「倶舎論」をめぐって
LXXXI
また、比較的最近発見された『アビダルマ灯論』Abhidarmadipa(アビダルマディーパ)は、サンガバドラよりさらに後代の『倶舎論』批判の書として重要である。これは、正確には、Abhidharmadipavibhasaprabhavrtti(アビダルマディーパヴィバーシャプラバーヴリッティ、『アビダルマ灯論 毘婆沙師を輝かす注』)といい、近年、三友建容博士により詳細な訳注研究が出版された。その研究に触れる前に、『アビダルマ灯論』に対する、櫻部建博士の、辛口の評価を示しておこう。こう述べている。
この論書は半分以上がいまは失われているのだけれども、現存する部分だけでほぼ『倶舎論』に匹敵する分量をもつから、完本が存在していたらおそらく『順正理論』に近いほどの大部なものであろう。ただ質的にはかならずしも非常にすぐれたものとはいいがたいように思われる。ほぼ『倶舎論』の叙述の跡を追いながらその整然さには遠く及ばぬし、『順正理論』のように『倶舎論』の説を批判しながら『順正理論』の鋭鋒と広説にははるかに劣る。その成立年代も、サンガバドラの両論が『倶舎論』と同時代(伝説的にはそういわれている)であるが、そうでないにしてもそれと遠くは隔たらないと考えられるのに対して、『アビダルマ・ディーパ』のほうはかなり後代ではなかろうかと思われる。(桜部建・上山春平『仏教の思想2存在の分析〈アビダルマ〉』昭和44年、p.161)
さて、三友建容博士によれば、本書出版の経緯や意義は次ぎのようなものである。
従来、世親以降のアビダルマ論書は『倶舎論』の註釈書と『順正理論』以外には知られていなかったが、インドのラーフラ・サンクリトヤーヤナ(Rahula Sankrtyayana)が1937年のチベットにおけるサンスクリット写本の際に発見した『倶舎論』の梵本をはじめ多く写本のなかに著者不明の『アビダルマディーパ』(Abhidharmadipavibhasaprabhavrtti)があり、Jaini〔ジャイニ〕博士が校訂出版した。…この論書は大乗仏教に転向した世親を批判し、唯識・中観派にも言及している極めて重要な文献である。『順正理論』とおなじく『倶舎論』の文体をもとにして反論を試みているが、世親の使用した用語を意図的に替えており、かなり難解である。また『順正理論』の説に一致するところがある一方、衆賢に関しては一言も触れておらず、理論』ですでに世親説を排斥している箇所でも、これを採用していないなど多くの問題点を含んでいる。この研究には『倶舎論』と『順正理論』とを参照しながら、詳細に読んでいくことが肝心である。(三友建容『アビダルマディーパの研究』平成19年、京都、pp.16-17、〔 〕内私の補足)