「倶舎論」をめぐって

LXXXIII
ここで、先に『倶舎論』の章名とともに提示した和訳本のことに触れておこう。1流の『倶舎論』学者達が、薀蓄を傾けたものである。研究体制として、全章に渡って、信頼のおける和訳が披見出来る状態にあるのは、大変、幸運である。まず、第1・2章を扱ったものを見ておこう。
1.界品(dhatu-nirdesa,ダートゥ・ニルデーシャ)櫻部健『倶舎論の研究 界・根品』&荻原雲来・山口益『称友倶舎論疏』(一)~(三)
2.根品(indriya-nirdesa,インドリアーニルデーシャ)同上
この2章に関してのみ、『倶舎論』本文の訳とヤショーミトラの『倶舎論』注(=『明瞭義』)の訳は、別人が行っている。しかも、『明瞭義』訳の方が古い。テキストの出版状況のせいであろう。詳しく述べると、荻原雲来訳註『和訳 称友倶舎論疏』(一)は昭和8年刊行、これは単独の訳である。その後、荻原雲来・山口益『和訳 称友倶舎論疏』(二)は、共訳で、昭和9年刊行である。荻原雲来・山口益『和訳 称友倶舎論疏』(三)は、昭和14年刊行で、これを以って、『明瞭義』第1・2章の訳は完結した。中味は、全くの和訳と簡単な訳注のみで、何の解説もイントロダクションもない。古書の類いであり、個人購入は、値段の点で難しいだろう。櫻部健『倶舎論の研究 界・根品』は、『倶舎論』本文を訳したもので、サンスクリットテキスト・チベット語訳・漢訳をすべて参照した近代的『倶舎論』研究の出発点となった記念碑的著作である。昭和44年に初版が刊行され、昭和46年に再版されたが、長く、絶版となっていた。ようやく2011年に、初版と全く同じ体裁で、新装版として再版された。初版から42年がたっている。初版、2版は、古書扱いで、5万円ほどもしたので、個人で手に入れるには高価すぎた。しかし、新装版は、1万2千円となり、若干入手しやすくなった。この著作について、櫻部博士は、「まえがき」でこう述べている。
 この書は二部から成る。第一部は、阿毘達磨倶舎論の最初の二章に盛られている説一切 有部アビダルマの体系的教義が、そこでそのような形をとるに至るまでの、発展の次第・経過を、上に遡って辿り、倶舎論に先行する多くの説一切有部論書の歴史の上に、それを跡づけて見ようと試みた小論であって、著者が昭和四十二年大谷大学へ提出した学位論文の一部分を成す。第二部は、倶舎論前二章本文の訳註である。(櫻部健『倶舎論の研究 界・根品』2011年 新装本、p.1)


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