仏教余話

その20
仏教哲学の代名詞ともいうべきアビダルマ(abhidharma)の権威、桜部建博士は、ブッダ
について、こう述べている。合わせて、引用しておく。
 仏教の古いanthology『ダンマパダ』の中で、ブッダの語はたいてい複数形で現れる。「目覚めた者らに動揺なし(二五五)」「目覚めた者らの出現するは難し(一八二)」「目覚めた者らはかく説く(一八四)」「これ目覚めた者らの教えなり」(一八三、一八五)」目覚めたる者らの出現するは楽し(一九四)」等々。…もし国語の「ほとけ」がまさしくbuddhaの語に由来するものとすれば、それが(多分近世に至って)死者の霊をあるいは死者そのものを意味して用いられるのは、はなはだ特異な現象といわなければならない。おそらく他の仏教国のどこにも類例のない言葉遣いであろう。「さだめしほとけもそれを聞いて喜んでいましょう」とか「ほとけの意思に従って」という類いの言い方である。人はあるいはそこに日本人による仏教土俗化の跡を身得るとするかもしれない。それは、また、buddhaの語の本義からすれば甚だしかるべきでない用法なのかもしれない。…〔しかし〕ひとたび死したならば皆一如の仏の世界に入らしめられるのだと考えることが、宗教的心情として低劣で卑賤なものであるとも消極的で無価値なものであるとも、私には思われない。(桜部建「ブッダ・仏・ほとけ」『現代思想 臨時増刊 総特集 インド文化圏への視点』1977,vol.5-14,pp.46-49、〔 〕内私の補足)
ブッダという言葉の意味合いも、時代や場所により異なるということであろう。更に、最
新の研究を見るとこうある。
 ゴータマ・ブッダの在世時代を物語る阿含経典においては、複数形のブッダという単語が仏弟子を指示するために用いられる例が確認できる。またブッダの弟子たちの到達した境地は「妄執を離れた」「解脱した」「苦しみの彼岸に達した」等によって表現されるが、これはゴータマ・ブッダの属性を示す用語と共通したものである。それではブッダと弟子たちを区別するものは何かといえば、ブッダが「人びとを彼岸に渡す」すなわち他者をさとりの世界に導くという救済を行うことである。…これによって仏教の開祖、ゴータマ・ブッダという存在が確立したわけであるが、ゴータマ・ブッダは偉大化され、仏弟子・修行者たちとは隔絶した存在となった。以上のように、ブッダ在世の仏教のあり方の内に、複数の仏を認め、仏教を「仏になる教え」と理解する大乗仏教の基本がすでに含まれているのである。(岡田行弘「大乗経典の世界」『新アジア仏教史03 インドIII 仏典からみた仏教世界』平成22年所収、p.161)
ところで、今日、我々が抱くブッダのイメージは、多くの仏伝から醸成されたものであろ
う。教理などに拘り、仏伝文学という1大ジャンルを無視するのも、いだだけない。最新
の成果で、仏伝文学を語る、研究者の言を聞くのも、無駄ではあるまい。平岡聡氏は、こ
の分野の難しさを、こう語っている。
 ブッダの生涯に関する記述や後代の体系的な仏伝をみると、われわれ現代人の目には奇異に映る描写は頻出する。ブッダの「誕生」だけを例にとっても、母マーヤーの右脇からの出産や、生まれて直ぐに七歩歩いて言葉を喋ったなどの記述が見られる。これはどのように考えるべきであろうか。この問題を考えるに当たって、仏伝に限らず、仏典を文学作品、あるいは宗教文学作品として捉えることは有益であろう。初期経典に関して言えば、ブッダの言動を弟子たちがただ客観的に描写したというにとどまらず、そこにはさまざまな修辞(rethoric)が施され、表現が「異化」されている。つまり文章表現上の技巧が凝らされ、印象的な表現になっているのである。神話的表現、象徴的表現、擬人化表現など多種多彩である。つまりこのような表現に出くわしたとき、その表現をそのまま受け取るのではなく、その表現の背後に潜む「何か」に目を向けてみることも重要である。さきほどのブッダの誕生に関していえば、「右脇」や「七歩」の象徴的意味を考えるのである。そうすることが“合理的”理解に繋がり、「神話の非神話化」することができる。ただここで忘れてはならないのが、仏伝をはじめ仏典が単なる文学作品ではなく“宗教”文学作品であるという点である。近代的・合理的・科学的知性に基づいて古代の宗教文献を解釈解体し、神話を非神話化することでその全貌をすべて理解し尽くしたと考えるのは早計であろう。ブッダが説法を躊躇し、〔大乗仏教の礎を築いたとされる、中観派の開祖〕ナーガールジュナが戯論を否定し、中国の禅家が「指月の喩え」を創作した背後には、「言葉がすべてではない」という仏教の伝統があるから、パトス(感情・情念)も重要な位置を占める宗教を、ロゴス(言葉・論理・理性)のみで理解し尽くすことはできない。渡辺照宏(二○○五〈A〉)の解説における宮坂宥勝の言葉を借りれば、「神話的もしくは超人的な文学表現によらなければ伝達できない、曰く言い難いものがあったにちがいない。つまり、事実の記録だけでは捨象された人物像が残るだけである」ということになろうか。またしてもわれわれは窮地に立たされることになるが、ここでは次のような視点で論を進めていくことにする。学問的に仏伝を考察する以上は、ロゴスによらざるをえないし、またさまざまな視点から伝承を解釈することも必要であろう。すでに指摘したように、資料の説くブッダ像自体が伝承者の解釈の産物に過ぎないのであるから、解釈すること自体はやむを得ない。ここで大切なのは、その解釈を絶対視しないということである。あくまでも解釈はある一つの視点からなされる相対的なものにすぎず、視点を変えれば別の解釈もありうることを許容する姿勢を維持しつつ、妥当でより普遍性のある解釈を模索するのが本章の視点である。合理と非合理、現実と神話、ロゴスとパトスの間を危なげに揺らめきながらも、その「中道」を模索してみたいと思う。(平岡聡「仏伝からみえる世界」『新アジア仏教史03 インドIII 仏典からみた仏教世界』所収、pp.20-22)
平岡氏の見方は、仏教研究すべてに、通ずる意味合いを持っている。含蓄のある提言であ
る。様々な研究者が、様々なアプローチで、仏教を考察しているということが、伝われば、
ひとまず、よしとしよう。
 

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