「A子先生、今誰と話してるんですか?」
いないはずの両隣の部屋から声がするの…
まだ研修医あけたばかりの、僕が皮膚科1年目の時の怖いお話です。
同年9月に「A子先生」という沖縄出身の女性医師が、途中入局してきました。沖縄出身だからなのか、女優の仲間由紀恵さんを彷彿とさせるようなきれいな長い黒髪の大人びた風貌で、性格もおしとやかな綺麗な方でした。口数は少ないほうでしたが、仕事をバリバリとこなし、僕と同期なのに頼りになる先生でした。
僕らの医局に「Y先輩」という同じ沖縄出身の男性医師がいて、僕らとは10年以上年が離れていたのですが、面倒見のいい先生で、その先生を通して入局したそうです。途中編入の理由は詳しくは知りませんでしたが、当時は入局には特別な理由などいりませんでした。
ある日、当時の「医局長」が僕に「A子先生とはどんな話したことがある?」と内緒話のような形で唐突に聞かれたので、「基本的には仕事の話のみです」と返答した。それは本当であった。一緒に働いてまだ1か月だったので、仕事(というか雑務)を教えることは多かったが、プライベートな話はまだほとんどしていなかった。
なんだか少し質問の仕方が怪しかったので、理由を問い詰めてみたところ、なんとA子先生とY先生が不倫関係にあり、A子先生から、「Y先生と結婚するから退局したい」と急に医局長に申し出たらしい。それを聞いて僕は驚いた。Y先生は子持ちの既婚者だからだ。Y先生は優しい色男であるが、根が真面目だったなので、まさか職場不倫をするなんてとても衝撃的であった。
Y先生が弁解するには「全く心当たりがない」「食事すら言ったことない」と。そりゃ職場不倫なんてバレたら一大事である。子どもも小さいのだから、その立場の人間はきっと全員そう言うに決まっているだろう。
しかし、さらに追い打ちをかけるかのように、A子先生からは「わたし、妊娠しています」と告げられたそうだ。
これで終わったな、Y先生。想像しただけで、超修羅場。このあとどうするのか。A子先生はおろすのか。それともY先生は離婚するのか。どうなるかは本人たち次第かな。しかしこの事件は医局の超機密事項。この事実は誰も知らない上に、このあと僕はしばらくその話を忘れてしまっていた。
しかし、2か月後事態は一変した。
それは当直室で起こった。大学病院の皮膚科も当直はあるのだが、皮膚科の当直は緊急性が最も低いため、一番奥の部屋になっている。A子先生が医局の女子ロッカーで発狂しているとのことで、周りが騒然としていた。確か、昨日の夜はA子先生が当直をしていたはず。
「…発狂?」
女子ロッカールームには入れないが、ロッカールームから聞こえる激しい音が廊下に鳴り響いている。周囲の騒然とした声の中、ロッカーをバンバンと叩く音、周囲の悲鳴。
しばらくしてロッカールームから引きずり出されたA子は、床をのたうちまわって、「うぁぁぁぁ」とうめき声をあげていた。もう僕の知っているA子先生ではなかった。
まるで毒を盛られて苦しんでるような姿だった。白衣を着ていたので、仲間由紀恵が演じる貞子のようにも見えた。しかし、毒を盛られてもいなかったし、呪いで人を殺すこともなかった。
床にくるまった状態で、耳をふさぎながら
「当直室の隣がうるさいんだ!!!毎回毎回、毎回毎回!!!全然、ぜんぜん、静かにならないんだ!!わたしを罵倒する声が、、、うるさくて、、、、、全く眠れないんだよぉぉ!!!!!!どうにかしてくれよ!!!!!毎回両隣の当直室から、声がするんだ!!!!」
しばらくして担架で運ばれた後、彼女はそのまま入院してもう2度と会うことはなかった。
重度の精神疾患であった。幻聴なのはわかっているが、しかし、僕は当直をするたびに、両隣の壁から声が聞こえないか不安で怖く感じるようになった。そして結局、彼女が沖縄から東京へ来た理由はなんだったのか。
誰も何も知らないまま、事態が加速したのち一気に収束して、真実はY先生しか知らないままになってしまった。
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医療サイトの「医療関連の身の毛もよだつ怖い話」の募集があったので、Noteで下書きしてみました。怖い話って、どうやって書けば怖いのか難しいですね。
ちなみにコレ本当にあった話です。