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彼女を送ってから、そのまま材料を買ってきてカレーうどんを作って食べる。ネギの白いところと豚バラを短冊に切って、めんつゆとカレールーで煮込む。ルーが溶けたらネギの青いところも短冊に切って入れる。うどんを湯がいてカレーをかける。早起きしたので、食べたら寝てしまう。
起きてから、免許の更新のため、鮫洲に向かった。普通電車の向かい側の席のおじさんも、免許更新のハガキを持っていて、紀伊國屋のカバーがかかった文庫本を、横にして持って、何かを書き込んでいる。普通電車は特急の通過待ちで思うように進まない。僕も持ってきた文庫を読み終えてしまいそうで、免許センターについてからが心配になってきた。
鮫洲について、老若男女がなんとなく免許センターに向かって集まっていくのを見ていた。鮫洲の駅前は天井が低いような商店が集まっていて、時々新しい飲食店が混じっている。そこを抜けると後は、企業のビルと工場と大きな橋と幹線道路ばかりで、小雨が降って、頼りないような街だった。
免許センターは山形の天童のものと設備があまり変わらないのが不思議だった。一般講習などの受付はもう終わっており、10人前後の優良講習受講者たちが、ほとんど並ぶことなく同じルーチーンを回る。早いのか遅いのかよくわからないような流れの中、視力を測りお金を払う。
いくらスムーズに行っても講習はまとめて取り行うので、そこが律速段階になって詰まる。30分ほど始まるまで待つ。ガラガラだった教室も50人ほど集まり満席になっていく。
講習のビデオでは、子供を交差点でトラックにはねられた女性が、インタビューを受けている映像から始まる。子供が死んだ後になって、子供がイタズラで隠していたアサガオの種が見つかり、それを学校に寄贈して、交通安全のアサガオとして育ててもらった。なんの変哲もない交差点でも事故は起こるのだ、と話していた。
優良講習は30分で終わるので、ザッピングのように事故の注意喚起の映像が流れていく。衝突実験、ハイビームとロービームでの視野の差、そして実際の事故映像。子供が車体の裏から飛び出てぶつかる。曲がろうとした自転車にぶつかる。右折した先にバイクが飛び出してきてぶつかる。自転車はここではイノセントな存在として扱われる。時にはこれは道路の構造が悪いとしか思えないような事例がある。どうしようもなく気をつけるしかない。これら全てを予測するのだとしたら、運転はそもそもできない。本当にどうしようもなかった事例だって、ここには流れていないがあったはずで、それはどうするのか。今日持ってきた文庫本は深沢七郎の『笛吹川』で、そこでは武田家の盛衰に振り回される川沿いの農民一家6代にわたる日常生活が描かれている。大水が畑を石の海にしてしまう。長男がいくさに取られて死ぬ。祖父が粗相を働いて無礼だと始末される。武田家よりお大尽になると恨まれて一家焼き討ちにされる。長男がノオテンキなのをどうすることもできない。ギッチョン籠と呼ばれる家に住むこの家族は、耐えるだけだ。
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