「倶舎論」をめぐって
XCVIII
ゲルク派のライバルサキャ派にも『倶舎論』
注は当然ある。コランパ(Go ram pa,1429-1489)には、『阿毘達磨倶舎論の説法 教示稀有三有』Chos mngon pa mdzod kyi bshad thabs kyi man ngag ngo mtshar gsum ldanという書があり、シャーキャーチョクデン(Shakya mchog ldan,1428-1507)には、『阿毘達磨倶舎論難解所解説論 毘婆沙大海』Chos mngon pa’i mdzod kyi dka’ ba’i gnas rnam
Par bshad pa’i bstan bcos bye brag tu bshad pa’i mtsho chen poがある。池田錬太郎氏は、「このような宗派の違いによって、『倶舎論』の註釈内容に相違がみられるか否かについては将来の研究が望まれる。」(池田錬太郎「チベットにおけるアビダルマ仏教の特質」『東洋学術研究』21-2、特集・チベット仏教、1982、p.138)と述べている。池田氏の他に、早くからチベットのアビダルマ文献を扱った研究者には、井上智之氏がいる。
池田氏は、ゲルク派のロンドルラマ(Klong rdol bla ma,1719-1794)作『内明 アビダルマ蔵義摂名数』Nang rig pa mngon pa’i sde snod kyi don bsdu ba’i ming grangsを使いながら、論じた。一方、井上氏は、サキャ派のガワンチュータク(Ngag dbang chos grags,1572-1641)作『大巻六語』Pod chen druggi gtamを中心に据えた。この書について井上氏はこう述べている。
〔この書は〕サキャ派においてどの様な註釈書が作られたのか、またどの様に仏教を理解していたのかを知るために非常に便利なものである。(井上智之「チベット撰述のアビダルマ文献」『仏教大学大学院研究紀要』16,1988,pp.22-23)
井上氏は、『チムゼー』を生んだチム流の『倶舎論』解釈の伝統について、次のような貴重な情報も示している。
チムロサンタクパ(mChim Blo bzang grags pa,1299-1357)の著作として〔『アビダル マ解明善説大海』〕Chos mngon pa gsal byed legs par bshad pa’i rgya mtshoが現存している。これはチムナムカータクの書いた『チムズゥー』に対して『ズゥーチュン』mdzod chung〔『小倶舎』〕と呼ばれており、ナムカータクのものと同様、重要視されている。
井上智之「チベット撰述のアビダルマ文献」『仏教大学大学院研究紀要』16,1988,p.26,〔 〕内は私の補足)