「倶舎論」をめぐって

LXXXII
他に三友博士は、この作者について従来説を紹介・比較し、自らは次のような結論を下した。
 自らDipakara(ディーパ作者)と称した人物は、カシュミール有部系の部派に属していたが、『大毘婆沙論』・『倶舎論』に説かれているカシュミール有部説をそのまま採用してはいない…そして『大唐西域記』に出る伊湿伐羅〔いしつばつら〕の『阿毘達磨明灯論』とADV〔『アビダルマディーパ』〕の論題が一致すること、玄奘以前の480-560頃の在世とを考えて、Dipakara〔アビダルマディーパの作者〕は伊湿伐羅(Isvara)〔イーシヴァラ〕のことであろうと推定した。(三友建容『アビダルマディーパの研究』平成19年、京都、p.806、〔 〕内私の補足)
最近研究された新出写本による作者問題の検討についても触れておこう。李学竹氏は、ポタラ宮所蔵の写本を整理する中で、次のような報告をした。
 Abhidharmadipa〔『アビダルマディーパ』〕の著者に関しては長い間、議論が重ねられ、諸説紛々としており、未だに決着を見ていない。しかしながら、新出写本に含まれる第1章第1節の奥書きに著者名が明記されていたことにもとづいて、著者問題は確定できる。
acaryesvaroparacite abhidharmapradipe virttau vibhasaprabhayam prathamasyadhyasya rupaskhandhavibhago nama prathamah padah samaptah//(fol.20r8)
〔イーシヴァラ先生が著した『アビダルマディーパ』に対する『ヴィヴァーシャープラバ』という注釈において、第1章「色蘊分別」と名付ける最初の偈が成った〕ここにおいてAbhidharmapradipaがIsvaraによって著された点、およびそれに対する注釈(vrtti)が、Vibhasapradipaという名称である点が確認される。著者Isvaraについては玄奘の『大唐西域記』の記述と一致する。(「昔ここで伊湿伐邏(Isvara)論師が阿毘達磨明灯論を著した」大正2087,51巻881b)。玄奘の記述は早くからドゥヨング博士に指摘されてきたが、このたび章末の奥書きにもとづいて、IsvaraAbhidharmadipa本偈の著者であることが確定された。…なお、散文の作者の名称は依然として不明である。(李学竹「Abhidharmadipaの序文について」『印度学仏教学研究』62-1,2013、pp.377-376,〔 〕内私の補足)
このように、中国では今、続々と写本が発見され、学界に影響を与えている。新出写本は重要であろうが、私は、従来のテキストの読みを深める方が遥かに大事なような気がする。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?