話しかけていて見苦しかった。僕の隣は県内の常連客だった。ガタイがよく寡黙で、僕とメニュー表を共有することになっていた。
僕はホタルイカと、白海老の刺身、バイ貝のたたきに地酒を合わせて、損をしないように頼んでいたが、常連客は南部美人を続け様に3杯頼んで、さつま揚げを食べていた。店員から「料理足りてますか?」と聞かれて初めて追加オーダーをし、それもコロッケやポテサラ、シューマイ、ソーセージで、ハイボールと合わせていた。

もう一度サウナに入って、寝た。




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