世親とサーンキヤ
その7
II
さて、以下には、書誌的情報を整理しておきたい。
『真理綱要』及び「難語釈」第1章の書誌的情報
第1章「自性の考察」prakrti-pariksa(prakrtiは根本原質と訳すべきかもしれないが、先のチャンキヤの記述では、rang bzhin(prakrti)とgtso bo(pradhana)を別箇に扱っていた。従来イコールとされがちな2語は、それを思えば別訳にしなければならない。よって、仮に自性と訳しておいた)
I.G.O.S版の目次(pp.16-40)
1.カピラの徒の思想因中有果論の祖述kapilabhimatasatkaryavadanuvadah(7-15偈)
1-1.根本原質が、すべての変異の第1原因であることの主張pradhanasya sakalavikaraprathamaspadatvapratijna(7偈)
1-2.因中有果論の論証satkaryavadasamarthanam(8-13偈)
1-3.根本原質が、すべての変異を創出することの論証pradhanasya sarvavikaraprakrititvasamarthanam(14-15偈)
2.カピラの徒の思想批判kapilamatanirasah(16-45偈)
II.Bauddha Bharati Series-1(1997)の目次(pp.17-37)
1.サーンキヤ思想の祖述samkhyamatanuvadah(p.18)
2.サーンキヤ思想批判samkhyamatanirasah(p.22)
2-1.他の方法による、因中有果論排斥prakarantarena satkaryavadadusanam(p.26)
2―2.因中有果論の立場に過失がないことを排斥するasatkaryavadapaksadosapariharah
2-3.因中有果論には他の有り様がないことによって破折するsatkaryavadasyaparavidhaya khandanam(p.31)
*チベット語訳、デルゲ版、No.4267,De kho na nyid bsdus pa’i bka’ ‘grel, rang bzhin brtag
pa、Ze.147a/1~166a/2、偈はDe kho nan yid bsdus pa’i tshig le’ur byas pa、No.4266,2b/1-3b/3にある。
*英訳
1.G.Jha:The Tattvasangraha of Shantaraksita with the Commentary of Kamalashila,1986,Delhi,rep.of 1937(G.O.S.No.Lxxx)pp.25-67
2.S.Dasgupta:A History of Indian Philosophy,2003,Delhi,rep.of 1922,vol.II,pp.171-175
に要約。
3.B.Bhattacharya:Tattvasangraha of Santaraksita with the Commentary of Kmalasila ,1984,Baroda,rep.of 1926(G.O.S.No.XXX)vol.I,pp.Ixxi-Ixxiiに要約。
*和訳
1.本田惠『サーンキヤ哲学研究』上、昭和55年、pp.215-268、チベット語訳も参照した詳しい訳注研究。(ただし、披見した範囲では、幾つか訂正の余地がある)
2.今西順吉「根本原質の考察―タットヴァサングラハ第一章訳註―」『北海道大學文學部
紀要』20(2),1972,pp.147-227(本研究は,ネットでも披見可能である)
注1) 服部博士は、マーダヴァ(Madhava)の『全哲学綱要』Sarvadarsana-samgrahaの1節を紹介する(p.609)。その部分の訳と原文を示しておく。
根本原質等の25原理(tattva)は、従前(pracina)の〔サーンキヤ哲学において説かれた〕如く認められている。しかし、〔サーンキヤ哲学では顧慮されないが、パタンジャリの徒の見解では、優れたものとする〕26番目の、至高の自在神(paramessvara)〔があって〕、煩悩・行為・〔行為の〕結果・潜在意識に動かされないプルシャである。自らの意思で、変化身を支配して、世俗やヴェーダの伝統を司り、輪廻の火に焼かれている人々を救う。
pradhanadini pancavimsatitattvani pracinany iva sammatani/sanvimsas tu paramesvarah klesakarmavipakasayair aparamrstah purusah svecchaya nirmanakayam adhisthaya laukilavaidikasampradayapravartakah samsarangare tapyamananam pranabhrtam anugrahskas ca/
(ed.by M.V.S.Abhyankar Poona,1978,p.333,l.6-p/334,l.2、サンスクリット原典ローマ字転写)
これには、刊行者アビヤンカルのサンスクリット注釈が付されていて、〔 〕内はそれを参考にした。マーダヴァのこの書物は、かなり有名であるが、批判的に扱う必要はある。今西順吉博士は、「サーンキヤ哲学」の章を詳しく考察し、以下のように述べている。
マーダヴァの記述自体は極めて視野の狭い限られた知識にもとづくことが明らかとなった。それ故彼の当時及びそれ以前のサーンキヤ学派全般に関する歴史的報告としては如何なる意味も有し得ない。(今西順吉「マーダヴァ『全哲学綱要』の一考察―第14章『サーンキヤ哲学』の文献学的研究―」『古代學』第十二巻 第二・三號, Palaeologia,Vol.XII,No.2/3,p.108)