「倶舎論」をめぐって
CII
他に、「業品」関連の重要情報を補足すれば、世親作『成業論』Karma-siddhiの存在を忘れることは出来ない。本書に対しては、山口益『世親の成業論』1951という優れた訳注研究があり、2011年に再版された。また、佐藤密雄『大乗成業論』(仏典講座41、1978)は、漢訳をベースとしているが、山口訳注を参照すること大である。『成業論』研究の嚆矢は、ベルギーのラモット(E.Lamotte)の研究である。彼の研究は、主に、玄奘の漢訳に基づいたものであるのに対し、山口訳注は、チベット語訳及び、スマティシーラ(Sumathisila、善慧戒)注のチベット語訳を全面的に活
用したもので、世親の原典再現という観点から、その意義は大きい。ラモットの著書は、フランス語である。しかし、この英訳もなされている。テキストとしては、玄奘訳『大乗成業論』(大正新脩大蔵経31巻)、毘目智仙訳『業成就論』(大正新脩大蔵経31巻)、チベット語訳Las grub pa’i rab tu
byed pa(デルゲ版、No.4062,北京版No.5563),山口訳注の巻末、最近では、Muroji.Gijin〔室寺義仁〕氏の校訂テキストもある。同テキストは、諸版が校合され、『倶舎論』との照合もなされ、極めて有効である。山口訳注では、『倶舎論』との関係も、微細に考察し、次のように指摘している。
經部に立場をおいて、有部の誇張せられた實有思想と、正量部・犢子部の有我説とを論破する處にも、倶舎論と成業論とが同じ思想の中にあり、同じ目的を追うてゐることが認められる。尤も倶舎論の破我品に於ける犢子部の有我説の論破なるものが、成業論にそのまま見出されるわけではないが、…正量部の行動身表説は、その正量部・犢子部の補特伽羅説・有我説と關連のないものではないのであって、それは經部の立場から正量部の補特伽羅説を論破する倶舎論の破我品と一連の思想の上にあるべきものである。(山口益『世親の成業論』1951p.26)