布団の話
私ね。仰向けで寝られないんですよ。
いや、厳密に、というワケじゃあないんですがね。
仰向けだと寝つきが悪い。
お腹が上だと、あばらの下あたりがスースー、ざわざわとしていて得体の知れない恐怖感が湧いてくる。
それと、仰向けで寝るとかなりの高確率で悪夢をみるんです。
どんな夢かっていうのは
えーと、記憶にあるのだと、森の中で熊に遭遇して逃げ惑う夢だとか、得体の知れない何かに襲われる夢だとか…
あ、そう。夜中にベッドで目が覚めてふと横に目をやると誰か立ってる。
よくみると、それは自分で
みたことがないくらいの、ものすごい無表情で。すごく怖い。
すると、右手がすぅっと上に上がるんですよ。手になにか鈍器のようなものを持ってる。
あ。殺される。
って思った瞬間それが振り下ろされて、ドンッていう衝撃のまま目が覚める…なんてのもありました。
すごくリアルな感触があって、あれは今でもよく覚えてますよ。本当はあのとき一回死んだんじゃないかって思いますね。
えー、そんなこともあってですね。いつもうつ伏せで寝るんですね。
ちょっと首が痛かったりするんですが、それは胸のあたりにクッション敷いたりして。
それで昨日、ちょっと思い出したことがあって。
子供二人寝かしつけて、さあ寝るかってんで、布団に入ったんですよ。
ところが、それからカミさんが歯磨きだ洗濯だと私の周りをバタバタ歩き回るんですね。
なんだよ。寝られねぇじゃねぇか。って布団をアタマまで被って仰向けになったんですよ。
そのときね。
なんかこのまま、布団越しにみぞおちの辺りを蹴られるんじゃないかって想像が浮かぶんですね。
それで
ああ、そういえば子供のころ
こうやって母から身を隠したり、やり過ごそうとしていたっけ…
って昔の記憶が浮かび上がってきたんです。
私の母はとにかく衝動的で怒りっぽくて。
気に入らないことがあると蹴られたり、殴られたり、
服を引っ付かんで家の外に放られて、小一時間、庭でごめんなさい!ごめんなさい!叫んでたこともあった。
あとは毎日ゲームばかりで家事も宿題もやらないからと部屋中に熱湯をばら蒔かれた時もありました。畳敷きの部屋だったので、あとになってカビが生えたりして。
それを兄と「カビくせぇ部屋になったな」って話をしたのを覚えてますね。
まぁ、母はそういう人だから、他にもたくさん数えきれないくらいね。それが日常でした。
だから、母の機嫌が悪かったり、なにかやらかしてしまったりして「これは一雨くるな」というときは、しばしば布団にくるまって嵐が過ぎるのを堪え忍んでいたわけです。
私に怒りの矛先が向いたときはズンズンという足音が近づいてくるんです。
それで叩く蹴る。でも布団の上からなら大分マシですから。
最後はひっぺがされてギャーギャーやってましたがね。
虐待だとか、嫌だとかは思いませんでしたね。それが当たり前というか。他の世界を知らないし、興味もなかったので。
母というのはこういうもんだと。殺そうとか、そういう意思は感じませんでしたから。一応はまぁ、育ちましたからね。
愛情は時々は感じてましたよ。
まあ、そんなことを思い出しまして。
私が仰向けで寝られないのには、こんなワケもあるんじゃないかと思ったんですね。
面白いでしょ?
それでね。
私の子供たちは今のとこ、仰向けでグースカやってくれている。
寝返りが凄くてゲシゲシ蹴ってくるのは勘弁して欲しいですがね。
そんなのを見て少しホッしたというか、そういうのが実に脆いもんだということが怖くもあったりして。
まあ、そんな話です。